No.50 あお~げば~、とぉ~としぃ~?


 中学校という場所は、いわゆる社会に出た時の練習の場とも言える。それは高校も同じことなのだが、中学校から制服を着る事を定められる。さらに、校則というルールを守ることになる。

 これは徐々に社会生活に慣れていくための、準備段階なのだ。

 それと同時に、中高生は心も大人へと成長する。人間関係において、人付き合いの仕方も自然と培われていく。

 しかし、その人間のグループや輪というものは、自分たちと相反するものを拒絶する。これが『いじめ』に繋がるとされている。ただ、人間という生き物は全ての他人を愛することなど出来ない。嫌いな人間がいないという人はそうそういないだろう。

 そこをどう乗り越えるか、それが不登校生において重要となってくるのだ。




 朝八時少し前。中学校の正門で校長と生徒指導の教師が挨拶をしている。

 色々な意味で恐れられ、嫌われる生徒指導の教師は一人一人目を見て『おはようございます』と言っており、中にはそれをフル無視して素通りするツワモノ生徒もいた。

 そして一人の女生徒が門の前にやってきた。共学なのだから女生徒がやってくることぐらい当たり前なのだが、その女生徒は周りからも恍惚とした目で見られている。その理由としては、朝日を反射してキラキラ輝く美しい白髪に碧眼、今にも溶けてしまいそうな程透き通った雪のような肌だろう。


「お、おはようございます......」

「うむ、おはよう!」


 生徒指導の教師、愛宕あたご悠馬ゆうまはとりあえず挨拶をした。が、その女生徒から返ってきたのは上から目線の生徒とは思えない挨拶。そのまま生徒下駄箱へと向かっていった。

 愛宕は一応生徒指導担当なので、その女生徒が何者なのか知っていた。


「校長先生。見ましたか!あの入学式からずっと学校に来ていない、五島ごとう椿つばきですよ!!」

「あぁ、そのようだねぇ......」


 そう。彼女の名は、この学校の教職員の中では有名だった。入学式にさえ来ず、今の今まで正門をくぐったことさえなかった不登校生。

 五島椿なのである。




 椿自身、自分の容姿が見る者を魅了することに気付いてる。事実登校中に椿は何十個もの自分を見る視線を感じていた。

 だが別にそれを鼻にかけている訳でもないし、鼻にかけるような相手も友達もいないのが現状だ。それに、何故かは分からないが自分の容姿を褒められるとじんましんが出てしまう。

 

「そーいえば、我、何組なんだ?」


 三年下駄箱前で自分のクラスが分からないことを思い出す。

 仕方ないので、靴を持って職員室へ。職員室は下駄箱からすぐ近くにあった。


「失礼するぞ~。五島椿は三年何組だ?」


 マナーもルールも社会の常識も知識として乏しい椿は、大きな音をたてて職員室に入り込む。

 その音にビクンと肩を震わせ一番に反応したのは、メガネをかけた中肉中背で猫背気味の男性教師。チラリと椿を見て、駆け寄ってくる。


「ご、五島さん......?」

「む、お前が我の担任か?」

「ハイ、そうです。三年五組担任の伊福貴いふき孝幸たかゆきです」


 そう言って、首からぶら下げている名札みたいなヤツを見せる伊福貴。


「それで、我の教室はどこなんだ?」

「あ、えっと五島さんは五組だから二階の一番端です」

「了解した。それでは失礼した~」


 椿はドアも閉めずに職員室を出て行く。残された伊福貴はポカンと口を開けてさっきまで椿のいた場所をじっと見ていた。


「あ、伊福貴先生! 朗報ですよ!! さっき五島椿が学校に来てたんですよ!」

「えぇ、つい数秒前にここに来て、教室の場所を訊いていきました......」

「やりましたね、伊福貴先生! あの一年の頃からいなかった五島を連れてくるなんて、どんな手を使ったんです?」

「いや、それが、僕は何もしてないんですよ......」


 伊福貴は困惑していた。不登校生を学校に来させるようにするのは、担任の仕事。だが、一年生から来ていない五島椿には、最早何をしても来ないだろうと教師ながら諦めていたのだ。

 しかし、二年間も学校に来なかった生徒が何故いきなり登校したのか。

 伊福貴にはさっぱり分からなかった。





「あ嗚アァぁア亞吾嗚嗚亜!!!」

「神哉くん、それは人語かいwww?」

「嫌な予感がしてならないんですよぉ!!」

「ツバキちゃんなら大丈夫ですよ!」


 彼杵がニコニコ笑顔で自信満々に答えた。ちなみに、朝いたサヤ姉はお仕事へ。


「どっからその自信が出て来るんだよ......」

「私、知ってるんですよ。ツバキちゃんが頑張ってたこと」

「師匠が、頑張ってた?」

「はい。私、一緒にネット依存症の改善特訓しましたもん! それに、少しは外に慣れないとって言ってたから、時々散歩に行ってましたよ?」


 マジかよ......。そんなの全然知らなかった。師匠が学校に行くことにそんなに必死だったなんて。


「でもさぁ、何で急にツバキちゃんは学校に行きたいって言い出したのwww?」


 そこなのだ。師匠が頑張っていたことは分かった。だが、何故?

 俺は師匠が学校という場所そのものが嫌いなのだと思っていた。ネット依存症だしアルビノ症で行ったとしても大したことは出来ないし。

 それが、いきなり学校に行くと言い出した。実はずっと行きたかったのか......? だから頑張ってネット依存の改善に努め、外に慣れるように散歩していたということなのか?


「う~む、分からない......」

「ま、いいじゃないですか! ツバキちゃんも学校の楽しさに気付いたんですよ!!」

「そーかぁ? 正直、俺は師匠が学校に行く必要はないと思ってたんだよ。事実、ハッカーとして俺と同等か、それ以上に稼いでるような人だから」

「英語は壊滅的に出来ないけどね~wwww」


 うん、まぁ確かに英語だけは異常なほど出来ないけども......。

 ただそれだけのために学校に行こうと考えたとは思えないんだよなー。


「あ、もしかして行きたい高校が見つかったんじゃないんですか?」

「あ~、カワイイ制服の高校に行きたいっていう子いるねぇwww」

「いやいや、師匠はカワイイものに発作が出るじゃん」


 師匠に限ってその高校選びあるあるはないだろう。実際数日前の藍衣せんせー主催罰ゲームトランプで、師匠がコスプレした時に発狂していた。


「だとしたら~、単純に魅力的な高校を見つけた、とか?」

「ん~、まず第一にあの人が高校に無理してまで行こうと思うと思えないんだよ」

「と言うとwww?」

「師匠は小学校の頃からほとんど学校に行ってなかったんだよ。そのまま中学校にあがったけど、結局今日まで登校してこなかったからさ。なんか、今更学校に行くなんて変なんだよなぁ」

「まぁ、もうすぐツバキちゃんも帰ってくる時間だし、訊いてみようよ」


 彼杵が時計を見ながら言った。

 その時、ギーと玄関のドアが軋む音が聞こえた。


「噂をすればなんとかかんとか! ツバキちゃんかな!?」


 彼杵はすぐに立ち上がって玄関へ。俺と平戸さんもそれに続く。

 玄関には下を向いて、俯く師匠がいた。


「あ、ツバキちゃん! おかえり~」

「......」

「あれ、どうかしましたか師匠?」


 彼杵がおかえりと出迎えの声をかけても、師匠は俯いたまま。顔は暗い影がさしているように見えた。

 俺がその普段とは違う雰囲気に違和感を感じ、師匠に近づく。

 すると、


「おわっ! ど、どしたんすか師匠!?」


 俺に抱きついてきたのだ。俺の半分位しかない小さな師匠は、顔を俺の腹にスリスリ擦り付けて来る。背中に回された手は、弱弱しくもギュッと助けを求めるように強く握られていた。


「ちょ、いきなり何なんですか! 大丈夫......」


 師匠を引き剥がそうとした時、腹部にじんわりと冷たい水の感触がした。

 どんなバカでもこれがなんの水なのか分かるはずだ。

 師匠は俺に抱きついて、ついに泣き出したのである。


「神哉ぁ......、やっぱり我は学校なんか行っちゃダメなのかなぁ......」

「え?」


 涙を零しながら、上目遣いで声を震わせる師匠。

 俺は師匠の言った言葉の意味が分からなかった。


「我の......、何が、いけなかったのかなぁ......」


 そう言うと、また俺にギュッと抱きついて涙を流す。

 こんな時、どうすればいいのか分からない俺は、ただひたすらに師匠の綺麗な白髪を手で撫でることにした。

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