デュラハンの髪型問題(冷静に考えると大変そう)

―――死者の体も、それほど悪くはない。

土の下で、女楽士はそんなことを思う。

彼女は今、眠りに就こうとしていた。土の下に自らを横たえたのである。はふりこそが死者にとって唯一の安息であるがゆえに。鎧は外し、傍に埋めた。生首は抱いている。

こうして横になっていると、何故闇の魔法使いが自らを不死の生命へと転生させるのか、理由が分かった気がする。

まず、息をしなくてよい。息継ぎなしでも歌えるのだ。その気になれば地中にいたままでも。時々自分が呼吸をしていないことにドキッとするが。華奢だった自分が物凄い力持ちになれた。疲れ知らずなのもありがたい。永遠に生きられるし、小鬼ゴブリンどもの槍を恐れる必要だってない。何しろ不死だ。闇の種族と戦える、無敵の体。

されど、失ったものも大きい。

生命の喜び。その全て。子を産むこともできない。いかなる肉体的快楽もない。陽光を浴びれば凄まじい不快感を感じる。美味しいものだって食べられないし、もはや寝台で眠ることもできぬ。

そして、人間らしい心。

戦うたびに、恐怖心が摩耗していくのが分かる。死なないのだから当然であろう。魔法使いと戦う時は徹底的に準備をするようにしていたおかげか今のところ無事である。あので酷い目に遭ったから。

きっと自覚がないだけで、他の感情も失いつつあるのだろう。生命の喜びがないということは、食欲も、肉欲だって失ったということ。

覚悟はしていた。死の眠りを選ばず、このような姿になり果てる準備を始めた時から。

今はまだいい。生きていた時の感覚をまだ、覚えている。思い出すことができる。

けれど、いつかそれを忘れてしまったとき。己は、心のない化け物になってしまうんだろう。

その前に目的を果たさねば。姉を殺した相手を見つけ出し、復讐するのだ。魔法を次代の者へと受け継がせるという責務もある。こんな化け物に弟子入りしたいという奇特な者を探すのは一苦労だろうが。

人間に戻りたいとは思わなかった。それは贅沢というものだ。ほとんどの人間は死んでしまえばそこまでなのだから。

道程は長い。自分たちは仇を追っているが、いつも見つかるのは小さな手がかりだけ。まるで嘲笑われているかのようだったが、追跡をやめるという選択肢はない。だって馬鹿みたいではないか。死んでしまった自分が。

それに、確かめないといけないこともできた。

先日の村落。亡霊たちを呼び起こしたあの笛の謎を解かねばならない。誰があんなものを作ったのか。自分を除けば、知る限りでは師と姉しか同門はいない。そしてその両方がもう死んでいる。

目的は増える一方だった。できれば自分が正気の内にすべてを終わらせたいところだ。

次第に眠気が強くなってくる。そろそろ眠らねばならないようだ。

土に抱かれ、女楽士は睡魔に身をゆだねて行った。


  ◇


「身なりに無頓着だよね。美人なのに」

星々が瞬く原野。

水を滴らせた女楽士が野営地に戻った時、野伏が開口一番に言い放ったのがそれである。

女楽士は自分の体を

一糸まとわぬ、華奢な肢体は青白い。血が通っておらぬからだった。また首がない事を差し引いても小さい。歳だけならば婿を取ってもよいほどなのだが、元々小柄なのである。

そして顔立ち。小脇に抱えられている生首は銀の髪と相まって、どこか気品を感じられた。普段はふわりとする長い髪は、水分を含んで重みがある。

彼女の美しさ。それは首が切断されたことで損なわれるどころか、ますます磨きがかかったようにも見えた。欠けたことで美が一層引き立ったのだ。

「……ぉ」

見せる相手もいないし、と女楽士は苦笑する。されど野伏はNOを突き付けた。

「うーん。……よし。髪の毛結ってあげるからさ。服を洗濯してきなよ。土だらけじゃんか」

「…ぁ……」

仲間の心遣いは大変ありがたいが、己は死者である。困惑する女楽士。

「却下!死者ってのは自分で歩いたりしないの!歩いてる時点で死んでないの!」

結局、野伏に押し切られた。


  ◇


「凄い髪だよねえ」

「ぁ……ぅ……」

「あーまずったなあ。この向きじゃ会話できないや」

地面に敷いたマントの上。野伏の膝の上にちょこん、と置かれ、女楽士の生首は後ろから髪をいじくられていた。

何やら髪を編み上げ、まとめあげようとしているようだが様子が分からぬ。鏡がないし、確かめようにも女楽士には体もない。川へ洗濯に行っているからである。振り返ったり手で触る事もできない。

ちなみに死者の髪の長さは変化しない。死んだときの長さで固定され、切断されても埋葬した場合元の長さに戻る。

「よし。完成」

ひょい、と持ちあげられる女楽士。くるりと回転を経て、正面から野伏が見つめてくる。

「おー。いいねいいね。え?どんな髪型かって?それは見てのお楽しみ」

うしし、と笑う野伏。

そこへ、裸身の胴体が帰って来た。服はしっかり洗ってあるが乾かさねばならない。不死の体の剛力は洗濯でも有利であった。

「はい。返すね」

女楽士は野伏より首を受け取った。自分の生首を返される、という世にも奇妙な経験をしたのである。

まじまじと自分の顔を女楽士の胴体。

髪はまとめ上げられていた。いわゆるアップになっていたのである。首を動かすたびに邪魔になっていたものがえらくすっきりしていた。これならば髪の毛が戦いの場で邪魔になる事はあるまい。

それに、似合っている。

「いいでしょ?」

野伏の言葉。

女楽士は頷こうとして、思いとどまる。首が切断されているから頷くわけにはいかなかった。

代わりに彼女は微笑んだ。

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