爪爪牙尻尾(これは危険)
砂漠の
それ故に、彼らは地下で眠っていた。
彼らはさほど高度な道具を持っていなかった。大体の用事は魔法で片づけるのである。魔力のまだ未熟な者は大した変化はできぬが、それですら竜の胃袋を模倣したり毒への耐性を身に着けたりすることができるという。砂や岩を滋養にできるのだ。赤子や幼い子供らを除き、彼らはオアシスの糧を必要としていない。育児のために彼らはこの地に住んでいるのだった。一部の者は、修行のために旅へ出るという。真なる竜へと転生するための、不帰の旅へと。
彼らは、オアシスを訪れた二人の人間を客人として扱った。さらわれた子供を連れ帰ってくれたからである。
彼らの寝床に案内されたふたりは、その驚くべき快適さを心から喜んだ。女勇者にとっても心地が良い。墓穴と同様の、人工的に掘りぬかれた地下だったから。
彼らとの対話は実りあるものだった。老賢者は、
やがて、太陽が沈み、眠りの時間が訪れた。
女勇者は本当に久しぶりに、己を埋めずに眠った。
◇
星明りの下。砂漠の地表を進む、闇の軍勢の姿があった。
その数は尋常ではない。数百に達するであろう。
彼らが目指す先。そこは、岩山のオアシス。
◇
日が昇りだしたころ。
地下空洞から、ゾロゾロと
老賢者は、オアシスの清水に、わずかだが氷が張っているのに驚いた。氷点下まで冷えていた証拠である。その中で、小魚たちは元気に泳いでいた。
そして、魔法の教授。
彼らの魔法とは生き方そのものであった。真似しようとして真似できるものではない。竜やその眷属たちになりきることで、力を取り込み化身するのである。
彼らは文明を必要とはしていないが、同時に文明を持つこともできぬ。何故ならば竜になるためには邪魔だからである。竜は文明を持たないから。
そんな彼らがこの地を人の類の隊商の中継地点に提供することがあるのは、外の世界を知るためだった。いずれ旅立つ者たちのために。
とはいえ、彼らの口は人の類の言葉を話すことに向いておらぬ。人の側が彼らの言葉を覚える必要があった。あるいは魔法の心得が。
女勇者は彼らと語り合った。その旅路を。外の世界の人々はどのような暮らしをしているのかを。太陽神の教えについても。
やがて、勇敢な若者の一人が女勇者へと手合わせを願い出た。竜とは強者である。強者との闘いによって自らを鍛えることは、竜へ近づく事だと彼らは見なしていたのだ。
女勇者は快諾した。彼ら相手ならば、間違って重傷を負わせてしまう事もあるまい。
首と竹簡を老賢者へと預けると、彼女は得物を手に、岩山の裏手へと回った。日陰での勝負を所望したのである。若者も承知した。彼らもやはり、日陰の方が強力な魔法を使いやすい。
ゾロゾロと見物人たちを引き連れ、両者は向かい合った。
若者は無手。
対する女勇者は、戦斧に白き衣。
―――GUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
若者の咆哮。
凄まじい勢いでその肉体が膨れ上がり、強大なる魔獣へと変化していく。
女勇者にとっては久しぶりの、命のやり取りではない戦いが始まった。
◇
―――なんという魔力。
女勇者は感嘆していた。相手の力量に。その巨大さに。
若者が変じたのは、体高四メートル、全長十五メートルの巨獣。
全身を鱗で覆われ、細長い胴体を持ち、凶悪な牙と角を備えた頭部。鋭い爪を備えた四肢は大地をしっかりと踏みしめ、尾は長大で、そして背中からは被膜の張った巨大な翼を備えるその怪物の名は、
若者は、能力だけならば真なる竜―――それも何十年と生きた成体へと化身するだけの魔力を備えていたのである。
パワーでもリーチでも勝ち目はない。飛び道具を持ち、自在に空まで駆け巡る。ましてや彼は知性を備えていた。紛れもない、一軍に匹敵する、力ある魔法使いがここにはいた。
女勇者が勝るのは経験と小回りだけ。
だから、彼女は踏み込んだ。
対する若者の第一撃は、爪。
それを戦斧で受け流すと、女勇者は相手の首筋を狙った。素早く片づけねば負ける!
されど、それは急に遠ざかった。若者が後肢で立ち上がったことで首筋が遠くなったのである。翼を羽ばたくことで!
二撃目は、反対側の爪であった。真正面から受け止める形になった女勇者の頭上より降ってくるのは、若者の牙。
まるで大瀑布のように襲い掛かるそれを咄嗟に転がって回避した女勇者は、勢いを殺さぬまま立ち上がる。彼女が走った先は若者の後肢。若者の死角となる場所はそこしかあるまい。だが。
敵手の意図を悟った若者は、翼と後肢を器用に操り、その場で旋回したのである。女勇者へと襲い掛かったのは、鞭のようにしなる巨大な尻尾。
女勇者は咄嗟に斧の腹を向け、柄を大地へ、斜めに突き刺した。
彼女が支える斧に激突した尾は、運動エネルギーを受け流され、真上へと跳ね上がった。若者の態勢が崩れる。一瞬の隙。
女勇者の刃が再び、後肢へと襲い掛かる。
それは、命中する寸前、ピタリと静止していた。
若者も動きを止める。やがて両者は離れ、向かい合った。
こうして、驚くべき手合わせは終わった。
それを見ていた者全ての心に、この記憶はとどまり続けるだろう。
若者は女勇者を讃え、女勇者も笑顔を浮かべた。
この後
そうして、素晴らしい一日が過ぎた。
しかし。
それだけで終わりではなかった。
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