第十二話 いんたーみっしょん その5

や、やっとフラグ回収……(長かった)

―――ぬぅ……

そこは森の中。昼をやや回った頃。

女神官は額から脂汗を流していた。理由は眼前に座る、甲冑をまとった女にあった。

女戦士である。

均整の取れた肢体を覆うのは、漆黒の甲冑。彼女自身の臓物を用いて生み出されたものだという。港町でのあの身軽さの理由がようやくわかった。の成果である。それに、百年近い経験があれば、20年と生きていない友人や少年は手玉に取られるであろう。

だが、それより問題なのは。

やたらと古風で雅なその言葉遣いと、気品あふれる所作である。

脇に置かれた優しげな風貌と相まって、どこぞの姫君かと思うような。いや実際に姫君だったそうだが。

おかげで女神官も内心ではたじたじである。今まで身近にいなかったタイプだ。まあ尋問それ自体には問題はないのだが。

嘘感知センス・ライの魔法は有効時間に限りがあるが問題はない。先にこう聞いたからだ。「私の友人に対して嘘偽りを言ったり、意図的に省略したことはないか?」と。答えは「否」だった。女戦士の手のうちに至るまで、その全てが明かされたのである。彼女は邪悪な怪物ではない。紛れもないだった。

友人と同じ。友人は自分が救ったが、彼女には救ってくれる者がいなかった。それだけの違い。

陽光の下で彼女が活動していたのも大きい。少なくとも、その心はまだ狂ってはいないということだから。闇の怪物へ堕ちた死にぞこないアンデッドは、元はどうあれ陽光に耐えられなくなるものである。殺戮を楽しみ、あるいは生命を啜る邪悪な怪物に成り下がれば、陽光に焼かれるのだ。

彼女は償う意思があるし、またその機会は与えられるべきである。

思案した結果、女神官はひとつの結論を出した。

「貴方に助力してもよい。だがそれには条件がある。

貴方に使命クエストの加護を与える。いや、呪縛と言った方がいいか。内容は、我々の任務遂行を最大限に援助し、また貴方自身もそれを遂行する事。すなわち貴方が奪った禁断の知識の奪還、およびそれが闇の勢力によって悪用される危険性を拭い去る任務に貴方も加わるという事だ。使命の終了と同時に呪縛は解ける。その後に関しては、人の類に危害を加えない限りにおいて、我々は貴方がたへ関知しない。受け入れるか?」

女神官としては、最大限譲歩したつもりだった。

使命クエストとは、この世の理の外に住まう者に対しても与えることができる数少ない加護である。それは一種の呪いでもあった。この加護を与えられた者は使命の遂行を義務付けられる。逆らおうとすれば、想像を絶する魂の苦痛が襲うのだ。

女戦士は、した。神の力による呪いを受け容れるというのだ。

同意を得た女神官は、女戦士の生首。その額へと手を伸ばした。

「では、今から使命クエストを与える。抵抗レジストせぬよう、心を開放してほしい」

「……ぁ……」

朗々と響き渡る聖句。それは、を讃え、その名において使命を与えることを宣言するものであった。

半神としての力でも使命クエストを与えることはできる。だが、女神官にとって、これだけは外せなかったのだ。

裁定者は、彼女にとっての神でなければならなかったから。

こうして、加護は与えられ、そして一行にの仲間が加わった。


  ◇


女戦士は、己の内すべてを正直に露土した。何一つ偽りなく。虚偽はこの相手に通用すまいと思ったから。

そして引き出せた相手の反応。一行を率いるリーダー、女神官が返した条件は望外に良いものだった。魂魄を縛られる、という一点を除いては。

構わなかった。そうでもなければ信頼されまい。それでも、魂を他者に触らせるのはとても恐ろしい行為であったが。娘のためなら、女戦士はあらゆる苦難を受け容れるつもりだった。

それにしても、これほどに寛大な処分でよいのだろうか?

「……ぉ」

「ああ。死人が出ていればさすがにこの程度では済ませられなかったがね」

女戦士の疑問に対して与えられた答えは、それだった。書庫から逃げる際、人を確かに殺したと思ったが。

「あそこは神殿だぞ?治癒の加護が間に合った。件の侍者アコライトは生きてる」

それを聞いた時、女戦士の心にあったのは、安堵。

自分の意思で殺したなら気にすまい。だが強制された行為である。犠牲者を気の毒に思うだけの心は、女戦士にも残っていた。

晴れやかな気持ちで、魂を差し出す。己の生首を相手に手渡したのである。

女神官によって指を当てられた額。そこから流れ込んで来る力は、今まで与えられてきた苦痛とは違っていた。とても優しく、そして心地よい呪縛。

いや、それは確かに加護であったろう。女戦士の罪を償い、そして他者からの信頼の証となるべき加護。

女戦士は、おそらく百年ぶりに、仲間を得たのだった。


  ◇


眼前にあるのは掘り返した土。その数みっつ。二名と一頭の死者がされているのだった。

それを眺めながら遅い昼食をとるのは黒衣の少年。隣には女神官も座っている。大木の根元にもたれながら。

昼食は、朝宿を出る際におかみより貰った木の実パン。それにチーズ。

少年は、先ほど女戦士より聞いた話を己の内で噛みしめていた。

「百年……想像も、つかないです」

「そうだな。人間の寿命の倍だ」

女神官の相槌。彼女の言う通り、50年も生きれば長生きしたと言えた。

だが。

皆、その歳月を越えるのだ。女剣士も。踊る剣リビングソードも。そして、女神官も。

唯一ただの人間である少年だけが、その時を乗り越えられない。

ぽつり。

降って来たのは雨滴。

ここは大木の根元。枝葉が雨より守ってくれる大丈夫であろう。地の下にいる仲間たちはどうか分からないが。

と。女神官は、少年に寄り添って来た。彼女へと内心を露土する。

「オレだけが、この中で、死ぬんですね……」

死ぬのは怖くない。だが大切な人々と別れ別れになってしまうのは恐ろしい。死んでしまえば、もう二度と会えないだろうから。

「怖いかい?」

「怖いです。死んだら、もう貴方と会えなくなるのが」

女神官は無言。

その温かさは、触れ合った部分より伝わってくる。

やがて彼女は、ひとつの問いを投げかけた。

「ひとつだけ願いのものが手に入るとしたら、何がいい?」

「―――そうですね。不滅の魂が欲しい。死んでも、あなたの下へたどり着けるように。そうすれば、ずっとあなたと一緒にいられるでしょう?」

少年の返答は、思案の結果だった。この女性はいつかは星界へと還る。何百年後かは分からないとしても。ならば求めるべきものは永遠の生命ではない。彼女を想い続ける強い魂こそが、必要だった。

「いいだろう。こちらを向き給え」

少年の両頬をそっと押さえ、向きを変える繊手。女神官の手だった。

両者は向き合う。

互いの顔が近づき、そして額が重なり合った。

「……」

少年の中へ流れ込んできたのは、暖かな力。

「―――君の魂魄に、祭壇を設けた。私を。星霊であるを祀る祭壇を。君が望んで破壊しない限り、それは未来永劫魂の中に残り続ける。たとえ死んでも。何度生まれ変わろうが、あるいは冥府に行こうが。

私が君に与えられるものはそれくらいしかないが、しるべとしたまえ」

「神官様―――」

「名前で、呼んでほしい」

「はい―――」

ふたりは重なり合い、温め合いながら、ゆっくりと眠りに就いて行った。

雨音が激しくなっていく。

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