ちなみに羽毛の生えてない奴ね(昔ながら)

「素朴な疑問なんですが、これから相手に会うんですよね?」

「うん?そうじゃが、何かおかしいかの?」

「なんでこんな森の奥で、私ら二人っきりなんですかね……」

そこは村からやや離れた森の奥。村人の一人であるところの狩人を伴った薬師は、相手を待っていた。

「しょうがないじゃろ。姿を見せたがらんのじゃから。ここならひと気もないしのう」

薬師が頼ろうとしているのは、魔術師らしい少年の。恐らく強力な魔法的怪物のはずである。振る舞いからして、知性はあるだろう。今までの所相手の姿は見ていない。恐ろしい姿をしているのであろうことは想像がついたため、村から離れた場所までやって来たのだった。

とはいえ、老いた身である。森の獣に喰われる危険を避けるために護衛が必要だった。なので狩人がつき合わされたのである。

「おおい。出てきてくれんかの。

ちと頼み事があってのう。大丈夫。ここにはわしらしかおらん」

ややあって。

森の奥深く。闇に包まれた中から、そいつは現れた。

「……ひぃ!?」

狩人が悲鳴を押し殺したのも無理はない。それほど、相手の姿は化け物じみている。

一糸まとわぬ裸身。よく鍛え上げられた肉体は、女性らしい曲線美と共存している。白い肌が麗しかった。

だが、そいつには首がない。いや、正確には、黒髪を流し、整った顔立ちの首を小脇に抱えているのだった。

「びびるんじゃないよ。まったく、大の男がだらしない。

うちのもんが失礼をしたね」

薬師には見えていた。首のない女に宿る、強力無比な魔法を。

不死の呪い。死者を死から遠ざけ、偽りの生命を宿す術だった。

そして重要な点。

まだ陽光が差し込んでいるというのに、そいつの動きは小動こゆるぎもしていない。すなわち邪悪なる存在ではないという事。

「あんた、ちぃと仕事をしてみる気はないかい?」

薬師の言葉に女は怪訝な顔。

「実は困りごとがあってね。このままじゃ村の危機なのさ」

薬師は、女へと事情をざっと説明し、その上で問うた。

「もちろん礼はするとも。あぁ、おまえさんのの治療代を払えなんざケチくさいことは言わんさ。けど、見たところあんたら、何かと入り用じゃろう?村にあるもんを少しくらいなら分けてやれるが、どうさね?」

首のない女はしばし思案する様子を見せたが、やがて同意した。


  ◇


「若い娘さんがそんな格好してるもんじゃないよ」

「…ぅ……」

薬師の言葉に姫騎士は苦笑した。

───私はもう三十路なのに、娘さんだなんて。

小脇に首を抱えた彼女が座らされているのは、薬師の診療所の中である。

板張りの床。風通しの良さそうな壁。奥にある祭壇。少年が寝かされている小部屋。土で作られたらしいカマド。

だが何より目を引くのは家の骨組みだった。

とてつもなく巨大な魔獣の骨で作られているのだ。それも形状を生かしたまま。

「気になるかね?この骨の主は、村を襲った恐竜だったのさ。いや、正確には、他の獣に襲われて村へと逃げ込んできたんだが」

薬師が言うには、たまたまこの魔獣の進路上に村があったために狩人たちが総出で仕留めたのだという。畑は踏み荒らされ、家が何軒も破壊されたが十分に元は取れたらしい。

恐竜は捨てる部分がない。恐竜に限らず、魔獣の類は皆そうだが。

肉は非常に美味であり、血や内臓は貴重な薬となる。骨や皮を買い求めるために魔法使いが村を訪れる事もあるという。

大型の恐竜を一頭仕留めれば、収益で村が半年は食いつなげるほどだった。巨大すぎて運ぶのが難事なのだが。

「ま、人間と恐竜。この辺はお互い様さね。喰うか喰われるかってところさ」

語りながらも、薬師は長持の中をひっくり返し。

やがて取り出したのは、魚皮で作られた衣装。薬師が身に着けているもの同様ゆったりしており、首回り、袖、裾に幾何学的な模様が刺繍されている。

「とりあえずこれでも着ときな。男どもには目の毒だ」

言われて、姫騎士は困惑。自分は死体なのに、と。

「生きてようが死んでようが関係あるかい。ほれ、後ろを向きな」

姫騎士は生首を置くと、大人しく従った。


  ◇


狩人は、診療所の外で待っていた。

狩人と言ってもかなりの重武装である。恐竜の皮を繋いでなめし、ところどころ加工した骨を使った皮鎧を身に着け、腰に下げているのは手斧。傍らに置かれているのは動物の骨と腱を用いた、かなりの強弓である。大森林に住まう猟師は、これだけの装備を身に着けながら音もなく動き回れるのだ。

彼は、中にいる死者に怖れを抱いていた。

この世の理の中に住まうものであれば恐れはしない。彼らは時に十メートルの恐竜すらも狩る。

されど、死者は別だった。本来、目には見えぬ世界の住人が現れたのだ。どうして薬師は平然としていられるのだろうか。

とはいえ、状況が状況だったから彼も我慢はしていた。太陽神に焼かれていない以上、少なくとも悪霊ではないのだろう。秩序を司るこの神は邪悪なものを焼き滅ぼすので忙しいから邪悪でないものは後回しにしているのだ、というのが狩人の認識である。

しばらくしてから。

家の中から現れた女を見て、狩人はそれほど怖れを抱かなかった。二度目だというのもあるが、服を纏った女。彼女が抱えている生首の表情が、どう見ても生きた人間のものだったからである。

後から出てきた薬師は言った。

「さぁ、村長の所までひとっ走りしとくれ。この娘に合う武器を見繕わにゃならん」

呆けていた狩人は、その言葉に動き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます