そういえばこのエルフ魔法を使わないぞ(どころか弓もな)

「嘘じゃろ……この高さを登って来おったのか」

岩山の都市の宿坊。その窓から顔を出した神官戦士は呻いた。眼下は絶壁である。入口の施錠ロックの魔法はかかったままだったから、この中に入る方法は空を飛ぶか、岩肌伝いに登ってくる―――最も近い他の出入り口からでも5メートル以上はある!―――か、瞬間移動テレポートのような魔法に頼るかくらいしかない。

いずれにしてもまだ犯人は遠くへ行っていないはずだった。瞬間移動テレポートを用いれるような大魔法使いだった場合を除いて。

「ちょっと魔法を使ってみます」

少年は仲間へ告げると、呪句を唱え印を切り、万物に宿る諸霊へと援助を求めた。最近ようやく使えるようになった、失せもの探しの魔法。

位置特定ロケーションの秘術を。

精神を集中させた少年。その脳裏に、見知った物体の形状が思い浮かぶ。盗まれたもののひとつ。財布の位置が。

「―――こっちです!」

部屋の外へと走り出す少年。二人の大人もそれに続いた。


  ◇


都市の一室。岩山内に掘りぬかれた宿屋、窓のある場所で、盗人は祝杯を上げていた。髭もじゃの、典型的な岩妖精ドワーフの風貌である。傍らには盗品を収めた背負い袋。そして小剣。

この街は広い。盗難はすぐ発覚するだろうが、彼を見つけ出すのは困難極まりないであろう。魔法でも使うならともかく。

されど、宿坊に泊まるような者たちに魔法の心得があるはずもなかった。安心である。

それにしても宿坊を狙うとは、我ながら良い考えだった。次の街でもやってみよう。

そんな事を考えていると。

こんこん。

扉を叩く音に、彼は怪訝な顔で立ち上がった。

部屋から顔を出すと、人間の男の子。そして、見上げるようにでかい―――実際は盗っ人の方が小さいのだが―――森妖精エルフの女。

「なんだ、あんたら」

「すまんが、ちいと荷物を改めさせてもらいたくてのう」

盗人の問いに答えたのは、視界の外。森妖精エルフの後ろにいて見えなかった人物であった。

出てきた男は、首から火神の聖印を下げている。腰にあるのは手斧か。火神の神官ではないか!

この時点で、盗人は扉を閉めるとつっかえ棒をした。更には回れ右し、短い脚で疾走。背負い袋と剣を掴むと、窓の外へ飛び出した。


  ◇


「くそ、逃げられるぞ!」

「魔法で開けます!内から回ってください!」

「心得た!」

素早くやり取りすると、少年は呪句を唱え印を切った。万物に宿る諸霊へ求めたのは開錠アンロックの魔法。閉じられた扉を開く魔力は、つっかえ棒を外し扉を速やかに開いた。

突入した旅人と少年。その眼前では、窓から岩妖精ドワーフが飛び出す所である。

少年が落下制御フォーリング・コントロールの詠唱を始めるより早く、森妖精エルフは盗っ人を追った。

「魔法をかけますから、待って!」

「いらねえ!」

窓から飛び出した彼女は、驚くべき身軽さを発揮した。これでも長生きしている。それなりに功夫クンフーは積んでいた。

彼女の先。遥か下方では、これまた驚くべき身軽さで岩山を下っていく盗人の姿。

「待ちやがれ、この泥棒野郎め!!」

旅人は叫びながら追跡した。その大音声に、岩肌に空けられた多くの窓からなんだなんだ、と住人たちが顔を出す。

そのうちの一人。ベランダのような構造へと顔を出した住人の頭が、ちょうど盗人の進路を塞ぐ位置だった。足が止まる盗人の岩妖精ドワーフ

奴は白刃を抜き放つとこちらを迎え撃つ構え。逃げきれぬと悟ったのであろう。顔を出した住人は「ひぃ!?」と悲鳴を出して引っ込んでしまう。旅人からすればありがたかった。人質にでも取られたら厄介である。

腰から抜き放った短剣片手に、旅人は跳躍。上方から襲い掛かる。

空中の旅人向けて、小剣が突き出された。回避の余地はない。

事実、旅人は回避しなかった。足で刃を払うと、そのまま蹴りを相手の顔面へと入れたのである。

「―――ふん。馬鹿め」

ただの一撃でのされた盗人に、森妖精エルフの旅人は吐き捨てた。

岩山の下。内側の街路を通って地上へと神官戦士が踊り出たのは、それからしばらくのことだった。


  ◇


翌日。

都市から出てきた少年たちを、姫騎士は嬉しそうに迎えた。

「……ぁ」

「大丈夫。大したことは起きなかったから」

まるで母子のような光景に、森妖精エルフ岩妖精ドワーフは顔を見合わせ、苦笑。完全武装の首なし騎士デュラハンであるという点を差し引いてすら、姫騎士は母親役だったろう。

合流を果たした一行は、本日の行程を踏破するべく森の中へ歩みだした。

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