くんずほぐれつです(絡み合い)

女占い師が閃光を放った時、女怪スキュラも視力を喪失していた。激しく絡み合う、雲の下半身を持った娘も。

しかし、女怪スキュラには頭が七つもあった。腰の全周から伸びた六つの頭には、女占い師から死角となる位置もある。故に彼女はすぐ立ち直った。頭にはそれぞれ個別の意志が宿ってはいたが、女怪スキュラの魂はひとつ。故に、残った頭部の視界に従い、娘へと喰らい付き、噛み千切り、そのことごとく、肉片すら残さずに咀嚼していったのだ。泣きながら。

女怪スキュラは、ひとの心を備えた唯一の頭部。すなわち少女の上半身から涙を流し、知っていた相手を殺した。

敵を倒した彼女は向き直る。仲間へと。呪いを受け、生者全てへの嫉妬を植え付けられてしまった首のない女を救うべく。

女怪スキュラには、何故娘が亡者ゴーストを守り、襲い掛かって来たのかが理解できた。今の女海賊と同じ。生命に対する強烈な嫉妬を植え付けられていたのだ。歪められていない、正常な生命への。魂すらも蜘蛛の娘は歪められていたのである。暗黒神の加護を引き出せたのもそれゆえであろう。

脇腹を貫かれた女占い師が、倒れる。

それが合図となった。

向かい合う両者は動いた。


  ◇


―――ああ。妬ましい。命が欲しい。

女海賊は、向き直った。生命力あふれる女怪スキュラへと。いかに歪もうが生命は生命だった。あれほど命の力に溢れている彼女がとても妬ましい。

だから、女海賊は踏み込んだ。剣は手にしていない。女占い師の腹に食い込んだまま抜けなかったから。まあいい。後で回収すればいいことだ。

それよりも今は、女怪スキュラ

彼女が襲い掛かってくる。前回と同じく頭上から。だが恐ろしくはない。いかに神聖なる武具セイクリッド・ウェポンを帯びていようが、女怪スキュラは所詮村娘に過ぎなかった。

攻撃をいなし、女怪スキュラの巨体を放り投げる。大鍋コルドーロンのそばへと。

力は互角。されど力量には、大きな差があった。

死者は、生者へと歩み寄った。


  ◇


―――このままでは駄目だ。

地に斃れ伏した女怪スキュラは思案していた。

女海賊は強い。戦闘の経験が豊富な不死の怪物なのだ。当然であろう。自分の力量では勝てぬ。もっと力が必要だった。

周囲を見回す。何か使えるものはないか。

そこで、見つけた。すぐそばに倒れている、狂戦士の肉体を。

尾を素早く彼に接触させた女怪スキュラは、

狂気という祭壇を通じて月神から流れ込んだ力。それは、熊の毛皮の男を癒す、快癒リフレッシュの加護として具現化した。

限りなく死体に近かった男の肉体が蘇る。

狂戦士は、斧を手に立ち上がると、女海賊に向き直った。


  ◇


―――してやられた。

狂戦士は、斧を振りかぶった。目標は女海賊。されど彼女は、読んでいたかのように踏み込んで来る。

振り下ろされる斧は、空を切った。

そのまま体当たりしてくる女海賊に押しやられた熊皮の戦士は、武器を捨てると相手に組み付く。

以前してやられた相手。力では狂戦士ですらも勝てぬ。故に、彼は相手の関節を極めた。四肢の関節を破壊されれば、いかな女海賊と言えども動けぬであろう。

だが、この首がない女は死者だった。痛みを感じぬのだ。

右腕を砕かれながらも、彼女は狂戦士を殴り飛ばした。

即死はしない。狂戦士の分厚い腹筋の層は、女海賊の一撃を吸収してのけたから。

だが、スタミナでは圧倒的に不利だった。素早く片を付けねばならぬ。


  ◇


―――あと一押し。

回復させた狂戦士ですら押されているのを見て、女怪スキュラは思案。力が足りない。この歪み切った化け物の肉体ですら、首のないあの女海賊には通用せぬのだ。

もっと歪まなければならなかった。

だから、女怪スキュラは首から下げた護符を引きちぎると、傍らの大鍋コルドーロンを持ち上げる。

そのまま、中身を頭からかぶった。

まだ歪んでいなかった上半身。瘴気を浴びたそれが、急速に歪み始める。

肩甲骨から肉が盛り上がる。頭髪が絡み合い、寄り合って太くなっていく。上半身を鱗が覆っていく。乳房の下に新たな膨らみが生じた。

たちまちのうちに、女怪スキュラの肉体は新たな変容を成していた。

頭髪の代わりに無数の蛇が生えた頭。ぬらりとする鱗に半ば覆われた肢体。四本に増えた腕。六つの乳房。縦に裂けた虹彩。

面影を残しているのは、その美しい顔のみ。

肉体が歪み切った彼女はしかし、まだ正気を保っていた。既に半ば歪んでいたから。それがほんの少しひどくなっただけだ。

とはいえ、ただでさえ七つに増えていた頭が無数になったのだ。その意志を統率するのでも一苦労だった。

―――今度は、私が助ける。

再び、女海賊へとぶつかっていく。

今度は、投げ返されなかった。歪み切った女怪スキュラの肉体は、女海賊の剛力をはるかに凌駕したのだ。

首のない女体。その、存在しないはずの双眸と視線が重なったとき、女怪スキュラは確信した。

己は呪いを打ち破れる、と。

無数に増えた自我。それは、彼女自身の精神が巨大に拡張されたことを意味している。だから、彼女は、増大した許容量一杯まで狂気の扉を広げ、そして神へと請願した。

女海賊の魂の救済を。

月神はそれに応え、解呪リムーブカースの加護を与えた。

清浄なる霊力の奔流は女海賊へと流れ込み、その魂魄を縛っていた最期の呪詛ラストワードを打ち砕く。

呪縛から解放された首のない女体が、力なく崩れ落ちた。

精根尽き果てた女怪スキュラの蛇身も、また。

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