第十三罪

No.30 架空請求業者は動画投稿者にネタにされがち?


 俺と彼杵は誘拐されてしまった......。

 しかし、不思議なことに意外と冷静な自分がいる。目隠しをされて手も縛られているのに自分でも冷静すぎると感じる。

 いろんな犯罪者に会いすぎたせいで危機感が無くなってしまったのかもしれないな。車に乗せられて最初のほうは右に曲がった左に曲がったとかを考えてなんとなくの場所を把握していたが、今となっては一切分からなくなった。

 おそらく分からないようにあえて変に道を曲がったりしているのだ。この手口からこの誘拐犯がそれなりに手馴れているということが分かった。

 だったらもうおとなしくしていよう。変に抵抗しても命を削るだけだ。

 目隠しをアイマスクに見立てて俺は深い眠りについた。



「おい、起きろ!!」

「ハイ!!」


 ドスの利いた頭に響く低い声が聞こえて俺は目を覚ました。

 あれ? 今の声どっかで聞いたことあんな......。どこだっけ。


「こっちだ、ついて来い」

「はーい」

「神哉くん、なんかめっちゃ落ち着いてない?」

「おお、俺もびっくりするくらい安心して眠っちまったよ」

「ゴチャゴチャうっせぇ!」


 さっきと同じ声が俺と彼杵の会話を止めた。実際、安心しきって車で寝たことは事実だ。あの可笑しいくらいの安全運転はやっぱりどこかで経験したことがある気がする。


「オイ!」

「ひっ! な、なんですか?」

「その一歩前から階段があるからな、気を付けろ!」

「え?あ、ハイ。ありがとうございます?」


 そんな気配りしてくれる誘拐犯いるか? 口調は荒々しいのにやけに優しいんだが。その男の言う通り階段があって目隠しのせいもありたどたどしくも階段上まで上がる。

 左耳のほうでガチャっとドアが開く音がした。


「入れ」


 ぶっきらぼうに男が言った。

 俺と彼杵はその言葉に従って音のした方に向かう。足を踏み出した途端にタバコのにおいがむわっと鼻についた。あー、俺もう分かっちゃったかもしれない。

 この異常なまでのタバコ臭さと男のにおいは何度も感じたことがある。


「ほら、そこに座れ」

「う~す」

「ちょっと神哉くん! あんまり犯人を刺激しちゃダメだよ」

「安心しろ、彼杵。ここは俺の知ってる場所だ」

「......へ?」

「ですよね? 島原しまばら先輩?」


 目隠しでよく分からないが俺は横にいるであろう男に呼びかけた。

 すると、


「なんだよ、分かってんなら早く言ってくれ」

「この部屋に入ってやっと気付きましたよ。懐かしい匂いがします」


 俺は目隠しを取った。

 目の前にはソファに腰を降ろしたがたいのいい厳ついコワモテな男がいた。忘れもしない。

 この人の名前は島原しまばらわたる

 何を隠そう俺を架空請求業者に引き入れた張本人である。俺は未だビビッている彼杵の目隠しを取ってやる。


「ぎゃー! 超顔怖い!」

「初対面の人には絶対そう思われてるみたいだが、口に出して言われたのは初めてだよ」

「すんません、俺の知り合いが」


 飛び上がって驚く彼杵の変わりに俺が頭を下げる。


「彼杵、安心しろ。ここは俺が昔働いてた架空請求業者の事務所だよ」

「えぇ!! マジですか? でも神哉くん、職場が警察にバレて事務所は捨てることになったって言ってなかった?」


 俺が昔架空請求業者で働いていた頃、一人裏切り者がいた。そいつは警察にこの事務所のことを通報し、俺たちは危うくブタ箱行きになっていたのだ。

 島原先輩がその裏切り者の情報を、いち早く入手したことでなんとか逮捕は免れたが、そこでこの事務所は警察に抑えられ、業者は自然消滅してしまったのだ。


「そこが、引っかかったんですよ。ここ、警察にバレましたよね」

「あぁ、だが俺と社長の奮闘によって再度復活を果たしたのさ!」

「へえ~、ってことはまだここにも社長いるんすか?」

「もちろんだ、呼んで来る」


 そう言って島原先輩はソファから立ち上がり、奥の廊下へと消えてった。


「む~ぅ、タバコ臭いです......」

「あれ、彼杵タバコ苦手だったっけ?」

「そうですね、昔から……というか慣れてないんです」


 鼻をつまんで喋っているのでちょっとばかり違和感を感じる。だが彼杵が嫌がっているのならどうにかしてあげよう。俺はテーブルの上に置いてあるティッシュを数枚取って鼻栓を作った。


「ほれ、これで少しはマシになるんじゃないか?」

「わ~い! ありがとうございますでーす!」


 彼杵は躊躇無く鼻栓を可愛らしい小鼻につっこんだ。......女の子なんだからちょっとぐらい恥じらいを持った方がいいんじゃないだろうか。

 まぁ、それでも彼杵が可愛いのに変わりないがな。

 その時、島原先輩がもう一人男を連れて戻ってきた。この業者の社長、野母崎のもざき厘造りんぞうさんだ。


「高天原くん! 久しぶりだな、あれから一年ほど経ったかな?」

「そっすね、お久しぶりです」


 コワモテな島原先輩と打って変わってのんびりとした印象を受ける馬顔。白髪がところどころに見える短髪をしている。


「ところで、高天原。今日はお前に頼みがあって来てもらったんだ」

「来てもらったというか、誘拐ですけどね」

「その方が面白いかなと思ったんだよ。誘拐ドッキリ~みたいな感じで。巻き込んじゃってお嬢ちゃんもすまないね」

「あっ、いえいえ! 私も初めての誘拐で興奮しましたから!」


 社長が誘拐まがいの呼び寄せをした理由を教えてくれた。意外にも好奇心旺盛で面白い事好きな社長なのだ。


「それで、頼みってのは?」

「うん、時に高天原くん。ユー○ューバーって知ってるかい?」

「知ってますよ、ブンブンってやつでしょ?」

「そうそう、ユーチ○ーブに動画公開して広告で収益を得る、あのユーチュー○ーだ」

「それが、今回の頼み事と関係してるんですね?」


 ユー○ューバー。

 YouTubeに自作の動画を継続的に公開する人、集団を指す名称である。狭義では「YouTubeの動画再生によって得られる広告収入を主な収入源として生活する」人物を指すらしい。

 社長に代わって島原先輩が話を続ける。


「いいか高天原。○ーチューバーってのは大抵動画のネタを考えるのに必死なんだ。なかでも! グループ系のユーチュ○バーに多く見られるおんなじネタがあるんだ。分かるか?」

「グループ系のユ○チューバーか......『組み体操のピラミッドのまま一日過ごしてみた!』とかですか?(注・決してユーチ○ーバーをバカにしている訳ではありません)」

「神哉くん、正直に言って良いよ。絶対ユー○ューブ見たこと無いでしょ?」

「......すまん。見たこと無い」


 悪いがあいつらは犯罪者じゃない。俺が興味を示すのは金の稼げる面白そうな犯罪のみだ。

 それに、わざわざ時間を取って見るほど俺は暇じゃないんで。社長はのんびりした顔を崩さず言った。


「知らないなら、教えてあげよう。グループ系のユーチューバ○が結構やってるネタ。それは...」

「...それは?」

「『架空請求業者フルボッコにしてみた!』なのだよ!!(注・決してユーチ○ーバーが嫌いな訳ではありません)」

「または『架空請求業者に凸ってみたら、まさかの展開にwww』とかだ!(注・決してユーチ○ーバーが嫌いな訳ではありません)」


 ......ほぉ。

 なかなかめんどくさいことをするんだな、ユー○ューバーって。つまり、架空請求業者は犯罪者だから動画のネタに使っていいと思われているんだな。


「お前らのネタにされるこっちの身にもなってみろってんだよ! しかもその俺たちをネタにした動画でイイ再生回数取れれば、あいつらの収入になるんだぞ!(注・決して以下略)」

「すっごい癪なんだよねー。しかもうちの会社に同じヤツが何度も掛けて来るんだよ」

「なるほど、それは確かにムカつきますね」

「じゃあ、そのいつも掛けてくるヤツを撃退してほしいってことですね!」


 彼杵は理解したと胸を張る。が、島原先輩と社長は首を横に振った。


「そうじゃなくて、そのユー○ューバーの動画を見た子供を撃退してほしいんだよ」

「というと?」

「ユーチ○ーバーの真似して掛けてくるクソガキってことだよ」


 真似するクソガキか......。

 ふっ、面白い。言い負かして泣いて謝らせてやるぜ!


 次は犯罪者たちが架空請求業者に凸ってくる子供を撃退するようです。

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