第七話 竜の乙女と騎士の卵

くっころでは人間の寿命は50年です(つまり40歳はジジイ)

真っ暗な、しかし暖かい洞窟だった。

雪でふさがれた小さな隙間から入り込んで来るのは風鳴りと、雲に弱らされた陽光の欠片。外は吹雪であろうか。

に掘り抜かれたその空間で、竜騎士の卵である少年騎士は、目覚めた。

「……ぅ」

全身が痛い。

眼前には土の天井。ごく近い。狭い洞窟に横たえられているのだろうか。何か、地面の上に布を敷き、その上に寝かされているらしい。衣類は脱がされているが、背中から何やら暖気が来るために寒くはない。

横に目をやる。

そこで眠っていたのは、ふわりと波打った黒髪を備え、穏やかな顔立ちをした女人の青ざめた裸身。

その首を一周するように黒いのが不思議ではあるが、の人間のように見える。

美しい。

しばし見惚れていた騎士は、やがてはっとした。馬鹿者め!青ざめているということは凍えているということではないのか!?

手を伸ばし、女人の頬に触れる。

ぞっとするほど、冷たい。まるで

驚いた少年騎士は、女人の胸へと手を当てた。

ああ。死んでしまう。いや、鼓動を感じない。このひとは既に死んでしまっているのではないのか!?

と。

そこで、女人が目を開けた。

「―――え?」

鼓動のない人間が、生きている?

そこまで考え、騎士はようやく己が心得違いをしていたことを悟った。鼓動を感じなかったのではない、己が鈍感で鼓動を感じることができなかっただけだ!

素早く手をひっこめた彼は、謝罪しようとして身を起こした。

いや、身を起こそうとして、低い天井に肩をぶつける羽目になった。

女人はしばしあっけにとられた表情だったがしかし、笑い出した。楽しそうに。

ぽかん、としていた騎士はやがて赤面。

「あー。申し訳ない。その、何がなにやら……」

等と言っている間にも、彼の頭の中では記憶がよみがえりつつあった。

この状況に至るまでの、短くも激しい道のりの。


  ◇


しばらく前。

騎士は、逆さ吊りにされていた。それも闇の種族によって。

そこは坑道跡であった。放棄されたそこに、小鬼ゴブリンどもが住み着いていたのである。

元々旅の途中だった騎士は、村人に乞われて小鬼ゴブリンどもを退治しに来たのだ。とは言えひとりで多勢と戦うつもりは毛頭なかった。騎士の位を得る前、従士だった頃から散々この闇の種族とはやりあって来た。奴らは弱いが、だからと言って油断すればすぐ死ぬ。1対1なら勝てるが、ひとりで2匹を相手取ると危険である。鉄の全身鎧で身を守っていない限りかなり。

だから偵察に来ただけ―――のはずだったのだが。

奴らには親玉がいた。それも魔法使い。小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンならまだよかったが、そうではない。いや、小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンもいるにはいるのだが。

最悪な事に、小鬼ゴブリンどもの親玉は闇妖精ダークエルフだった。

奴の魔法によって発見され、あっさりと捕縛されたのだ。騎士は。

現在親玉は、岩に腰掛け水袋の中身を飲んでいる。酒であろうか。奴の傍らには騎士の剣。極めて貴重な、真に力ある魔法の品物である。それ以上にの形見でもあった。取り返したいところではあるが無理だろう。周辺では小鬼ゴブリンどもが火を燃やしながらわいわいがやがや。入口が近いからいいが、奥だと煙で窒息するであろう。外は吹雪だから、火を焚く気持ちは騎士にも分かったが。というか寒い。身ぐるみはがされた彼は凍えていた。歯の奥がガチガチと鳴っている。遠からず凍死するだろう。

そして、羽飾りをつけた小鬼祈祷師ゴブリンシャーマン。妙に切れ味の悪そうな短剣を手に踊り狂っている奴の行動の意味を、不幸なことに騎士は知っていた。彼は賢者でもあり、その知識はこう言っていたのである。あの踊りは闇の神々に犠牲を捧げる祭礼だ、と。

もちろんこの場合の犠牲とは騎士自身の事に決まっている。絶体絶命であった。

騎士は、神に祈った。星神に。騎士という人種は決まって太陽神を信仰するものだが、彼は星神を信仰していた。知識神として。別に光の神々でさえあればどの神を信仰していようが自由だから問題はないが珍しくはある。

そこでふと、騎士は思い出した。

が昔、砂漠で似たような目に遭った時は、戦斧を携えた首のない女人が地中から現れて助けてくれたのだそうだが。

まさかそんな都合の良い事態が起きるはずもない。

まったくもってその通りだった。

地中からは女人は現れなかった。

何故ならば、戦斧を携え、白い衣に身を包んだ女人が突入してきたのは坑道の入り口だったからである。

たちまちのうちに小鬼ゴブリン数体が肉片と化した。

予期せぬ奇襲に、坑道内は騒然となった。闇の者どもが手に手に武器をとり、迎撃の構え。

対する女人は、大きく息を吸い込むと、息を吐きだした。それもただの呼気ではない。

強烈な火炎。すなわち竜の吐息ドラゴンブレスを、口から吐き出したのである。

坑道の地面は火炎地獄となった。小鬼ゴブリンどもがこんがりと焼ける。されど不幸中の幸い。騎士自身の吊るされている高さまでは焔が届かぬ。そして奥、騎士の荷物にも。

だが、幸運はそこまでであった。騎士の荷物の傍らに座っていた闇妖精ダークエルフにも火炎が届いていなかったのだから。

炎が引くと同時。奴はすらりと抜刀した。自前の刃ではない。騎士から奪った魔法の刃。青銅の刀身に竜殺しドラゴンスレイヤーの魔力を宿した大剣をすらりと抜き放ったのである。

奴は呪句を唱え印を切った。倍速ヘイストの魔力を自らの肉体へと付与したのだ。

踏み込んだ闇妖精ダークエルフは、人間の目で追える限界を超えていた。

振るわれた一撃が、女人の首をたやすく刎ねたのである。

「―――あぁ……っ!」

助かると思ったのも一瞬だった。

闇妖精ダークエルフは刃を鞘に納めると、そのまま振り返った。岩に戻り、また腰掛けるのだろうか。それとも。

そんな事を思っているうちに、次の驚愕が騎士を襲った。

首を刎ねられた女人の胴体。それは斃れることなく、手にした戦斧を振りかぶったのである。

どころか、背を向けた闇妖精ダークエルフに一撃したのだ。

飛び散る血しぶき。

どう、と倒れる闇妖精ダークエルフ。即死であった。

呆然としている騎士の前で、女人は剣を拾い上げた。頭のない体でしばしそれをした彼女。

かと思えば騎士の前まで歩み寄ってくるではないか。

この時点で、騎士は確信した。

ああ、これは夢だ。逆さ吊りにされ、寒さで朦朧としている自分が見ている夢に違いない。でなければ、人間の女人がを使ったり、首が切断されたのに生きていたりするはずがないではないか。

となると相当にまずい。恐らくもう、己に残された時間はないのであろう。

そこまで考えた彼は、意識を手放した。張り詰めた緊張の糸が、切れてしまったから。


  ◇


油断した。首を切り落とされるとは。人生で二回目ではないか。

女勇者は、頭上で意識を失っている逆さ吊りの騎士を見上げた。

先ほどの闇妖精ダークエルフが持っていた剣はこの騎士の持ち物であろう。まさかあれからも経って、同じ刃で切り付けられるとは。まぁ頭を割られるのでなければ実害はない。すぐに傷も癒せる。

さて。ということはこの騎士は、の縁者ということであろう。ならば大切に扱わねば。どちらにしても助ける事には変わりないが。

坑道内を見て回る。騎士の持ち物らしいものひと揃え。うむ。どう運んだものか。

しばし思案。着衣を脱ぎ、広げたそれで荷物を包む。これでよかろう。

ここは広すぎて熱が拡散してしまう。どうするか。

再度思案。竜の吐息ドラゴンブレスで熱した岩を埋めた寝床であれば、冷え切った肉体も温まるはず。よし。近くに洞穴を掘るとしよう。

あの砂漠。第二の故郷となった岩山のオアシスに掘られていたような、暖かい洞穴を。

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