第八話 故郷にて

濡れ場突入です(濡れるとは言っていない)

「うわぁ……」

黒衣の少年による感嘆の声。

大河だった。

対岸は見えぬ。右手から。すなわち北側から流れ込んで来る大量の水が、緩やかに流れていく。

あまりにも膨大な水量に、少年は圧倒されていた。

そこは小さな村。水運によって発達した物流の中継地点である。森をすぐ背にしたこの場所は、水上へと多くの桟橋が伸び、木造に樹皮で葺かれた家々が立ち並んでいる。商店には少年が見たこともないような品々が立ち並び、それらの合間を多数の人々が行き交う。大変に活気があふれていた。

「ここから港町まで行けるんですか?」

少年は、傍らにいる女剣士へと尋ねた。彼女は、否定。

「……ぁ……」

その姿は、青ざめてはいるものの生者のもの。フード付きのマントで陽光から身を守り、甲冑をまとった麗人がそこにはいた。とうとう会得した形状変化シェイプ・チェンジの秘術による成果であった。

術者の肉体の形状を自在に変えるこの秘術により、女剣士は生き別れとなった首を胴体とくっつけることに成功したのである。変えられるのは姿形だけなので死にぞこないアンデッドなのは変わらぬままだが。声も出せぬ。彼女の技量では姿を繕うので精一杯であった。

「ははは。ここは対岸までの渡し船が出ているだけだよ。そこからさらに上流へ、別の船で近くまで行って、そこからは陸路だ。」

少年の疑問へ背後から答えたのは、水神の法衣を纏った女神官。彼女は乗船のための手続きをしてきたのだった。

「さ、今日はもう宿の確保だ。神殿に泊めてもらわないと」

「え?まだ日は高いじゃないですか」

少年が見上げた空には、強い日がさんさんと照っていた。

「船は朝に出る。日が暮れる前にどこかの中継地点に停泊しないと大変なことになるからな。夜間に魔物と出くわして沈められるなんてぞっとしない」

「……ぅ……ぁ……」

「な、なるほど」

女神官と相槌を打つ女剣士。彼女らの言に少年も納得した。確かに夜が来たら厄介だ。

「あれ?でも夜に航行しないなら、なんで港町では星神の神殿が強い勢力を持ってるんですか?航行に天文が必要だからですよね?」

「ああ。昼に航行して、夜に現在位置を確認するんだ。航路によっては中継地になるような村落が存在しないから。船乗りの基本技能だな」

「へぇ……」

あらためて、少年は眼前の大河に驚嘆していた。それほどに広いとは。彼の知るいかなる水場も、ここまで広大ではない。

「本当は港町の対岸から直接行けたら楽なんだが、そこも相応に大きな都市でね。魔法で姿を偽ってる私たちは入れない」

「なるほど。港町についたらどうやって入りますか?」

がある。街の人間には姿を見せられないような者。一部の魔法使いとかだな。彼らを街に招いた時に使う専用の入り口があるんだ。神殿に話を通して開けてもらう。首なし騎士デュラハンならさておき、まさか相手に嫌とは言うまい」

「分かりました」

女神官の苦笑が皆へ伝染する。女神官はこの際、使えるものは何でも使うつもりのようだ。それが伝わったからだろう。

「さて。しっかり休んでおけ。しばらくぞ」

「…ぁ………」

女神官が友人の肩を叩いた。彼女のを人目にさらすわけにはいかないから、船旅となる明日からしばらく女剣士は不眠不休になる。死にぞこないアンデッドの肉体は疲れ知らずだが、陽光による精神的疲労は蓄積していくことだろう。

一同は明日の早朝落ち合う事を約束し、そして二手に別れた。

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