お手つきは禁止ですよ(ぬるぬる)

海魔クラーケン

曲がりくねったもの。変わり者。つむじ曲がり。そう言った意味の古語を語源とするこの怪物は、驚くほどの巨体をした頭足類として知られている。島と間違えて上陸したという伝承すらあるのだ。

そのサイズや形状は一様ではない。成長によって変化するのか、あるいは違う怪物をひとまとめにクラーケンと呼称しているのか。それは分からなかった。神出鬼没な上に強力過ぎて調査できぬのである。

いずれにせよ分かっていることはひとつ。

この怪物に襲われれば、どのような巨船であろうともひとたまりもないということ。

海原での死闘が始まった。


  ◇


が、振り下ろされた。

眼前の光景はまさしくそう呼ぶにふさわしい驚異に満ちていた。人の類が建造したことのある、最大級の尖塔ですらあれほどの大きさは備えぬであろう。そう思える触手が、船の真上から襲い掛かって来たのだから。

船に乗る人間たちにはなすすべもなかった。人間には。

人間ではなかった者。すなわち人以外との混血児ハーフエルフである女占い師のみが素早く動いた。呪句を唱える暇も惜しんだ彼女は、懐から取り出した呪物を海へと投じたのである。

生じたのは巨大な津波。

魔法の波が、船を前方へと押しやった。そこへ落ちてくる触手は、海を叩き、もう一つの津波を創り上げて沈んでいく。

津波の上から水面をした船は、敵との距離を広げることに成功していた。

その揺れる船体上で、交易商人は叫ぶ。

「な、何が!?」

海魔クラーケンです。急いで逃げなければ!!」

応えたのは女占い師。彼女の声にも焦りが見られた。海魔クラーケンとまともに戦って勝つのは不可能である。奴は恐ろしく。クジラなどの巨大生物とは異なり、刃物で刺されても痛痒を感じないのだ。に破壊してやる必要があった。だが海魔の図体は数百メートル。生半可な城より巨大なのだ。そんなものを破壊し尽くすのは不可能である。伝説に語られる隕石招来メテオストライクの魔法をぶつけることができれるのであればまた話は別だが。

一同が動き出したとき。二度目の攻撃が船へと襲いかかった。

まっすぐ伸びてくる触手。破城槌ですらこれよりは遙かに弱々しい。対抗するのは土砂崩れに立ち向かうようなものだ。

だからそれを退けた一撃は、人間の成し得る限界を超えていた。

凄まじい破壊力を示したのは剛剣。女海賊の振るったそれは、倍力の魔力と相まって大気ごと触手を切り裂いたのである。

生じた衝撃波ソニックブームは、触手を十メートル近くも破壊。ぐちゃぐちゃにした。

されどそれすら、海魔全体からすれば大したダメージではない。何しろ奴は多数の触手とまだ姿を見せぬ胴体を備えた、何百メートルもの巨大怪獣なのだから。

女性陣の稼いだわずかな時間。

一同はオールを手にし、あるいは舵を掴んだ。可能な限り速力を上げ、海魔クラーケンから逃走する腹積もりである。

「あ―――ぼ、僕もやります!」

水夫も叫ぶと、オールを手に船べりへ。

死を賭したおいかけっこが始まろうとした矢先。

三度目の衝撃。

攻撃は、真下からだった。突き上げられた船体がへし折れなかったのは幸運と言うほかない。

されど、落下した船は海面に衝突。そのショックで、首のない女体が投げ出された。女海賊が。

咄嗟に女占い師が手を伸ばすも、届かない。

女海賊は、海面へと姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る