強敵を描写するコツはマンチキンになることです(TRPG脳)

フードの死霊術師は夜の森を疾走する。骸骨を従えて。赤子を抱きかかえたまま。

後に続くのは多数の刺客。変身巨人トロゥル。上空には飛竜ワイバーンと、そして敵首魁であろう生霊レイス

絶望的な戦力差だった。

稲妻ライトニングボルトの一つも投射できない己が恨めしい。弟子を見捨てて何が師匠か。

だが、それでもできることはまだある。

腰のポーチに手を伸ばす。そこから取り出されたのは、乾燥して随分と小さくなった脳みそ。クルミのようになったそれを、後方へ投じる。骸骨兵のすぐ後ろに落ちた呪物は、生前に保持していた機能をいびつに再現し始めた。

すなわち、肉体の司令塔としての役割を。

土が盛り上がる。呪物を取り込み、なお膨れ上がったそれは、壁のごとき大きさとなり、そして人型を形作った。

土の巨人は変身巨人トロゥルと激突。

質量が違う。体格が違う。そして何より強度が違った。砕け散る土の巨人。

されど、突如足元から現れた巨人に、変身巨人トロゥルも躓いた。そのまま前方へ、地響きを立てながら転倒する。

先日ので稼いだわずかな時間で、命そのものとすら言える距離が開く。逃げ切れるか。

淡い希望を抱いた時。

力強い詠唱が響き渡る。空より捧げられたそれは呪句。秘術の詠唱であることが死霊術師には察せられた。

対処する暇はない。

力ある言葉が完成。万物に宿る諸霊はそれに応え、術者へと助力を与えた。

疾走する死霊術師。その前方に、火が灯った。

それは最初小さく、しかし刹那の間に火柱となり、そして左右へと広がっていく。

壁であった。

火炎の壁ファイア・ウォールと呼ばれる秘術。避ける暇はない。

死霊術師は覚悟を決めると、赤子を収めた籠、その口の部分を胴体に押し付け、そして背中から炎へと飛び込んだ。

彼が焼け死ななかったのは、その強壮なる霊力故であったろう。

死霊術師の後、弱まった火勢を抜けて続いてきた骸骨兵も、半ば焼け崩れ、左腕などは脱落していた。

不幸中の幸いで、刺客どもとの距離が開いた。奴らは壁を迂回しなければならなかったから。

走りながら籠の中身を確認する。

無事だった。

赤子は、この状況にも関わらず、すやすやと寝顔を浮かべていたのである。剛毅な子であった。

死霊術師は微笑むと、傷ついた体に鞭打った。抵抗レジストしたとはいえ、火炎の壁ファイア・ウォールによって負ったダメージは決して小さくない。

彼は走り続けた。闇雲に逃げていたわけではない。目指すべき場所はあと少し。

前方からは水音。葦の生い茂る川辺が見える。緩やかな流れ。

大河だった。

安堵したその瞬間。彼の背を、魔法の矢マジック・ミサイルが打ち据えた。


  ◇


やはり一筋縄ではいかぬ。

月光の下、夜空で支配者の威厳を誇示しつつ、生霊レイスは考え込む。

赤子を抱きかかえながら走る死霊術師は予想以上に手ごわい。甲冑で身を守った騎士が絶命する火炎の壁ファイア・ウォールに耐え、魔法の矢マジック・ミサイルを受けてすら死なぬとは。

奴の目論見は理解できた。水上歩行ウォーター・ウォーキングで水面を渡るつもりであろう。刺客どもや変身巨人トロゥルでは水を渡れない。そうなれば死霊術師を追えるのは己と飛竜ワイバーンだけだが、奴が死ねば赤子も水に落ちる。さすれば生きたまま捕らえることなどできようはずもない。赤子が人質というわけだ。実体のない生霊レイスの手では赤子を奪い取ることはできぬ。飛竜ワイバーンも、そこまで器用な真似をできる生き物ではない。

本来ならば。

飛竜ワイバーンの魂を縛った鎖を介し、思念を伝える。水面に出た死霊術師を背後から襲い、そして赤子を確保せよと。

怪物は咆哮を上げ、命令を実行するべく速度を上げた。


  ◇


敵の生首へと刃を振り下ろそうとした男が、突如として痙攣した。かと思えば彼は力を失い、そのまま横倒しに倒れる。

その様子を見ていた刺客やその同僚たちに動揺が広がった。一体何が?

混乱した刺客。彼は、暗黒神に捧げる聖句を唱えた。敵が何かをやったのは間違いない。この怪物。生首だけで生きている化け物が!

後方より首に襲い掛かる。相手の頭上より刃を振り下ろす。銀は魔力を断つ。いかな不死の怪物と言えども死ぬはずだ。

肉を断ち切る音。

「―――え?」

視線を向けた先。刺客の腹部から顔を出しているのは、恐ろしい鋭さを備えた長剣。

力が抜けていく。銀の刃が手から転げ落ち、意識が朦朧としてくる。

転がった彼が最期に見た者。それは、存在しない頭部に爛々と赤い目だけを輝かせた、首なし騎士デュラハンの女だった。


  ◇


―――ああ。なんという甘美。生命がこれほどに美味だったなんて。

女騎士が忘れていた生の感覚が蘇る。肉の喜び、死して以来久しく感じたことのない快楽が。生気を浴びるのとは違う。あれがもたらしたのは暖かさだが、生命の吸収がもたらしたのはまさしく生命の営み。その凝縮だった。豪奢な晩餐。体を動かした時の心地よい疲労。性の快楽。それらすべてを合わせたよりも何倍も素晴らしいものが、彼女の脳天から足先まで突き抜ける。

肉体は完全ではないものの再生し、秘所からは久しく絶えていた悦びの証が滴り落ちた。

女騎士は考える。

初めての男ではやらかした。慣れていなかったためか、昏倒し視線が外れた段階で生命を吸収できなくなったのである。次はもっとうまくやろう。吸い尽してやろう。そして、

まずは首を拾わねば。

恐慌状態に陥った刺客ども。訳の分からぬことを叫びながら、私の頭に刃を振り下ろそうとするそいつ。目を合わせるには位置が悪い。だが問題ない。手にした魔剣を投じる。そいつは串刺しになり、地面に倒れ込んだ。

こちらへ―――へと視線が集まる。

そして、殺戮が始まった。

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