第九話 追跡行

神やその眷属が滅多に地上へ現れないのってきっと人手不足のせい(ここまで話をでかくして大丈夫か)

大河をゆったりと南下していくのは、大三角帆を1つだけ備えたちいさな平底船。釘を使わず、木材を縄とタールで固定して建造されたその船体構造は、大河ではありふれたものである。古いがよく整備された船を操るのは、初老の船乗り。船員は若者がひとり。そして船乗りに従う日に焼けた女傑である。最近まではもうひとりいたらしいが、自分の船を持って独立したそうな。

乗客は、翼を収めた女神官。黒衣の少年。そして最後の一人、女剣士は船底でマントを頭からかぶり陽光を避けていた。姿は生者のものである。可能であれば船から縄でぶら下がってしていたであろう。

女神官には手形が与えられていた。港町の評議員十六名が連名で発行した全権委任状が。それは、近隣屈指の都市である港町の威光が届く限りにおいて最大限の援助を受けられるということである。今回の任、すなわち評議会より指名された二名、女神官と女剣士。そして彼女らの推挙を受けた黒衣の少年には、それが必要だと判断されたからである。

先日の事件。すなわち、神殿の書庫が暴かれ、封じられた魔導書が大量に奪われた事件の解決に、港町の評議会は全戦力を投入することを決定した。19年前、神話クラスの怪物が復活し、人の類が滅びかけた事件も問題の魔導書を執筆した大賢者の仕業であった。その叡智が流出したのである。いかなる事態になろうともおかしくはないとの判断であった。

ましてや、19年前の事件は完全に解決したわけではなかった。怪物―――星神の神獣に突き刺さっていた刃は三本。うち一本が、神獣を消滅させるのと引き換えに失われた。だが残り二本。神々ですら封じるので精一杯な怪物を、世界に悪影響を及ぼさぬようで、相討ちに消滅させうるほどの力を備えた神器が後二本、星界には浮遊していたのである。

もっとも、これを星神や彼の使徒たちが管理していたのであれば問題はなかっただろう。だがそう甘くはなかった。

星々の間隙、昏き深淵よりやってきた闇の神々の使徒たち。彼らと星神の眷属たちとの間で、神器の争奪戦とでもいうべきものが行われていたのである。それを地上よりる事ができたのは、ごく限られた神官や魔法使い、賢者のみであったが。この神話規模の事象において、問題の魔導書がどう影響するかは分からぬ。しかし、均衡を保っているように見える星界の戦い。そのバランスを崩すには十分かもしれなかった。座視はできぬ。

これらの事情は、追撃の任を与えられた三名。すなわち女神官、女剣士、黒衣の少年には細大漏らさず伝えられた。まさしく人の類、そして光の神々の命運がかかった大探索行が今、始まろうとしていたのである。


  ◇


「いやぁ。しかし何事かと思ったよ。評議会から名指しの依頼でさ」

女神官の隣に座って休憩しているのは船員のひとりである日に焼けた女性。細腕で船を自在に操る女傑である。船長である船乗りの娘で、20年も船に乗っているという。

「ああ。ちと大事でね。詳細は明かせないのだが」

「だろうと思った。あたしが子供のころも大事件があってねぇ。あの時は、空から竜が落ちて来たんだっけか。うちの親父もその傍まで行ったらしいよ」

突然話を振られた船長は苦笑。人を送っただけだ、と否定した。

「残念ながらあたしはその時置いてけぼり食らってさぁ。骨の鎧を着たすごい美人のひとと、それから滅茶苦茶腕の立つ魔法使いのおっちゃん乗せて、さらわれた赤ちゃんを助けに行ったのよ。凄いでしょ?」

「それはそれは……」

女神官は、運命というものを感じていた。まるで19年前の事件をなぞらえるかのように、関係者が集まりつつあるのではないか。

となれば、その先にあるのは、やはり神獣の復活のような、世界の命運にかかわる事象なのだろうか。

分からぬ。彼女には分からなかったがしかし、勤めは果たさねばならない。

やがて船は、予定されていた中州へと到着。情報収集のために先行していた衛士たちの集合地点であった。

女傑が真っ先に飛び降り、船を固定するべく作業を始める。

女神官たち、追討隊一行も上陸。

太陽は、天高くに昇らんとしていた。

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