ねむいのです(夜だからな……)

―――これは、なんと美しい。

その竜は、人の姿をしていた。魔法によって変じた姿。緩く波打った黒髪を持ち、優しげな顔立ちをし、純白の一枚布を衣とした女人の外見を持っていたのである。

黒竜騎士の乗騎。竜語魔法と呼ばれる、。太陽神の加護。そして、秘術の行使や精霊との交信すら行うという高位の魔法使いでもある彼女は、驚くほどに洗練された所作で、主人たる竜騎士ドラゴンライダーのそばにさぶらっていた。

そこは城の奥。岩山を堀りぬかれただけにも関わらず、驚くほど快適であった。通気性。陽光の差し込む角度。すべてが計算づくなのだろう。今いる部屋にも壁の窓から陽光が差し込み、いささかの不自由もない。ちょうどは大きなテーブルと木の椅子。後は壁にかけられた星神の聖印やわずかな調度だけだが、質実剛健という言葉を思わせた。

そして竜と部屋の主人である竜騎士ドラゴンライダー

既に齢50を超えているはずだが、驚くほどに若々しいその姿。少年と言ってもよいだろう。

鱗状鎧に身を包んだ彼こそが黒竜騎士。かつて倒した怪物の返り血を浴びて不死身となった、とも言われる彼は、歳経ることも、刃や魔法で傷つくこともない。

傍らに立てかけられているのは、名高い竜殺しドラゴンスレイヤーの魔剣であろう。吟遊詩人たちが語る伝説が真実であるならば、それは、黒竜騎士の祖父に当たる高名な賢者が闇の軍勢と戦った際、手に入れたものだという。

―――そういえば、あの英雄譚の主人公ヒロイン首なし騎士デュラハンでしたな。

交易商人は、よく知る首なし騎士デュラハンの姿をしばし思い浮かべ、そして居住まいをただした。


  ◇


それは、夜の帳が降りつつある時間帯。

闇の種族の制圧下にある都市。そのもっとも大きい建物が、軍勢の首脳部が集う場所である。

今ここでは、常ならぬ緊張をはらんでいた。

各部族の首脳陣や使者が集う会議場。日干し煉瓦で周囲を囲まれた空間は広々としており、中央には大きなテーブルがあった。

連携する他の部族の使者が持ちこんだ品物が、彼らを緊張させる要因となっている。

そう。木製のテーブルの上に放り出された、恐ろしい死に顔を浮かべた男の生首が。

「―――これは、先ごろ発見した間者のものです」

使者の発言は衝撃的なものだった。これほどの短期間に北岸からの間者が潜り込んでいたというのだから!

彼らの計画では、防備の準備が整わぬ北岸を強襲することとなっていた。そのために戦力を集中し、都市国家を攻め落としていくのである。だがその計画は既に破綻寸前であった。敵が気付き、防御を固めてしまえば容易に攻略することはできまい。

闇妖精ダークエルフの首長は頷いた。

「予定よりかなり早く気取られたか。計画を早めねば」

「ええ。今日はそのためにお集まりいただきました。もはや猶予はありませぬ。人の類どもは今も防備を固めつつあるはず」

「うむ」

各部族の者たちも賛意を示す。ここは拙速を尊ぶべき場面であった。

まだ、軍船の艤装は全てが終わったわけではない。だがすでに終了している船も多数あった。不浄の怪物どもを陽光より守るための改造が済んだ船を、いつでも出航させられるのである。

「明日の出港は可能ですか」

「―――可能であろう。急がせよう。なんとしてでも、この遠征は成功させねばならぬ」

「もちろんですとも」

今回の遠征軍は、暗黒神より降りた神託に従って起こされたものである。だからこそ、闇妖精ダークエルフの諸部族をはじめとする闇の種族が速やかに連合できたのだ。

神の威光を重んじるのは、人の類だけではない。

合意がなされた時。

議場の扉が開き、一人の男が入って来た。

ローブを身にまとい、腰に剣を帯びた闇妖精ダークエルフの戦士が、足を踏み入れたのである。

「何事だ」

『はっ。至急お耳に入れねばならぬことが』

「ふむ。近くへ」

奇妙にくぐもった戦士の声にかすかな疑念を持ちながらも、首長は戦士を近くへ寄せた。

「それで、どうしたのだ」

『はっ。実は、曲者が侵入いたしました』

「なんと。それで、捕まえたのか」

『いえ。ですがすぐに捕まるでしょう。何故ならば―――』

戦士が言いかけた、次の瞬間。

鮮血が、宙を舞った。

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