そういえばやってなかったことがあるのでやる(同じことやっても飽きるからな!!)

代官によって治められている都市は、高地の谷。その奥まったあたりにある。辛うじて森の恵みを受けられるその場所はしかし、農耕に向いているとはいいがたい。木の実を製粉して作ったパンが冬の間の主食となるほどである。そこは軍事及び交易のための都市としての意味合いが強かった。近隣の村々は牧畜によって生計を立てているわけだが、それを庇護する代償に税を取り立てて都市を維持していたのである。家々は小ぢんまりとした石と土で出来たものが多い。森林から採れる木材は家屋に不向きだからである。薪を節約するためであろう。熱をなるべく逃がさぬその構造と相まって暖かな生活を送る事もできた。

さて。この都市を支配する代官の居館は、山肌の地形を生かして建てられている。館というよりはある種の城と言い換えてもよいかもしれない。堅固な構造であった。長年闇の種族との闘争を続けて来たため、武器庫には魔法の武器すら多数収蔵されているとも言われている。仮に不浄なる怪物の軍勢が押し寄せて来たとしても撃退できるだけの武力が備わっているのであった。

今、この要塞へ、侵入しようとする者たちの影があった。


  ◇


月が、雲に覆い隠された夜だった。

このような晩は闇の者どもの活動が活発になる。おまけに寒い。嫌な事だらけだ。

石造りの廊下。

腰に剣を帯び、鎖鎧チェインメイルとマント、フードで暴力と寒気から身を守った番兵は周囲を見回した。何かの気配がしたと思ったのだ。

みゃ、という声に足元へ視線を向けると。

「なんだ、猫か……どうした、お前」

撫でてやろうとすると後ずさりする猫。妙にどんくさく、人間臭い。苦笑した番兵が手を引っ込めると、こちらに寄ってくる。距離感を測りかねているのだろうか。

そんなやり取りを数度。やがて、猫を抱きかかえる事に成功した番兵は、その頭を撫でてやる。鎖鎧チェインメイルごしとはいえ暖かくないな。というかものすごく冷え切ってるじゃないか。可哀想に。

などと思う彼の手の内から、猫は跳躍。着地を失敗する猫というものを、番兵は生まれて初めて目にした。

「あー……大丈夫か?」

みゃ、と猫は返答し、頭を下げた。なんと礼儀正しいのだろうか。

そのままゆっくりと歩き出す猫。その行先は館の奥。

「気をつけてな」

猫を見送ると、彼は仕事に戻った。

意識を逸らしている間に、何者かが通り過ぎていったことなどまったく気づきはしなかった。


  ◇


館の深部。そこは宝物庫の前。

意外と小さな扉の前には黒装束の男女。頭巾で顔を隠した彼女らは、女神官と黒衣の少年である。足元にはもいた。女神官の魔法と少年の驚異的な身軽さがあれば、厳重な警戒を突破するなど苦でもない。移動を阻止するのは不可能だからこそ、魔法使いはどこの都市でも出入り自由なのだとも言えた。

とはいえここから先は事情が異なる。宝物庫の扉は厳重に防御の魔法が張り巡らされ、館の外からでは透視もできなかったからである。恐らく魔法使いに大枚をはたいたのであろう。内部への瞬間移動テレポートも断念された。どのような危険があるか分からぬからだった。

女神官は小声で呪句を唱え、そして印を切った。

巨大な魔力が弾け、扉を飲み込み、そこに付与された種々の呪文を中和しきった上で消滅する。

完全魔法消去パーフェクト・キャンセラレーション。あらゆる魔法を完全に破壊する魔法だった。もちろん術者の力量を越えるものは不可能だが。

魔法が破壊された扉に手を当てようとして、ひっこめる女神官。

「どうされました?」

「普通の鍵だ。鳴子の罠もついている。用心深いな」

苦笑した彼女は、そのまま開錠アンロックの魔法を発動。鍵を外し、扉を開けて中へ入った。


  ◇


宝物庫へと入った女神官は、閉錠ロックの魔法を扉へ付与。露見したとしてもこれで時間は稼げるだろう。出るときは瞬間移動テレポートと退室すればよい。

懐から短剣を抜く少年。それにはすでに光明ライトの魔法が付与されていた。短剣を納めれば灯りを消せるという寸法である。

室内は多数の棚。彫刻もいくつかある。羽の生えた怪物を象った代物もあり不気味だった。

「私は魔法の品を優先的に探す。君は怪しい文書の類がないか探してくれ」

「承知しました」

主へと首肯した少年は、そのまま棚を見て回る。魔法の心得はないが、女神官と過ごした長い期間の間に博物学の講義は受けていた。人並みよりはものの価値が分かるつもりではある。あくまでも人並みよりはだが。

ふと、彫刻が目についた。台座に座り込み、四肢を持ち、醜悪な面相で、羽の生えた石像である。立ち上がれば少年よりやや背が高いくらいか。手にしている短剣だけは銀なのが不気味である。

そこから目をそらし、棚へと視線を戻す少年。

その背へ向けて、銀の短剣が振り上げられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る