川に落ちて助かるのはフィクションだけだ!!(くっころはフィクションです)
後方は何やら騒がしい。どうやら
それよりも赤子だ。
奴は時折こちらを振り返りつつも、水上を走っていく。このまま朝まで粘るつもりであろう。
だが、それに付き合ってやる義理はない。
『さあ、行け!!』
―――GUOOOOOOOOOOOOO!!!
命じられた
死霊術師めがけて。
奴が気付いて振り返るが、もう遅い。
抵抗などできようはずもない。
『さあ。赤子を奪え』
もがく死霊術師を掴み上げたのと反対側。その後肢が驚くべき器用さを発揮し、そして赤子の入った籠を正確につまみ上げる。
『―――男を殺せ』
フードの死霊術師。それを、
痙攣する肉体。
『死体を捨てろ』
死霊術師だったものは、川面へと落下していった。
それを見届けた
◇
刺客たちは混乱の極地にあった。女騎士の生首を屠ろうとした男は突如倒れ、そして敵の胴体はその俊敏さを取り戻していたからである。
生首と胴体。たった一人の敵に包囲された彼らは、手に手に刃を構え、胴体へと挑みかかった。彼らに理解できる力を行使した側―――暴力に対して挑んだのである。
間違いだった。
踏み込んだ女騎士の抜き手は、まるで布切れであるかのように刺客の胴体を貫き、そして引き裂く。
その隙に回り込んだ刺客が振り下ろした刃は、しかし甲冑によって弾かれた。銀は確かに甲冑が帯びる魔力を払いはしたが、骨格で構築されたそれを貫く威力がなかったからである。銀はお世辞にも戦闘用の刃物を作る素材に向いているとはいいがたい。
新品の甲冑を
ならば、と下半身、鎧に覆われていない部分を狙った男を、引き裂かれた死体が襲った。女騎士は、たった今殺した敵を棍棒代わりに振り回したのだ。
もはや一方的な虐殺だった。
彼女はまるで王者のように敵中を進む。そして己の首を愛おしそうに拾い上げると、その美貌を刺客どもへと向けたのである。
双眸が、赤く爛々と輝いた。
◇
ああ。やっとたどり着いた。わずかな距離がどれほど待ち遠しかったことか。
これで貪れる。命を吸い取れる。あの快楽を味わうことができる!!
おっと、忘れるところだった。剣も大切なもの。これなくして騎士は名乗れぬ。
拾い上げた首を、女騎士は小脇に抱えた。そして剣を引き抜き、敵勢を見回したのである。
女騎士は考える。
獲物はより取り見取り。どれにしよう。あいつにしようか。それともあっちにしようか。
物色する中、たまたま目が合った頭巾の男。
ちょうどよい。あれにしよう。
重なった視線を通じて呪術的経路が繋がり、それを通じて女騎士の魂が手を伸ばした。
相手の首を掴む。引き寄せる。かぶりつく。
素晴らしい滋養。ああ。この快楽を一度味わったら忘れることなどできぬ。まさに甘露。肉体には力がみなぎり、常よりもさらに剣が軽い!
そこで、気が付いた。
瀕死の敵の魂を投げ捨てる。女騎士は不思議そうに剣を見下ろした。
森の悪霊。彼女が出会ったただ一人の同胞の形見。
彼は、望んでああなったのだろうか?あのような忌まわしき怪物に、自ら堕ちたのか?
断じて、否。
彼は戦ったはずだ。長い孤独と。狂気に身を任せる誘惑と。
その結果が敗北だったとしても、誰に責められようか。
そう。戦う。
火神の神官はこう教えるという。生きることはそれ自体が戦いだと。
戦わねばならない。鎧武者を屠った―――解放した時に誓ったのだ。怪物になど決してならぬと。
女騎士は、悪しき魔力の快楽を知った。もはや忘れることは生涯できぬだろう。
だとしても。
魔力を封じる。閂をかけ、魂の奥底へと閉じ込める。
二度と使うまい。
彼女は誓った。何故ならば、彼女は騎士だったから。
女騎士が正気に戻った時、既に敵は逃げ去っていた。
◇
暗黒神の信奉者どもが去った後の大河。
その水面に、突如浮かび上がったのは白いおくるみ。
それを支える手は、男のもの。
ついで、出現したのは異相の顔。
死霊術師だった。
ローブを失い、全身にやけど、背にも重傷を負った彼は、しかしまだ生きていた。
「……けほっ」
敵は囮にうまく引っかかってくれた。あの2名の捕虜が役立ってくれたおかげだった。
籠と、そしてフードを被せ
肉眼であれば見破られていただろう。だが敵は霊的な知覚で"視る"
水中で生存させるため、術で仮死状態にした赤子を見る。
彼女にかけた術は、死霊術師以外の人間が触れれば解除される。拾ってくれる人間が善良である事を祈る他あるまい。
満身創痍の魔法使いは、流木につかまると、己と赤子をしっかりと帯で縛り付けた。もはや彼の肉体と精神は限界だ。
死霊術師は、自らにも赤子と同じ術をかけると仮死の眠りに就いた。
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