第十二話 いんたーみっしょん その5
や、やっとフラグ回収……(長かった)
―――ぬぅ……
そこは森の中。昼をやや回った頃。
女神官は額から脂汗を流していた。理由は眼前に座る、甲冑をまとった女にあった。
女戦士である。
均整の取れた肢体を覆うのは、漆黒の甲冑。彼女自身の臓物を用いて生み出されたものだという。港町でのあの身軽さの理由がようやくわかった。軽量化の成果である。それに、百年近い経験があれば、20年と生きていない友人や少年は手玉に取られるであろう。
だが、それより問題なのは。
やたらと古風で雅なその言葉遣いと、気品あふれる所作である。
脇に置かれた優しげな風貌と相まって、どこぞの姫君かと思うような。いや実際に姫君だったそうだが。
おかげで女神官も内心ではたじたじである。今まで身近にいなかったタイプだ。まあ尋問それ自体には問題はないのだが。
友人と同じ。友人は自分が救ったが、彼女には救ってくれる者がいなかった。それだけの違い。
陽光の下で彼女が活動していたのも大きい。少なくとも、その心はまだ狂ってはいないということだから。闇の怪物へ堕ちた
彼女は償う意思があるし、またその機会は与えられるべきである。
思案した結果、女神官はひとつの結論を出した。
「貴方に助力してもよい。だがそれには条件がある。
貴方に
女神官としては、最大限譲歩したつもりだった。
女戦士は、首肯した。神の力による呪いを受け容れるというのだ。
同意を得た女神官は、女戦士の生首。その額へと手を伸ばした。
「では、今から
「……ぁ……」
朗々と響き渡る聖句。それは、水神を讃え、その名において使命を与えることを宣言するものであった。
半神としての力でも
裁定者は、彼女にとっての神でなければならなかったから。
こうして、加護は与えられ、そして一行に五人目の仲間が加わった。
◇
女戦士は、己の内すべてを正直に露土した。何一つ偽りなく。虚偽はこの相手に通用すまいと思ったから。
そして引き出せた相手の反応。一行を率いるリーダー、女神官が返した条件は望外に良いものだった。魂魄を縛られる、という一点を除いては。
構わなかった。そうでもなければ信頼されまい。それでも、魂を他者に触らせるのはとても恐ろしい行為であったが。娘のためなら、女戦士はあらゆる苦難を受け容れるつもりだった。
それにしても、これほどに寛大な処分でよいのだろうか?
「……ぉ」
「ああ。死人が出ていればさすがにこの程度では済ませられなかったがね」
女戦士の疑問に対して与えられた答えは、それだった。書庫から逃げる際、人を確かに殺したと思ったが。
「あそこは神殿だぞ?治癒の加護が間に合った。件の
それを聞いた時、女戦士の心にあったのは、安堵。
自分の意思で殺したなら気にすまい。だが強制された行為である。犠牲者を気の毒に思うだけの心は、女戦士にも残っていた。
晴れやかな気持ちで、魂を差し出す。己の生首を相手に手渡したのである。
女神官によって指を当てられた額。そこから流れ込んで来る力は、今まで与えられてきた苦痛とは違っていた。とても優しく、そして心地よい呪縛。
いや、それは確かに加護であったろう。女戦士の罪を償い、そして他者からの信頼の証となるべき加護。
女戦士は、おそらく百年ぶりに、仲間を得たのだった。
◇
眼前にあるのは掘り返した土。その数みっつ。二名と一頭の死者が埋葬されているのだった。
それを眺めながら遅い昼食をとるのは黒衣の少年。隣には女神官も座っている。大木の根元にもたれながら。
昼食は、朝宿を出る際におかみより貰った木の実パン。それにチーズ。
少年は、先ほど女戦士より聞いた話を己の内で噛みしめていた。
「百年……想像も、つかないです」
「そうだな。人間の寿命の倍だ」
女神官の相槌。彼女の言う通り、50年も生きれば長生きしたと言えた。
だが。
皆、その歳月を越えるのだ。女剣士も。
唯一ただの人間である少年だけが、その時を乗り越えられない。
ぽつり。
降って来たのは雨滴。
ここは大木の根元。枝葉が雨より守ってくれる大丈夫であろう。地の下にいる仲間たちはどうか分からないが。
と。女神官は、少年に寄り添って来た。彼女へと内心を露土する。
「オレだけが、この中で、死ぬんですね……」
死ぬのは怖くない。だが大切な人々と別れ別れになってしまうのは恐ろしい。死んでしまえば、もう二度と会えないだろうから。
「怖いかい?」
「怖いです。死んだら、もう貴方と会えなくなるのが」
女神官は無言。
その温かさは、触れ合った部分より伝わってくる。
やがて彼女は、ひとつの問いを投げかけた。
「ひとつだけ願いのものが手に入るとしたら、何がいい?」
「―――そうですね。不滅の魂が欲しい。死んでも、あなたの下へたどり着けるように。そうすれば、ずっとあなたと一緒にいられるでしょう?」
少年の返答は、思案の結果だった。この女性はいつかは星界へと還る。何百年後かは分からないとしても。ならば求めるべきものは永遠の生命ではない。彼女を想い続ける強い魂こそが、必要だった。
「いいだろう。こちらを向き給え」
少年の両頬をそっと押さえ、向きを変える繊手。女神官の手だった。
両者は向き合う。
互いの顔が近づき、そして額が重なり合った。
「……」
少年の中へ流れ込んできたのは、暖かな力。
「―――君の魂魄に、祭壇を設けた。私を。星霊である13を祀る祭壇を。君が望んで破壊しない限り、それは未来永劫魂の中に残り続ける。たとえ死んでも。何度生まれ変わろうが、あるいは冥府に行こうが。
私が君に与えられるものはそれくらいしかないが、
「神官様―――」
「名前で、呼んでほしい」
「はい―――」
ふたりは重なり合い、温め合いながら、ゆっくりと眠りに就いて行った。
雨音が激しくなっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます