No.39 人さらいは無口で毒舌?


「うぉぉ!? カズゾンビめちゃくちゃ足速いんだけど!?」

「だから言ってるじゃないですか! ゾンビ舐めたらいけませんよ!」


 彼杵の一喝を受けて自分のゾンビへの思い込みを一変させる。現在カズゾンビが全速力で迫ってきているのをこちらも全速力で逃げている。


「神哉くん大丈夫かい? だいぶんへばっているみたいだけどwwww」

「逆にあんたなんでそんなへっちゃらなんだよ! イクミそんな軽いの!?」

「ほれ、走れ神哉。きっと我より重いイクミをお前より小柄な凶壱が背負って余裕で全速力しているのだぞ? お前も意地を見せい」

「師匠お願いだから降りてくれない!?」


 俺の背中でスマホをいじりながら、俺を急かしてくる師匠。発作が出てないんなら走ってくれよ!


「ところでさ今ここ何階?」

「中館の三階! エレベーター乗ってとりあえずこの階から逃げよう!」

「見えましたエレベーター!」


 彼杵が進行方向の奥を指した。アレに乗って違う階に逃げれば一時は助かる。

 しかし、カズゾンビとの距離はずっと三メートルくらいを保っているためエレベーターのボタンを押して乗り込むような時間は無い。

 どうすれば......。


「......」

「グアアア!?」

「何!?」

「カズゾンビが倒れました!」

「おやwwどうやら無口なあの子がいるみたいだねwww」


 平戸さんも気付いているようだ。カズゾンビが叫び声をあげて倒れる前のあの沈黙の覇気。

 無言だがとてつもない存在感を感じるあの沈黙。

 まさか、


「......殺った、か......」

「対馬!?」

「......」


 倒れたカズゾンビの後ろからトントンと歩いてくるパーカーを着た少女。サヤ姉をさらった人さらい、対馬だった。

 俺の呼びかけに無言で肯定する。


「あぁ、あの時の人さらいですね!」

「どうしてここにいるの?」

「...雲仙と、旅行」


 あ、そうか。

 そういえば雲仙が対馬に勧められて旅行に来たとか言ってたな。対馬も付き添いで旅行に参加していたようだ。


「助かったよ。俺たちだけではゾンビには太刀打ちできないからさ」

「......そこのメイド服はどうした......?」

「あぁ、それがアル中でさ。起きないんだよ」

「......次、会った時は殺りあう予定...だったんだけどな」


 おいおい、お前らあの時そんな約束してたのかよ。強い者は強い者に惹かれるということなのだろうか。


「のぉ、神哉。我はこの女が誰なのか知らんぞ。教えろ!」

「あ、そうでしたね。師匠は会ったことないのか」


 カクカクシコシコと師匠に対馬の説明をする。師匠はサヤ姉の人身売買の件には深く踏み入っていないので対馬とも面識がないのだ。


「なるほどな! つまり最強の助っ人降臨というわけだな!」

「そうっす! 対馬がいればゾンビも怖くないですね」

「......おい」

「ん? 何だ?」

「............手助けするとは言ってない」

「え!?」


 長く溜めがあったと思ったら、俺たちの希望を一瞬で壊されてしまった。てか対馬いないとこの調子じゃ即ゲームオーバーになっちゃうよ!


「私は、雲仙を探している...。その途中で...、お前らに、遭っただけだ」

「おいおい! お前『遭っただけだ』って漢字違くない!? それ不幸に遭ったって時に使うんだぞ!」

「...だから、私にとって...、お前らと会ったことが...、不幸...」

「無口な上に結構毒舌かよ!」


 俺の激しいツッコミを冷ややかな目で見ると対馬はホテルの闇に消えていった。闇に消えるとか最早人間じゃないんじゃないかあの女。


「あの子らしいわね......」

「今の暗闇に消えるやつカッコいいな。我もやりたい」

「対馬ちゃんの手が借りれないとなるともう私たち、絶体絶命ですね」

「たった一人のゾンビでここまで追い詰められちゃってるしねwwww」

「いや全然笑えないですからね!?」


 頼みの綱、壱岐イクミも未だ平戸さんの背中でアル中現在進行形。お願いだから銃だけでも撃てるようになってくれないかなぁ。


「とりあえず上の階行ってみましょうか」

「あ、うん。そうだな」


 彼杵の一言で全員エレベーターに乗り込んだ。エレベーターは普通に使えるんだ......。

 所々ゲーム設定が甘いんだよな。




 ウイーンとエレベーターの稼動音が聞こえ、すぐに上の階に上がる浮遊感が体を襲う。


「うぅ、やっぱ気持ち悪くなるんだよなぁ」

「神哉って乗り物酔いするタイプだっけ?」

「自動車、飛行機はイケるんだけどな、エレベーターはいつまでも慣れねぇ」

「引きこもりだからじゃないwww?」


 引きこもりとエレベーター酔いは関係性全然ないだろ。心の中でそうツッコミを入れたその時、


「キャッ!?」


 突然エレベーターが止まった。止まった時に天井からドンと何かが落ちてきた音もした。


「な、なぁ。これもしかしてさ」

「やめてよ......。まさか上にゾンビがいるいんじゃとか言わないわよね?」


 サヤ姉は不安そうにしながら俺の言葉を遮る。全員が天井を見つめ何か動きがあるのを待った。


ドン!!


 天井が強く叩かれる。全員ささっと俺を盾にするかのように後ろに回り込む。


ドンドン!!


 今にも天板が壊れてしまいそうだ。そしてその時はすぐにやって来た。


バッゴーン!!!


 騒々しい破壊音とともに天井が壊れ、何かがエレベーター内に入り込んだ。俺の後ろでは皆、声も出さずに縮こまっている。


「イテテテテ......」

「!?」


 上から降って来たその何かの声には聞き覚えがあった。


「あれ、もしかして、女乃都さん!?」

「ほよよ? あ! 高天原さん! 良かった、無事だったんですね」

「ゾ、ゾンビじゃない?」


 彼杵が震えながら女乃都の状態を確認する。幸いにも女乃都はこうして会話ができるし肌色も青くない。

 完全に人間だろう。安心したように俺の背後からゾロゾロと全員出て来た。


「あー、ビックリした。神哉、知り合い?」

「ん、あぁ、カズが裁判になりそうになった時に世話になった法律事務所の弁護士さんだ」

「へー。じゃ、君が例の違法弁護士なんだ」

「あ、いえ違います。私は普通の弁護士です」


 そこだけはしっかりと否定しておく女乃都。この女は結婚に飢える松浦法律事務所の普通の弁護士さんなのだ。


「ところで一体これがどういう状況なのか皆さん知っているようですね」

「あぁ、それがな......」


 カクカクシコシコとこれまでの経緯を説明する。驚愕するかなと思ったが女乃都は驚くようなそぶりも見せず平然としていた。


「やっぱりそういう系ですか。全くビビりましたよー。オトコ誘ってたら急に苦しみ出してゾンビみたいになっちゃうんだもん」

「すまないな、なんか俺たちの事に巻き込んじまって」

「ホントですよー。お詫びに結婚してくれません?」

「はぁ!?」


 女乃都の冗談(?)に怒りをあらわにする彼杵。その鬼の形相に女乃都は縮こまって『すいません、冗談です』と謝罪する。

 許してやってくれ彼杵。多分女乃都は今日本で一番結婚したい女性だと思うから。


「それはそうと女乃都さん。上司の松浦はどうしたんです?」

「あぁ、あのクズならゾンビになっちゃったから、この際ボコボコにしてやろうと思いまして常備していたムチで瀕死にしてやりました」

「なんでムチwwwwww」

「いつでもどこでもどんなプレイだろうと出来るように、私は常日頃からSMグッズやアダルトグッズを常備しているのです!」

「そんな事に余計な気回してるから結婚できないんじゃないのか?」

「グハッ!」


 師匠の手厳しいツッコミに撃沈する女乃都。

 いやまぁ確かに良い心がけではあると思うけど、身体の関係を作っちまえ! としか考えてないんじゃないか?


「とにかく知り合いが一人でも無事だと分かって安心しましたよ」

「はい、松浦ゾンビも反抗はしてきたんですけど、なんとか腕に噛み付かれただけで済みましたから!」

「ホント良かった良かった。腕を噛まれただけで済んだのなら!」


 ……。

 ん? 腕を、噛まれた……?


「腕を、噛まれた、だけ……」

「はい! 噛まれた後はなんでか知らないけど力が強くなったんですよねー。ただ少し肌が青くなってるんですよ。貧血ですかね? 一応メイクで明るくはしてるんですけどね」


 噛まれた後に力が強くなって肌が青く……。


「あの、神哉くん?」

「お、おう。どした?」

「これ、ヤバくありません?」

「うん、多分絶対的におそらく超絶危険だな」


 彼杵の呼びかけに努めて冷静に答える。


「あ、アレ? オカシイな…。なんだかカラダが。熱い? 力がみなぎってく、る。み、皆さんが敵のように感、じ、る?」

「ありゃ〜、これ完全に感染してるねwwwwww」

「いやいやいや! ここ絶対笑うとこじゃないですよ!?」


 悲報……。

 止まってしまいドアも開かない密室空間のエレベーター内で新たなゾンビが誕生してしまいそうです。


 次は中ボス女乃都ゾンビを撃破だ!

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