信仰篤い人々の暮らしている世界(村人Aが唱えた聖句ですら現実に効果を発揮するからそりゃ篤くもなる)
城砦都市。
すなわち、城壁によって市街地をも防護した都市である。
人の類の歴史は闘争の歴史と言い換えてもよい。その戦術の根幹にあるのは、朝日が昇るまでいかにして時間を稼ぐか、という事である。強力な闇の魔法。生命を啜る不浄の怪物。そういった強大な敵も、朝日によって退けられるが故に。
だから、集落の防御には常に気が配られて来た。最もよく見られるのは魔法や祝福による簡易な結界であろう。神殿がある集落ならば神殿が、そうでなくても住人が簡易な儀式を行ったり、訪れた魔法使いや巡礼の神官などに頼んで防御を固める。次いで多いのは木の柵。堀。自然の地形を利用したものもあるし、珍しいところでは多数の世帯が共同で住まう、小さな要塞としての機能を備えた円楼型の集合住宅も存在していた。
女神官の故郷だった村落。現在、立派な都市へと成長した山裾の街も、そのような意図で防御を固めた城塞都市であった。
◇
太陽神の神殿に限らぬが、光の神々の神殿の建築構造は、建てられる土地と財力に応じて選択される。石材の入手が容易であれば石で作られるし、木造の場合も多い。豊かな都市では贅を凝らした豪勢なつくりになる場合も珍しくない。神が実在し、現実にあらゆる階層の人々が何らかの形で加護を受ける世界である。人々は精一杯、神殿へ寄進した。
だが、いかなる条件下であっても必ず重視される点がある。それは、緊急時に備えたつくり。戦いだけではない。災害。火災。ありとあらゆる事態に備えることが、神殿には求められていた。
山裾の街にある太陽神の神殿も、そのような意図をもって設計されている。城壁と河川の複合で守られた市街の最も奥。なだらかな山の斜面に建てられた木造・石造様々な建築同士は渡り廊下でつながれ、いざという時の移動が速やかに行えるようになっているほか、自然の谷川によって防御と取水が容易である。また、兵力や物資を速やかに集合・集積できるように広場が複数設けられていた。
今、そのような広場の一角に、客が訪れていた。客人は騎士である。それも、ただの騎士ではない。竜を乗騎とする
乗騎より降りた客人は、出迎えに現れた老神官へ向けて笑顔を浮かべた。
「お久しぶりです」
兜を外した客人の顔は、まだ若い。元服して数年と言ったところだろう。にもかかわらず彼は一流の武人であった。でなければ竜を乗りこなせぬ。
「お待ちしておりました。長旅でお疲れでしょう。どうぞこちらへ」
客人は、老神官に案内されて神殿の奥へと向かっていった。
◇
この世界の人々は信心深いが、騎士という人種は特に信仰心篤いものである。高価な武装・乗騎を自弁する彼らは高い社会的地位にいる人々である場合が多く、決まって太陽神を深く信仰しているものだった。
太陽神は、秩序を司る神格でもあるが故に。
客人の目的も礼拝であった。この神殿は、近隣有数の規模を備えているから。それには、ここ数十年近隣の開拓が進んだことが深く関わっている。
かつて小さな村落だったこの街は、交易のために行き交う旅行者たちの中継地点となった。交通の要衝としての地位を確立したのである。旅行者たちが落とす財貨は街を富ませ、それは神殿にも流入したのだった。
今、老神官と客人がいる部屋も、そのような富によって設けられた一室である。
風流な庭が望めるそこで、ふたりは茶を飲みながら世間話に興じていた。
「最近こちらではどうですか?」
客人の問いかけに、老神官が答えた。
「先日から、天候不順が続いていますね。今日は幸い晴れておりますが。警戒を強めています」
「それは厄介な。難しいものです。雨の恵みがなければ作物は育たず、かといって太陽の加護がなければ我らは立ちいかない。陽光なしで戦うなど恐ろしくでできません。よくぞ火神の神官たちは、夜に戦えるものだと感心しております」
ふたりは苦笑。
「もう五十年近く前になりますが……この神殿に属していた神官のひとりが、夜陰に乗じて敵陣に忍び込みました」
「ほう。それはすごい。
それで、その方は」
「亡くなりました。
私もよくしていただいた方なのですが、この神殿に戻ってきたのは、彼女が用いていた祭器の剣だけです」
「そうですか……」
ふたりは、しばし無言。
老神官は目を閉じ、故人への思いを馳せた。
客人にとっても他人事ではない。闇のものどもと戦い続けることこそが武人の使命であるから。
やがて、雑談が再開されてしばらく後。
部屋の入り口を視線より守っている衝立の向こうより、声がかけられた。
「なんだ?」
老神官が立ち上がる。入り口で
そのただならぬ様子に、客人は声をかける。
「どうされました?」
「はい。―――町の門の前に、戦斧で武装した
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