第四話 星の娘(後編)―――港町編
女騎士に必要なものはみっつ!快楽堕ち!触手!くっころ!首チョンパ!しまった四つだ!!(快楽堕ちは未遂)
森の中の広場だった。
無数の天幕が立ち並び、あちらで地面に広げた布に商品を並べている子どもは店番だろうか。
まるで市のような光景。いや、実際にそれは市ではあった。だが、露天に並ぶのは力ある呪符や魔法の品々であり、通りを歩いて行くのはとんがり帽子の魔女や召使いの
魔法使いの市であった。
世界の秩序を脅かすほどの大きな魔法は陽光の下では力が衰えるが、さりとて魔法使いも人の子である。闇夜で集まり、怪物どもに襲われるリスクよりは陽光にさらされることを選んだ。基本的に魔法使いは神を信奉しないものだが、しかし神が実在する世界である。その恩恵に浴している以上、太陽神をはじめとするさまざまな神格を敬ってはいた。
そんな中を歩くのは、傷一つない白骨の甲冑を纏い、背負子を背負った首のない女である。
女騎士だった。
魔法使いが集い、陽光が照らすこの場所でだけは、魔法的創造物である女騎士も堂々と出歩ける。術者に連れられていない野良である彼女は入る時、番兵代わりの魔法使いに厳重にチェックされたし、首を預けねばならなかったが。騒ぎを起こせば即座に魔法で砕かれるだろう。
燦々と市を照らす陽光は強い。強烈な不快感を、しかし女騎士は甘んじて受け入れていた。
悪しき魔力を使った女騎士は、されど陽光に焼かれなかった。太陽神にその生存を黙認されたと解釈した彼女は、感謝の祈りを捧げたものだ。許されたのは、敵を殺さなかった―――
あの戦いの後、すぐさま女騎士は川岸へと向かった。だがすでに敵は去り、そして師も赤子も姿を消していた。必死で現場を捜索した彼女は、骸骨兵の残骸と、そして囮にされた捕虜を発見したのである。
彼より事情を聴取した女騎士は確信した。死霊術師も、そして赤子もまだ生きている。状況から見て大河を下ったはずだ。となれば、その先―――港町まで流れ着いている可能性が最も高い。
探しに行かねばならなかった。
だが、この体では街には入れぬ。
故に、彼女は協力者を探しに来た。この魔法使いが集う市へと。
◇
「ほぉ。
枯れ木のような老婆だった。
円錐状のテントの中である。絨毯を敷いた上で、老婆と女騎士はともに胡坐をかき、対面していた。
マントを纏い、脇にねじくれた枝にしか見えない杖を立てかけたこの老婆は、市を差配する実力者の一人だった。彼女に会い、助力を請うのが女騎士の目的である。
「……ふむ、間違いなくあいつの霊気がするよ。あんたの魂から。プンプンと臭うね」
魔術的表現だとは分かっていても、そんなに臭うだろうか、などと考えてしまう女騎士。
老婆は死霊術師と旧知の仲であった。時に敵対し、時に協力することもある不思議な間柄らしい。
女騎士は、背負って来た背負子を指さした。中身は、先日の戦利品である。
「あれを全部差し出すってのかい?ちょっとした財産にはなるよ」
実際はちょっとした、どころではなかった。魔法の品物は金銭的な価値に替えられるものではなかったが、それでも無理に値段を付けるとなれば、小さな城砦を兵士付きで調達し、数年は維持できる程の額になろう。
優れた職人の工芸品に高い値がつけられるように、優れた魔法使いの生み出した呪物は破格の価値を持つのである。
「―――ま、よかろ。あいつに貸しを作ってやるのも面白い。それに暗黒神の教団が動いてるって聞いて動かなきゃ、あたしの株も下がっちまう」
老婆はニヤりと笑うと、脇にいる弟子の若者へと告げた。
「ちょっと、この娘の首を取ってきておくれ」
「え?いいんですか?」
「グダグダ言うようならあたしの名前を出しな。ほら急げ」
「分かりました」
話がまとまり安堵する女騎士。
「ほれ、じゃあ首が来たら早速準備するよ」
準備はともかく自分の首が何か関係あるのだろうか?
怪訝な顔をする女騎士に老婆は告げた。
「あんたも港町に入るんだからね」
◇
爽やかな空間だった。
床は白木であり、四方には太い柱。南側、そして東側は壁が存在せず、大河から西向きに吹く風が吹き込んで来る。軒先の部分にはやはり木造の手すりがありその向うに広がるのは雑然としながらも活気ある街並み。多くの家屋は樹皮で葺いた屋根を石で抑えつけた構造の平屋である。それらの光景を見渡せるここは、港町でも最も高い建造物のひとつ。四階という高みにある。
部屋の南側、陽光が差し込む最も神聖な位置に設けられた執務机で、その男は、手元に届けられた品物を検分していた。
「……」
それは、籠だった。病魔避けの護符が括り付けられ、中には人型の藁で出来た依り代が入っている。
「……おのれ」
一杯食わされたと気付いたのは
現物を確認しても信じがたい事だった。肉眼では確かに藁人形なのだが、霊視すれば今でも、それは珠のような赤ん坊にしか見えない。恐るべき魔力だった。
依り代の中に入っている魂魄は、捕らえられた部下のもの。まさか死んだあとまで足を引っ張るとは!
腹立ちまぎれに依り代を引き裂く。中の部下はどこぞへ飛び去って行くが知った事ではない。
調息し、昂った意識を平静に保つ。
そうだ。奴は生きている。この街を目指すはずだ。ならばまだ機会はある。
その時だった。
「失礼いたします」
「うむ、入れ」
入室の許可を与える男。
部屋の入り口を仕切る布をくぐって現れたのは、使者の装束を纏った若者であった。
「閣下。星神の神殿より、至急相談したいことがあると」
「分かった。すぐ行くと伝えろ」
「はっ」
使者を下がらせ、軒先まで出ると、男は手すりで体を支え、そして天を見上げた。
陽光に呑み込まれて見ることはかなわぬ。しかし、そこには確かに存在するのだ。神話の時代、光と闇の神々が総力を挙げてさえ封印する事しかできなかったという神獣が。
その力があれば、あの忌々しい太陽すらも破壊することができよう。暗黒神の御代が訪れるのだ。
そのためにも、星界へと繋がるあの赤子が必要だった。使命を与えられ地上に遣わされた、星霊の魂を宿した赤ん坊が。
男は―――港町を実質的に支配する十六名の評議員の一人であり、星界研究の第一人者としても名高い大賢者は、その場を後にした。
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