くっころにおける甲冑の重要性(めっちゃ大事)

―――中々に手ごわい。

闇祭司直卒の闇妖精ダークエルフである戦士の、敵に対する感想である。

竜の吐息ドラゴンブレスで吹き飛んだクレーターの内部。月光に照らされる中転がっている、崩れ落ちた甲冑。これが件の死にぞこないアンデッドであろう。魔法生物やもしれぬがそこは重要ではない。奴は動けぬように見える。

問題は、それを守るべく立ちふさがっている踊る剣リビングソード。奴は素早くこちらに踏み込むと、部下どもを撫で斬りにしている。常に姿勢を低くし、雑兵どもを盾にしているのだ。あれでは目標を追尾する魔法の矢マジックミサイルと言えども命中は期待できぬ。明確な知性を持つ動き。恐らく優れた戦士の魂魄を括り付けているのであろう。忌々しい。

だから、闇妖精ダークエルフの戦士は、部下ごと敵を吹き飛ばすことにした。詠唱するのは稲妻ライトニングの呪文。

印を切り、呪句を唱え、万物の諸霊に願い奉る。

彼の手の中に招来したエネルギーの塊が、投じられた。


  ◇


踊る剣リビングソードは、敵を切り払う。

自分は剣だ。もはやそれしか能がない。だが構わぬ。仕えるべき主を見つけた。人生の最期で、戦うべき目的を見出した。何の不足があろうか。それに、で軍勢を相手取る。これほど愉快なことはない。主人と合わせて既に三百四十二。いや今三百四十三に増えた。斬った。実は数えていた。新記録だ。楽しい。生身の体であれば体力がもたぬであろう。いやその前に矢に射抜かれるか、あるいは切られるか。どちらにせよ死んでいる。

小鬼ゴブリンの足を裂く。腹を切る。突きはせぬ。抜けなくなれば終わりだ。姿を低くし、魔法から身を守らねば。敵を盾とするのだ。血糊が邪魔だ。魔法の剣である己は刃こぼれする事も魔法によらぬ攻撃で傷つくこともないが、しかし血を指でぬぐえぬのは大きなハンデと言えよう。やむを得ぬ。に切り替える。

己はもはや死人。ならばこの戦場を死に場所としよう。

そうして、三百四十九体目の敵を殺した時。

攻撃は、敵の体を貫通しながら来た。

投射されてきた魔法の稲妻は一直線に飛翔。多数の小鬼ゴブリンたちを貫通し、そして踊る剣リビングソードを打ち据え、吹き飛ばした。

―――ここまでか。

ひび割れ、宙を舞う踊る剣リビングソード

瀕死となった彼女はくるくると回転し、大地へと突き刺さった。もはや動けぬ主人の傍らへと。

敵勢を率いる闇妖精ダークエルフの戦士。奴が術者であろう。

こちらへ向けて何やら呪句を唱え印を切っているが、はてさて。どんな魔法が来るのやら。

踊る剣リビングソードは、最期に主人へと―――女剣士へと、そのを見た。彼女は苦笑していた。お前ひとりなら逃げられたろうに、と。

ふたりは、その瞬間を待った。


  ◇


黒衣の少年は道を切り開く。女神官の進むべき道を。

女神官は既に術を行使しすぎて疲労困憊だ。それでも戦棍を振るい戦っているが、限界は近い。少年も似たようなものだが。両の剣は既に刃こぼれし、血糊がつき、斬れなくなっている。体のキレも落ちて来た。それでも小鬼ゴブリンごときには負けぬが。

不幸中の幸いは、敵右翼がゴッソリ消滅したことであろう。女剣士を追撃した雑兵どもが、丸ごと竜の吐息ドラゴンブレスのあおりを食らったのだ。追撃してくる敵はまばら。既に森の中ゆえに、騎兵もこちらを追尾できぬ。敵集団先頭からこちらへ向かってくる追手さえ凌げればなんとかなる。

女剣士と合流しても運ぶ心配をする必要はない。女神官は術1回分を残している。女剣士の胴体を運ぶための魔法を。だから、女剣士の所まで女神官を連れて行き、そして敵の追撃から彼女を守り切ればいい。

そうして、何度目か。背後を―――後に続いているはずの女神官の姿を確認する。

―――遠い!

いや、転んでいる。足をとられたか。そこへ敵勢がわらわらと寄ってきている。

―――お救いせねば!

少年は、来た道を戻った。


  ◇


―――急がねば!

女神官は、夜の森を、追撃される中走る。

浮遊する円盤フローティング・ディスクの魔法一回分の力が残っている。持ちきれぬ荷物を運ぶための魔法。女剣士は荷物扱いされてどう思うだろうか。

内心、クスリと笑う。よくもまあ、こんな戦いに付き合ってくれたものだ。彼女だけではない。少年も。踊る剣リビングソードもだ。

だが悪い話ばかりではない。敵が自陣営右翼を吹き飛ばしてくれたおかげで、逃げられる目が出て来た。女剣士がやられた時はもう駄目かと思ったが。素晴らしい。これぞのご加護であろう。

風切り音。

振り返り、矢なので無視。石でできた粗末な矢じりがする。

これも不思議だ。刃物であれば石でできていようが関係なく防げるというのに、投石紐スリングで投じたただの石礫だと防げぬのだから。だが、刃だけでも無視できるのはありがたい。不幸なことに、敵勢の大半が、棍棒を武装としているが。

前方に小鬼ゴブリンども。手にしているのは槍。大丈夫だ。恐れるに足りぬ。

頼りで突っ込む。敵勢が槍を振りかぶる。いやあれは!?

突き込まれた槍は、女神官の肉体に突き刺さった。

尖端を削り、とがらせ、火であぶって炭化させただけの槍。

―――なるほど。刃物ではないな……

足をやられた。転倒する。もう歩けぬ。

倒れ込んだ女神官へ、振り下ろされる木槍。

転がって避ける。敵の数が多い。よけきれない。治癒の加護は使えぬ。使えば意識を喪失するであろう。いずれにせよ死ぬしかない。

そこで、小鬼どもがされた。

女神官の救い主は、黒衣の少年。刃こぼれし、血糊のついた直刀を両手で構えている。

策を考える。相棒に尋ねる。

「魔法はまだ残っているか?浮遊する円盤フローティング・ディスクは?」

それは術者のあとを追尾する透明な円盤を出現させる魔法だった。荷物を載せるための。少年が生首を運び、生首がその魔法で女神官を運べば、まだなんとかなるだろう。

だが、帰って来た答えは否定。

「……ぅ………」

そうか。魔法は使い切ったか。だが、猶予はある。遺言を述べる猶予は。

「―――行け。少年。私も、相棒も。もう駄目だ。私たちはここで死ぬ。相棒の首の面倒だけは見てやってはもらえないか」

「駄目です。オレがあなたを背負います」

「―――馬鹿を言うな。人を背負いながら戦えるわけがなかろう。死ぬぞ」

少年は、またも女神官の意向に背いた。四の五の言わせず女神官の肉体を担ぎ上げたのである。更に、女剣士の生首が入った木箱を吊るす。

「全員で生き延びるんです。勝手に死ぬなんて許しません」

「―――馬鹿者め」

「馬鹿ですよ、オレは。知らなかったんですか」

少年の声。惚れてしまうではないか。

そうして、女神官たちを背負った少年は、一歩を踏み出した。

風切り音。

斜め後方から飛来してくるそれに、女神官は、全身を盾としようとした。

矢は一本だけではなかった。雨のように降り注ぐそれは、大半が女神官の直前でしていたが、それをすり抜けたいくつかが少年の肉体へ突き刺さった。

致命傷であった。もはや救う手段はない。

少年は倒れ、そして女神官は、投げ出された。

迫る敵勢。逃げる手段はもう、ない。

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