第八話 黒い悪鬼

このエピソードで片が付くかなあ(長引くって)

抵抗レジストとは魔法である。

それは意志あるすべてのものが扱える天性の魔力であった。悪意ある魔法から身を守るための力。

されど、その効力は本来ささやかなものだった。一部の例外を除けば、完成された魔法。すなわち、今まさしく投じられた火球ファイアヤーボールのような魔法に耐えることなど不可能である。魔法の短杖ワンドから投じられた一撃の威力は、十数の兵を即死させ得る大威力だから。

月光に照らされる中、三十メートルの距離を一挙に無として発動したそれは、じめじめした大地へと激突。熱と衝撃波をまき散らした。

生じた爆発は、直径三メートルのクレーターを生じただけではない。効果範囲内にいた、骨で出来たボアと、そいつに腰掛けた首のない女体を呑み込んだのである。

彼女らを打ち砕く一撃が、役目を終えて霧散した。爆発の火勢が引いた中から現れたのは猪と女体の残骸。

―――ではない。

多少すすけているものの無傷の女と、同じく大した被害を被っていないボアは、煙を切り裂いて出現。火球を投じた敵手へと突進したではないか。

彼女とその乗騎は、抵抗レジストの魔法で不可能を可能としてしまう例外であった。

女の身を守っている薄片鎧。そして、武装の小剣は護符なのだ。防御のための魔力を宿してあるのだ。抵抗レジストの魔法を支え、魔法から受ける被害を軽減する護符の霊力が、彼女とその乗騎を守り切ったのである。

恐るべき魔力だった。

首のない女は―――女楽士は、小剣を振りかぶった。


  ◇


少々時間は巻き戻る。

月夜に照らされた晩だった。

夜の沼沢地を行軍しているのは、異様な軍勢である。

狼がいる。熊がいる。豹がいる。猪がいる。様々な肉食獣や大型獣がいる。

この時点で異様だった。されど、真に奇怪なのはそんな事ではない。

彼らには、毛がなかった。どころか、肉すらない。骨だけでありながら、まるで生命あるかのように躍動しているのである。

力ある魔法使いによって生前の魂魄を括り付けられた死にぞこないアンデッドだった。

その数は十近い。

彼らの内の2頭は荷物を背負っていた。乗騎だったのである。

その背に乗せていたのは、ひと。死者も人に数えてよいのであればだが。

一人は首を小脇に抱え、薄片鎧で身を守った銀髪の女楽士。

一人は毛皮を鎧代わりにかぶり、骨の斧で武装した小柄な野伏。

彼女らが追跡しているのは、遥か先を往く騎馬の集団であった。数騎のそやつらは彼女らの視界の外だが、上空を飛翔する使い魔のフクロウが捕捉し続けているのである。

追跡行はしばし続いた。

されど、馬とは持久力に欠ける生き物である。全力疾走を続けられる時間はさほど長くない。

それに対して、死せる獣たちはいつまででも走り続けることができた。疲労しないのだ。

次第に距離が詰まりつつあった。


  ◇


先行する一団。すなわち髑髏の兜で顔を隠した怪人と、その護衛たちは、いずれ自分たちが追い付かれることを悟っていた。

一団の頭目であるところの髑髏の怪人―――骸骨王は思考する。

追撃してきているのはここしばらく己の邪魔をして歩いている二人組であろう。真上に張り付いた使い魔がいる限り、いつまでも逃げることはできぬ。直接対決してもよいが、敵は完全武装の首なし騎士デュラハンを含む不死の怪物ども。数でもこちらを上回っている。不覚を取る可能性は決して低くなかった。

傍らに付き従う護衛の一人に目をやる。

時間を稼ぐ必要があろう。これは幸い使い潰しても問題ない。

「―――奴らを足止めしろ」

全身を黒い甲冑で鎧った女―――黒騎士は首肯。速度を落として一行から離脱すると、馬首を巡らし後方へと向かった。


  ◇


使い魔を操り前方の敵集団を監視していた女楽士は、敵の一騎がこちらへと向かってくるのに気が付いた。足止めする気であろう。となれば相応の実力者のはずである。

相棒である野伏へと

小脇に抱えた生首を投じると、指で指示。

「分かった!」

この辺りは以心伝心である。速やかに、野伏を含む獣たちの大半は隊列より離脱。足止めの敵を迂回していく。

彼女には呪物を大量に渡してある。自分とになる魔法の手斧も与えた。最悪の場合でも月神の加護という切り札がある。本人は使いたがらない―――魂の正気が代償なのだから当然だが―――が、最悪の場合でもやられることはあるまい。

それよりも、こちらに向かってくる相手を速やかに排除せねばならなかった。急いで野伏へ追いつくのだ。

女楽士は、小剣を抜刀した。

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