No.70 例の怪盗はどこ行ったのやら?


 それぞれが思い思いの感情を爆発させる中、藍衣せんせーと平戸さんはニヤニヤと面白そうに口を歪める。

 

「ごちゃごちゃうるさいなぁwwwwww。ようはコレ、壊しちゃえば良いんでしょww?」

「平戸さん?」


 のそりと立ち上がり、コレと親指でリングを指す平戸さん。

 何をする気だ......?


「僕、この大会でるねwwwwwww」


 口裂け女びっくりの笑顔で平戸さんはそう言った。

 全員その発言に度肝を抜かれ、ポカンと口を開けて固まってしまう。先程までごちゃごちゃと言い争っていたカズや松浦らも目を点にして平戸さんに釘付けになっている。


「で、出るって、この大会に!? 本気すか!?」

「もちろ~んww」


 軽々しい口調で答える平戸さんは、んっと伸びをする。


「でも、いくら凶壱さんでも本気の人殺しに参加するのはヤバいんじゃ......」

和人かずひとくんはホント優しいなぁ~w。でも、頼みの参謀神哉くんも打つ手無しって感じだしww」

「うっ......」


 平戸さんの厳しいお言葉に小さく声が漏れる俺。確かにその通り、何も策が思い浮かばない。だが平戸さんならもしかしたらイクミを連れ出すこともできるかもしれない。


「そもそも凶壱さん、どうやって参戦するつもりなんですか?」

「ん~~......。ねぇねぇ!」

「はい? わたしデスか?」


 カズの問いかけに平戸さんはあの陽気な外国人を呼んだ。


「君、この大会の関係者か何かなんでしょ? 僕、シードってことでさ~w参加できない?」

「それは構いませんケド......。自分からあの戦場に行くなんて、後から泣き言言っても、どうにも出来ませんヨ?」

「分かってるって~www。んじゃ、僕も準備したいし控え室的なとこ連れてってw」

「は、はぁ......。それでは、付いて来てくだサイ」


 案外簡単に了承を得ることが出来てしまった。大会関係者である外国人もわざわざ死にに行くようなものなのに、おかしなヤツだというように首をかしげている。


「ちょ、平戸さん!!」

「君が何をそんなに危惧しているのか、僕には分からないなぁww。君と僕とはあくまで他人だ。もし友情的な何かが僕に対して沸いちゃっているのなら、さっさと捨てちゃうことだねwwww」

「............」


 ひらひらと手を振り、Staff onlyと書かれたドアの向こうへと姿を消してしまった。

 俺は、何を心配しているんだろう。いや、心配というよりかは違和感だ。いつもの平戸さんからは感じられないズレを感じたからこうして引き止めてしまったんだろう。


「不思議よね~♡♡あの平戸くんが、自分から人助けなんて♡」

「え?」

「だってそうでしょぉ♡♡? 自分が面白いと感じるか、メリットがあるかみたいな現金な性格してた平戸くんが。人のために働くなんてこと、死んでもやらなそうだったのにねぇ♡♡♡♡」

「......そうか」


 違和感の正体はそれだ。平戸さんという人物は常に自分中心に行動している。自分へとメリットや面白さにかける事には一切の関心を示さないのだ。

 その平戸さんが自分からイクミを助けるために立ち上がった、という現状に変な感じがしたというわけだ。ましてやあの人はどんなに仲の良い人間だろうと、結局は赤の他人だと言い切ってしまう。

 初めて見た平戸さんの人間らしい部分に違和感が生じてしまったのだ。


「あのサイコパスは、大丈夫なのか?」

「あぁ、多分な」

「犯罪は絶対にしないって心に決めてる平戸くんが、次の決勝でどう動くか見物ね♡♡♡」

「決勝って、......え!? 優勝者は複数人でもオッケーなのか!?」

「そんなわけないじゃない♡。決勝は優勝者をたった一人決めるのよ♡♡♡つまり......」

「生き残れるのは一人だけ......?」


 嘘だろ......。じゃあ、平戸さんが参戦して試合に勝ち、そのままイクミを連れて逃げることは出来ないのか!?


「ダメだ。やっぱ平戸さんを参加させるのはよそう」

「んなこと言ったって、イクミはどうすんだよ」

「今のイクミなら、きっと勝てる......。勝てば生き残れるんだし、無理に平戸さんに助けに入らせることはないだろ。それに決勝で生き残れるのは一人だ。平戸さんとイクミの二人が生き残っても毒ガスで結局殺されちまう」

「悪いが、もう手遅れだ......。決勝が始まるぞ」


 松浦がリングを指す。

 先程見た光景と全く一緒、床が下がっておりけたたましい駆動音と共にリングに数人の男女がいる。その中にはまたも目を瞑りボロボロになったメイド服を着るイクミ。

 そして俺は目を凝らして平戸さんを探す。

 

「いた、平戸さんやっぱり丸腰だ......」

「あの子なら、武器無い方が強いんじゃないの♡♡♡?」


『Until the game starts,』


 実況席から男が『試合開始まで、』と叫ぶ声。

 決勝ということもあり、観客も大いに盛り上がっているようだ。雄たけびを上げる者、服を脱いで発狂する者、ファンでもいるのだろうか名前の書かれたうちわを振る者と様々だ。

 

「3! 2! 1!」

『Start the game!』


 ついに人権無視の殺し合い大会決勝が始まった。

 平戸さんも何だかんだでバカではない。きっと二人とも生き残って帰ってくる秘策があるに違いない。

 いや、あると信じるしかない。ホント、マジで。


「うあぁっ、ヤメロっ!!」


 髭面の選手がイクミの標的になり、飛び掛ってくるイクミに悲鳴をあげる。

 だが、イクミはそんなのお構いなし。後ずさりしながら発砲する髭面の首に噛み付くと、そのまま深く歯を立て、引き千切る。

 髭面は首を押さえながら絶命。


「今度こそ、お前は殺す!!」

「グァァア!!」


 ついさっきの試合でイクミとともに勝ち進んだ選手がイクミの危険性を知ってか、銃口を向ける。そして躊躇無く弾丸を飛ばす。突然の事にさすがのイクミも避けきれず、腕をかすめた。


「チッ」


 小さく舌打ちし、再度銃口をイクミへ。

 が、時既に遅し。イクミはすぐさま体勢を整え、男の腕を蹴ったくる。銃を持つ手が緩み、その隙にイクミが足に食い付く。


「ぐあぁ! 離せ、このバケモンが!」


 男が必死の抵抗を見せるが、通常時で元々力の強いイクミがさらに精神せいしんけものしているんではどうしようもない。引き剥がせるわけも無く、ズボンごと男の足を咀嚼し始めた。

 意識のある中で食われるというなんとも惨い状況に、俺は少し吐き気を催す。


「あら、高天原くん大丈夫♡♡?」

「うす......」


 逆にあんたは何でそんなに楽しそうに観れるんですかね......?

 ジト目で少しの間藍衣せんせーを眺めていると、今度はついに平戸さんに動きがあった。

 当然リング上にいるわけなので、そりゃ狙われる。

 見ると、平戸さんに向かってナイフを振りかざしている女が一人。だが平戸さんは銃弾さえ避けるような人だ。ナイフ程度は余裕で必要最小限の動きで簡単に避ける。

 避けたと同時に平戸さんは女に足をかけ、前のめりに体勢を崩させた。その時、女の頭に他で争っていた選手の流れ弾が当たった。

 偶然なのか、狙ったのか。どちらにせよ、一人選手が減る。

 死んだ人間は六人、残りの人数はイクミと平戸さんを合わせて五人。決勝でなければこの時点で試合は終了なのだが、決勝はそうもいかない。

 

「ギュアアアアァ!!!」

「クッソ!」

「死ね!」


 イクミがラストスパートをかけるように一気に二人に手をかける。素早い動きに対応できず、銃を構える前にイクミに首を締め付けられる選手二人。

 そのまま真上に上げたかと思うと、イクミは二人の首を

 ホント、文字通り、握力だけで人間の首を握りつぶしたのだ。


「ワオオオォォォォン!!」


 勝利の雄たけびをあげるオオカミのようにイクミが咆哮。平戸さんに調教されたときとちょっとダブるんですけど......。


「やぁっと二人になったねぇ~wwwwww」

「グルルルルルルルル............」


 イクミは警戒心むき出しで唸り声を出す。その様子を見て平戸さんはニンマリ笑い、


「こいつはまた調教が必要かなぁwww」

「グァッッッッ!!」


 イクミは飛び上がり平戸さんに噛み付こうとする。

 が、平戸さんはそれを避けようともせず真正面から受けた。


「な、何やってんだ平戸さん!?」

「首ンとこ、血ぃだらだらだぞ......」


 噛み付かれた首からは血がドバドバ流れ出し、正直見てるだけで俺は貧血になりそうだ(採血とか無理なタイプ)。

 だがそれを引き剥がそうともせず、ただただ噛み付かれていた。


「ねぇ、イクミ?」

「グルルルゥ......」

「起きてよ、帰ろうよ日本に」

「グゥゥゥゥ!」

「もう怖がらなくて良いから」

「ガぁぁぁぁア!!」

「イクミ」

「ギャアアアアア!!」


 平戸さんが優しく諭すように声音でイクミに声をかける。しかし、効果は虚しくイクミに変化は無い。

 未だ平戸さんの首に噛み付いたままだ。

 

「ダメだ。今回は前の犬の調教みたいに簡単には人格が戻らねぇな」

「あぁ、あんだけ平戸さんが優しく声かけても無駄なんてな......」


 どうしたものかと悩んでいると。ほんの少し予想できていた結果が現実となってしまった。

 

「おいwww、優しくしてるからってあんまり調子に乗るなよwwwwwwwwwwww?」

「ギュぇぇ!?」


 ついに平戸さんのサイコパシーが限界に達してしまった......。

 噛み付いているイクミを無理矢理引き離すと、そのままガラスへと叩き付けた。

 だがその程度では平戸さんは収まらず。

 叩きつけられて弱ったイクミをこれでもかと殴りまくる。


「さっさと目ぇ覚ませよwww!」

「お、おいおい。あれちょっとやり過ぎなんじゃねぇの......」


 カズも引き気味に、というか引きながらそう呟いた。


「いや、むしろあれでいいかもしれない」

「は?」

「思い出せ、カズ!! 本人は否定しているが、イクミは、ドMだ!!」

「え、いや。で?」

「ああしてしゅきしゅきだいしゅきな平戸さんに殴られてりゃ、いつかイクミの人格を取り戻すはずってことだよ!!」

「いや......ちょっと無理あるだろ............」


 と、その時だった。


「御主人様......」

「え!? 今言った!? 喋った!?」

「ほら見ろ!! いいぞ、平戸さん!! その調子だ!!」


 ガラス張りの中がどれほど音が聞こえているのか分からないが、平戸さんはなおいっそう殴り倒した。

 そしてついに、その時は来た!!


「え!? 御主人様!? ご、御主人様が私の上に跨って暴力を!? あぁぁ......キモチぃぃデス♡♡」

「ホントに戻りやがった!!!?」

「よっしゃ、やったぞ。イクミが正気に戻った!!」

「もっと良い感じの戻り方あるでしょ......何かこう、ロマンチックにさぁ」


 さすがの藍衣せんせーも少し呆れ気味で額に手を置く。

 ま、戻ったんだからいいじゃないか!!


「ご、御主人様申し訳ありませんデシタ! 何も言わずに消えてしまって......」

「アハハ~。それはいいんだけどさww」

「ハイ! 罰は何なりと!!!」

「ん~、じゃそうだなぁwwww」


 平戸さんは少し天を見つめ、イクミに向き直り罰を告げた。


「一生僕に仕えてくれたまえwwwwww」

「OK. Master!」


 お、おい。なんだ今の。今のは愛の告白と言っても過言じゃないんじゃないのか!?


「というわけで、悪いけど状況説明するのもメンドイからさーww、とりあえず逃げようか?」

「了解デス!! てりゃぁ!!」


 イクミがガラスを破壊し平戸さんとイクミはそこから客席に出る。

 むろん、突然選手が場外に出てきたことで客は大パニック。キャーキャーワーワー動物園のように逃げ惑い、会場は大混乱だ。

 すると、大会関係者と思われる人物が警備員にイクミと平戸さんを捕まえるように指示したようだ。警備員たちは一斉に二人の確保に向かう。

 が、もちろんイクミと平戸さんに敵うわけも無く。返り討ちに遭い、それを見た観客がまた大パニックに。


「皆さん! 何だかお久しぶりデスネ!!」

「あぁ、ホント久しぶりだな!!」

「とにかくここを出ましょう♡♡♡ほら、また追っ手が来てるわよ♡」

「そっすね! じゃ、松浦。後の事は任せた!!!」

「は!? おい、ちょっと待て!!!」

「また日本で会おうな~!」

「うォォォぉおい!!」


 こうしてガチに殺し屋が野に放たれたと恐怖する人ごみを切り抜け、俺たちは会場を抜け出す。

 外で待っていたサヤ姉、彼杵、師匠と合流し、アメリカの街を逃げ回ることとなった。

 こうして、俺たちのイクミ救出作戦は大成功に終わったのだった。




 二日後、空港にて。

 救出が成功したとギャングのボスに伝え、そこに一泊しアメリカ観光をしてから俺たちは日本に帰国することとなった。

 その間あったことと言えば、まぁ特にはないのだが。俺としては平戸さんとイクミの二人のその後を知りたいんだけどなぁ。二人は同じ部屋になってたから、きっと何かあったはずなんだよ。

 なんて言ったって、あの平戸さんが罰として一生僕に仕えろ、なんて。

 男の俺からしても、惚れちまいそうにかっこいいじゃないか......。

 それはさておき、これでまた日本に帰れば皆で酒を呑みながら、藍衣せんせーの持ってきたゲームをしつつ、他愛の無い会話をして過ごすことが出来る。

 そんな犯罪者とは思えないような一般人のような生活が、俺のお気に入りでもある。

 よし、さっさと帰ろう。ギャング屋敷も凄いけど、やっぱ我が家が一番だ。


「ふ~、忘れ物はないな」


 自分の割り当てられた部屋のチェックを済ませ、部屋を出ようとノブに手を掛けたとき。


「神哉くん、ヤバイ!!」


 突然彼杵が部屋に飛び込んできた。


「おぉ、どした彼杵。そんなに慌てて」

「ひ、飛行機が!!」

「飛行機が?」

「もう行っちゃったよ!!」

「え?」

「だから、飛行機二時間前にもう行っちゃったの!!」

「はぁ!?」

「皆、私たちのこと置いて帰っちゃいました......」


 俺と彼杵、アメリカに置き去りにされてしまいました......。

 昨日の観光で金ほとんどねぇよ!! 帰れねぇ!!


 

 次は俺と彼杵でアメリカ生活!?

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