女剣士の首がどんどん面白くなってる気がする(気のせい)
そこは書斎であった。
深き地下に設けられた部屋は広大であり、床には美材が敷かれ、書棚には無数の呪文書や魔導書が並んでいた。天上には煌々と輝く
床に敷かれた敷物に座り、書斎机へ向かっているのは角を備えた童女。巫女に宿りし邪悪なる闇の神霊であった。
彼女が現在読み進めているのは石板。先ごろもたらされたばかりの禁断の知識が記された魔導書であった。そこに書き込まれた一見難解な異界の秘術をしかし、彼女は苦も無く読み解いていった。記した者が単純明快さを旨としていたこともあるし、それ以上に神霊自身が優れた知恵と知識を備えていたからでもある。
「―――素晴らしい」
ごく単純な数式。されど、思いもよらぬ発想。ただの1行ですら新たな知見が得られる。信じがたい、それは宝の山であった。これらすべてを抱えていた
彼女は時間も忘れ、魔導書を読みふけっていった。肉の
そうそう。
眠気が襲ってくる。依り代たる、角持つ娘に蓄積した疲労が限界を迎えつつあるからだろう。名残惜しいが、貴重な依り代を壊してしまっては後で困る。闇の神霊をも受け入れられるほどの巨大な隙間がすっぽりと開いたこの娘の内。そこに存在している本来の魂魄は、それ自体が途方もなく巨大なものであった。闇の神霊をも超えるほどに。だが、今は眠りに就いている。いや、目覚めることはあるまい。何故ならばその魂魄は壊れていたからだった。著しく傷つき、おそらく砕け散った強大な霊の欠片。それこそが、この肉体本来の持ち主の正体であろう。そして、砕けているがゆえに神霊が入り込む隙間があったのだった。
まあよい。利用さえできれば。幸い、この娘自身は無力である。母親は首を押さえてある以上問題にならぬ。
女戦士の埋められていた生首を見出したのは、闇の神霊であった。
彼女は地下に住まいし流血の女神の侍女たる半神である。主人の領域である地下について、優れた霊視の力を備えていた。その異能によって女戦士を見つけ出し、そして隷属させたのである。おまけでこれほど優れた依り代を得られたのは嬉しい誤算であった。
もっとも、そんな彼女と言えども限界はある。星霊と同様、その権能はあくまでも己と主人の領分に関わるものにしか及ばぬからだった。
全知ならぬ身である以上、現在進行しつつある叛逆の芽に気付いていたわけでは、ない。
今はまだ。
◇
王権とは魔法である。
人の類とは弱きものである。そんな彼らも、時に闇の軍勢を打ち負かす。大地を耕し、旱魃に立ち向かう。道を整備し、大陸の端とまで交流する。地形を変え、川を治め、街を造りさえする。集団となった人の類は、限りなく強い。弱き力を束ねる魔法が存在するからだった。それこそが、王。
始め純朴だったその存在は、やがて組織化され、複雑化し、官僚制を生み出し、貴族たちが支え、そして神殿が権威を認める。そういった過程を経て、闇の勢力とも渡り合えるほどの力を築き上げたものこそが、大国である。それは奇跡にも等しい力。故に、王とは魔法なのだ。
ここ。大河から西へ遠く進んだ先。天高くそびえる山々に守られた、険しい大地の奥深くにある高地王国も、そのような大国であった。
◇
「では、ご協力いただけないと?」
「そういうわけではありません。されど、闇の者どもとの小競り合いが続いております。どうしても余力がないのです」
女神官の言葉。協力の可否を問うたそれに、眼前の男が出した返答は、否定的なものであった。
そこは高所にある豪奢な部屋。高地王国に存在する小都市を支配する、王の代官の居館であった。石と土を主原料とし、ところどころ木材が用いられた構造。窓は寒さを防ぐためか小さいが、採光には気を使っているように見えた。フェルトをふんだんに使った防寒の工夫が見て取れる。山岳を活動の場とする牧畜の民より得られたものだろう。
フェルトの絨毯が敷かれた部屋。椅子に座った女神官は、テーブルを挟んで向かいに腰かけている男をじっと観察していた。
ひげを蓄えた顔は厳めしい。着衣は厚手の上下。毛織物をふんだんに用いたそれは暖かそうだ。手の届くところに立かけられた武装は剣。鞘や柄を見る限りかなりの業物であろう。もちろん武装権は全ての人の類の権利である。相手が主君でない限り、来客の前であろうとも武装を解く必要はない。
彼は、この都市を支配する権限を与えられた王の代官であった。女神官は、港町の評議会より与えられた手形の権威を用いてこの男と面会する機会を得たのである。それ以上の効力は得られなかったが。
それは、今まさしく不調に終わった交渉からも伺い知れた。神殿の書庫を暴いた下手人を捕縛するために協力してほしいという内容の。
「ご期待に沿えず、大変申し訳ない」
「いえ、こちらも急に押しかけましたから。会っていただけて光栄でした」
代官へ言い終えた女神官は、周囲を見回した。続けて雑談を投げかける。
「しかし、ここは南方だというのに随分と冷え込むのですね」
「ええ。高度が高い故でしょう。太陽神により近い位置にあるというのに、理不尽なものです」
「この世の理とは時に不可思議なものですね」
「ええ。まったく」
両者はしばし談笑し、やがて女神官はその場を辞した。
◇
「おかえりなさい」
「ああ、待たせた」
宿へ戻った女神官を待ち構えていたのは、黒衣の少年である。女剣士の首から下は街の外で待機していた。
代わりに。
みゃぁ、と鳴き声を上げる四本脚のいきもの。
少年の腕の中にいたのは猫。いや。そのような姿へと
進歩し続ける魔法の技量はとうとう、彼女に生首だけでの行動能力を与えたのであった。
「で、どうでしたか?」
「バッチリ、クロだったよ」
少年が女神官へと問うたのは、彼女が代官の居館を訪れたことの成果についてだった。協力要請についてではない。それを隠れ蓑とした真の目的があったのである。先日狼より受け取った手紙にはこうあった。
『代官の館を調べよ』と。
「
地下に住まいし流血の女神。すなわち流血神は、主に闇の種族たちが報じる邪悪なる闇の神々の一柱である。その信奉者は人間であろうとも、闇の者として扱われる。人の類に共通する敵であった。
「それじゃ……」
「ああ。恐らく何らかの手がかりもあるだろう。何者かは分からんが、我々にあんな手紙を送りつけてきたんだ。そいつを発見させたいに決まっている。
今夜、決行だ」
「分かりました」
少年に続いて猫も首肯。
方針は決まり、そして一同は作戦会議を始めた。
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