第八話 南から来た女
こいつ一体何者なんだろう(作者にも分かりません)
大森林の北。緩やかな流れの川をさかのぼる、小さな船の姿があった。
荷物を満載し、数名が乗り込んだ船は平底である。川は浅い。座礁を回避するためだった。
船に乗る者達は一様に、草を編んで作ったのであろう平たい、円盤状の帽子をかぶっている。軽量で、強い陽光から着用者をよく守った。
と。
不意の水音。
それに、乗客の一人。つばの広い帽子をかぶった旅人は、視線を向けた。
次の瞬間水中から飛び出したのは、巨体。
流線形の体。全身を滑らかな鱗に覆われ、ヒレを持つ2メートルもの魚竜が、船を飛び越えた。
「―――ほぉ」
着水し、再び水へと潜って行くそいつを眺める旅人。彼女へ、船頭は告げた。
「ああ。あいつは小さな魚を好んで食べるんだ。人間を襲うことはめったにないよ」
「そうか。
しかし、凄い魔獣がいるもんだな」
「よそから来る人はみんなそういうねえ」
はは、と笑う両者。
穏やかな時間が過ぎ去ろうとしたとき。
―――GUUUGYAAAAAAAAAAAAAAAA!?
不意に上がったのは、絶叫。
先ほど魚竜が飛び込んでいった側へと目をやった者達は見た。水面で暴れる魚竜。そして、そいつに食らいついている、より巨大な恐竜の姿を。
全身が鱗に覆われた5メートルもの怪物は、胴体の側面から四肢を伸ばし、平たい印象を受けた。
「おい。あいつも人間を襲わないのか?」
「冗談。急いで逃げないと!!」
慌てた船頭は、すぐさま手にした棒で川底を押した。とはいえすぐにスピードなど上がるものではない。
見ている間にも魚竜は暴れ、やがて恐竜の
「―――やべえ、こっちに来るぞ!」
旅人の叫び通り、獲物を逃した恐竜は水へと潜り、こちらへと向かってくるではないか!
船に乗る者達は皆、武器を抜き放ち、構えた。
次の瞬間。
―――SYAAAAAAAAAAAAA!!
船にその身を乗り上げた恐竜。標的は旅人である。逃れる場所はない。
事実、旅人は逃れなかった。自ら怪物の
怪物の急所。すなわち脳へと。
怪物は痙攣。たちまちのうちに動きを止め、そして絶命した。自らの重量にひかれ、水中へとずり落ちていく。
「あ……あんたっ!大丈夫か!?」
怪物の口に呑み込まれたまま沈んでいった旅人。それを助けようと船縁に集まった乗員たちの前で泡が広がる。かと思えば、水が盛り上がった。
「……ぷはっ。ひでえ目にあったぜ」
顔を出したのは、帽子を失った旅人だった。
露わとなったのは全体的に線の細い、しかし鋭い目つき。耳は尖り、人間の三倍にも及ぶ長さ。
水中から助け出された彼女は、けほっ、と水を吐き出すと、荷物に寄りかかる。
「あぁ。酒が飲みてえ」
「剛毅だねえ、あんた」
苦笑する船頭。
その傍らで、ぷかり、と帽子が浮かび上がって来た。
◇
辺境では、村に商人が訪れるとちょっとしたお祭りとなる。
ここ。大森林の北の果てにある村でもそうだった。元々外部との交流が少ない土地である。たまにやってくる隊商や魔法使い。巡回の神官たちを、村人たちは歓迎した。
今回やって来たのは顔なじみの商人たち。彼らは近くの湖まで船に乗り、そこからさらに荷物を担いでこの村まで登って来たのである。
村の広場では村長立ち合いの元、貴重な布や塩、鉄などと引き換えに、恐竜の皮や乾燥させた臓物などの産物がひとつひとつ、交換されていく。
これらは商人たちによって大きな都市まで運ばれ、高額で取引されるのだった。極めて危険な旅路であるが利潤は大きい。村との交易で財をなした商人は大勢いる。村の方でも彼らの存在なくして生活は成り立たない。
手すきの村人たちも集まり、その様子を見物していた。
特に注目を集めていたのは、商人たちに混じってやってきた見慣れぬ旅人である。
つばの広い帽子をかぶった長躯。草木染めが為された枯草色の衣で上下を包み、手には短弓。腰には矢筒と短剣。背中にはやはり背嚢を背負っている。顔立ちは整い、全体的に線の細い、しかし鋭い目つきの女。耳は尖り、人間の三倍にも及ぶ長さ。
彼女は物珍しい様子で、村の建物を見ている。特に、藁を積んで作った半球状の家屋が不思議らしい。
「お前さん、何しにきなさったね?」
きょろきょろと周りを見回していた彼女へ声をかけたのは、がっしりとした短躯の
声をかけられた
「うん?ああ。人を探しててな」
それっきり、口をつぐむ。一般に
対する
「なるほどのう。誰を探しておるんじゃ?小さな村じゃからの。すぐ見つかるじゃろうて」
「……力ある魔法使いがいると聞いた」
「ほう。ならすぐじゃの。なにせこの村には、ふたりしか魔法使いがおらんからのう」
「そうか」
「……どこに住んでおるか聞かんのか」
「
「はっは。ま。なら、その気持ちを尊重するかの」
かっかっか、と笑い、その場を後にする
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