働きたくないでござる(魂の叫び)

鮮血が、宙を舞った。

闇妖精ダークエルフの首長。彼の掌から飛び散った血が。

「―――!?血迷ったか!」

首長を短剣で刺した戦士に、場が凍り付いたのは一瞬。居合わせたすべての者が剣を抜き放ち、あるいは印を切り、神への祈りを捧げた。

衝撃波フォースの加護がした戦士を打ち据える。護衛らの刃が追い打ちをかけるように戦士を貫き、そして倒れ込んだ彼へ稲妻ライトニングボルト魔法の矢マジック・ミサイルが投射された。

倒れ込み、力尽きる戦士。

「こやつを調べよ!」

首長の命に従い、戦士のローブがはだけられる。

「これは!長よ。こやつ、心の臓を抜かれております」

検分した護衛らは、戦士の脇腹に開いた穴に目敏く気付いた。この戦士は術で操られていたに違いない!

そこで、首長は思い出した。この戦士は先日訪れた新参者を任せていたはず。

「新参者の死霊術師ネクロマンサーを捕らえよ!首なし騎士デュラハンを連れているはず。心してかかれ!」


  ◇


「―――しくじりました」

もはや脈動を止めた心臓。手にしていたそれを投げ捨てると、女占い師は立ち上がった。

そこは日干し煉瓦の家の中。

傍らに控えていた女海賊。そして隼の姿の女怪スキュラを従え、女占い師は歩き出す。

家人である母子は既に退避させている。彼女らの口から情報が洩れることはあるまい。

彼女は、の女たち。そして、ここ数日で創り上げた死にぞこないアンデッドどもを率い、外へ出た。


  ◇


同刻。

「しくじったか」

隠れ場所。すなわち路地裏のさらに奥から外を伺っていた狂戦士は、作戦が失敗したことを悟っていた。成功していれば合図があるはずだが、時間になってもそれがない。

本来であれば軍勢の長を暗殺し、混乱に乗じて住民たちが蜂起する予定であったが。

「……残念ですのぉ」

傍らにいた髭の老人の呟きににじみ出ていたのは、無念さ。

狂戦士は仲間たちと合流しない。この都市にとどまり、住民らの支援に専念することになっている。

女占い師らには重要な役割があった。闇妖精ダークエルフとして敵勢の目を引き付け、都市の人間たちに類が及ばぬようにするという重要な役目が。

彼女らの無事を、狂戦士は祈った。


  ◇


闇の者どもが踏み込んだ女占い師たちの仮宿は、既にもぬけの空だった。

「逃げたか。追うぞ!」

闇妖精ダークエルフの命令が響き渡る。

一通り中を確認した家から、彼と手勢の小鬼ゴブリンどもが出ようとしたときだった。


―――GU?


小鬼ゴブリンの一匹が、部屋の片隅に隠されていたに気付いて声を上げる。

呪文ルーンが刻まれた樹皮を握りしめる、新鮮な白骨の右手を。

「―――下がれ!!」

それが何なのかに気付いた闇妖精ダークエルフが叫んだ。

白骨―――片手だけの骸骨兵は、手にした呪符を握り砕く。

呪文によって封じ込められていた魔力が活性化し、暴発。爆発した。


  ◇


夜の市中。闇の軍勢が支配する世界。

そこを、女海賊は、無造作に前進した。

彼女の姿は完全武装。首のない女体を守るのは魔法の鎖帷子であり、両手に握られているのはかつて怨敵から奪い取った剛剣である。

彼女は、前方でまだ事態を把握していない怪物どもへと、剣を振りかぶった。

舞う鮮血。千切れ飛ぶ手足。頭蓋が砕け散り、胴体が両断されていく。

小鬼ゴブリンが。大小鬼ホブゴブリンが。巨鬼オーガァすらもたやすく肉片へと還っていった。

女海賊が取りこぼした敵勢を始末していくのは、怨霊ども。麗しき半妖精ハーフエルフが従える、この都市の死者ら。彼らは魔法の力を借りて黄泉還ったのだ。復讐のために。

たちまちのうちに憑り殺されて行く、闇の種族たち。

兜で顔を深く隠した生首を小脇に抱え、肩に隼を乗せた彼女はどこまでも美しかった。

まさしく王者の行進。

彼女が向かう先は港だった。そこから逃げるのだ。足はある。いや、が。

暗黒神に支配されし闇の世界。

絶叫が、響き渡った。

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