五月病です(作者が)
「へぇ。枯れた婆さんって聞いてたんだけどな」
薬師を見ての、
村の診療所の入り口でのこと。この来訪者は、村の魔法使いの居所を聞き込むと、やってきたのだった。
「おやまあ。誰だい、そんなことを言ってたのは」
「あんたのことを初めて聞いたのはまだ南の端にいた頃だよ。町の酒場だったか」
口ではとがめつつも面白そうな顔をしている薬師へ、旅人は答える。彼女は続けて言った。
「しかし、忙しそうだな。今大丈夫か?」
「あぁ。構わんさね。ちょうど一段落着いたところさ。おーい、遠いところからお客さんだ。白湯でもだしとくれ」
前半は旅人。後半は奥で仕事をしていた少年への言葉である。
こうして、旅人は奥へと通された。
◇
「はぁ…骨をそのまま家にしてるのか」
「この辺じゃ珍しくないんだけどね」
旅人が通されたのは板張りの床がある部屋。床は贅沢品である。にも関わらずあるのは、必要だからだろう。
旅人へと草の敷物を勧め、自らも腰掛けた薬師。
そこへ、少年が白湯を二つ持ってやってきた。
「どうぞ」
「おう。ありがとうな」
白湯を受け取ると、
彼女が一息ついたのを見計らい、薬師は問いを発した。
「で?わざわざ外からこんな僻地までおいでなすった用事はなんだい」
「あんたは凄腕の薬師だと聞いた。治せない病はない。神の奇跡ですら癒せぬ病を治したと」
「よしとくれ。そんな大それたもんじゃないさ」
実際の所、神官が引き出せる加護の大きさはその神官の能力に依存する。神官の能力を超えては加護を引き出すことができないのだ。強力な魔法的疾病には歯が立たぬ場合もある。
だから、神官が癒せない病を
「こっちとしては大それたもんじゃなきゃ困る。どんな神官や医者も匙を投げた。もうあんたしか頼る相手がいないんだ」
「おやまあ。まるで不治の病にかかったみたいな言いぐさだね」
「不治の病なんだよ。
―――
薬師は、息を飲んだ。
◇
闇の神々が信徒に与える加護の中でも最も恐るべきもののひとつである。名の通り、対象に極めて強い伝染性の病を与えるこの加護は、発動されれば最後。国ひとつを呑み込み、滅ぼすことすら多々あった。不幸中の幸いで、この加護を受けるほどの強力な神官は滅多にいるものではないが。
旅人が属しているのは、大森林の南西。広大な草原地帯との境界線上に広がる森林地帯に住まう
病はたちまちのうちに広がった。体力のない子供たちから犠牲となり、森の生命は次々と息絶えた。神官たちの祈りも、いかな薬草も通じぬ。それはまさしく地獄絵図だった。
万策尽きた
長の娘である旅人も、この使命を背負い、はるばる大森林の奥深くまでやってきたのだった。
◇
「……厄介だね」
旅人の話が終わった後。かなり長い間。それこそ、白湯が冷めはててしまうほどの時間が経ってから、薬師は口を開いた。
「……闇の神々の加護と言えども、しょせん肉持つ者が引き出したもんだ。対抗できないわけじゃあない。
けどね……」
「礼は何でもする。この通りだ」
「……ひとついいかい。
まだ、件の闇の軍勢とはやりあってるんだね?」
「ああ。その通りだ。病で多くの戦士を失った私たちは風前の灯火ではあるが」
病が感染するのを恐れて奴らも攻撃を手控えているのが救いだ、と旅人は苦笑。
それは、すなわち彼らを癒すことができたとしても、戦いに巻き込まれる、ということだ。
「……少しだけ考える時間をくれんかね」
「分かった。色よい返事を期待している」
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