No.16 これぞまさにミッション・淫・ポッシブル?

「うおおおおお! 高い高い高いーーーー!」

「ゴットさん落ち着いてください~。もう少しですよ~」

「お前なんでそんな冷静なんだ!」


 コイツおかしいだろ! そんなまったり喋っていられる状況じゃないぞコレ!


「なんでって言われましても~。某スパイ映画でもこういうシーンありましたよ?」

「映画見たからってこの状況に慣れられねぇだろ! 高層ビル五十八階だぞ今!」

「ほら後一階上がったら終わりですよ~」


 もうホント舐めてたわ~。スパイなんて変装して敵のデータ盗むだけだと思ってたのに!

 俺は今、六十階建ての高層ビルの五十八階付近にいる。

 それも、窓の外に引っ付いてるんだよ! 某スパイ映画のごとく!!

 こうなったのにはもちろん訳がある。



 場面は遡ること一日前。

 ミッションを完璧に成功させようと決意を固め、俺とガブは再度作戦を練ることにした。


「で、どうしようか」

「そうですね~。要はアメ○カがヨーロッパのカジノを操っている証拠があればいいんですよ」


 証拠か。まずなんでアメ○カは日本にそんな大事な情報を管理させているんだろう。

 不思議に思った俺はガブに訊いてみた。だが、


「なんででしょうかね~?」


 ダメだこいつ。新人とはいえスパイなんだからなんか知ってるかと思ったが、思った以上にガブは無能のようだ。

 ガブがダメなら俺が考えるしかない。大学中退の力、見してやる。

 と、張り切ってはみたもののなんも思い浮かばない。だいたい、情報ってどんな状態で保管されてるんだ? パソコンのデータとして残っているのなら日本政府機関のどこかだろう。しかし、その情報を手に入れるための情報を俺たちは何も持っていない。

 これ、無理ゲーなんじゃないか?

 考えるのをやめた。もうトイレ行く振りして逃げよっかなー。


「ちなみに、ゴットさんはカジノ行ったことあります?」


 ガブがコーヒーを飲みながら訊いてきた。


「ないな。日本にはカジノはねぇから」

「ほぇ~? ないんですか?」


 ガブは日本の法律を知らないようだ。


「おかしいですね~。今、この街にいるMI6の人に連絡を取ったら、ひとつだけあるって言うんですよ」


 そう言ってスマホ画面を俺に向ける。まあ英語だから分かんないんだけどね。


「その日本で一つだけのカジノに、アメ○カ政府の情報が保管されてるみたいです」

「は!? ちょい待ちちょい待ち! なんでそんなことガブの仲間が知ってるんだ?」

「さぁ〜? きっとこの街で調査を続けていたら、色々と分かることがあるんじゃないんですか?」


 おい、嘘だろMI6......。

 お前らその情報持ってるんなら日本のエージェントの助けを借りる必要なくね!? 今日俺がこんな目にあってるのもそのせいなんだそ!

 MI6、恨んでやる......。

 まぁどこに情報が保管されているか分かったらなら話は早い。さっさと終わらせてこのほんわか女ともオサラバだ!

 元はと言えばこいつが俺を諜報員だと勘違いしたのが悪い!


「日本って法律でカジノは禁止されてるんですよね〜? だったらどうしてカジノがあるんでしょう?」

「おそらくアメ○カ政府の力が及んでるんだろうな」


 なんかホントにスパイになった気分だな。ちょっと楽しくなってきた。

 ここまできたらもう必死にスゴ腕スパイを演じるしかない。

 しかし、カジノか。一体どこにあるんだろう。人目につかない場所? だったら例の裏通りか......。

 いや、それはないな。俺あそこにはだいぶん入り浸ってたから分かる。

 うーーん。

 どこにあるか見当もつかない。

 その時、ガブが外を見て、


「なんかあのビルだけすっごい高いですねー」


 窓の外に見えるのは六十階建ての大きなビル。確かに周りはせいぜい五、六階建てのデパートが並んでいるだけであのビルは一つだけ異様に高い。

 ん? 待てよ......。

 昔、師匠がカジノのこと言ってた気がするぞ。

 そう、あれは確か......、


「あのな、神哉。我、成人したらカジノに行きたい」

「師匠何言ってんすか。日本にはカジノありませんよ? あ、もしかして本場まで行きたいんですか?」

「なんだ、神哉知らないのか?表通りに一つだけバカでかいビルがあるだろう?」

「あぁ、あの変に目立ってるやつですね」

「あれの最上階、カジノなんだぞ」

「え?」

「裏通り組合のオヤジ共がいつも行っとるんだよ。我も行きたいなぁ」


 思い出したぞ! あのビルの最上階がカジノ!

 あえてあんなに目立たせておくことで、逆に違法なことする訳ないと思わせているんだな!

 フッフッフッ。だがこの俺の目は誤魔化せないぜ。


「ガブ。あのビルだ。あそこにカジノがある」

「ほぇ〜? 知ってたんですか?」

「当たり前だ。俺は日本のスゴ腕スパイなんだぜ?」


 ニヤッと笑ってそんなことを口走った俺は、我ながらカッコよかった。




 そして場面は冒頭に戻る。ビル、五十八階の窓に張り付いてひたすら上を目指す。

 表から変装してカジノに入ると思ってたらこのバカほんわか女、スパイなら外からコッソリですよ! とか言い出した。

 そのせいでこの超高いビルの窓をよじ登る羽目になっている。ちなみに手には謎の張り付く手袋をしている。


「後少しです! 頑張って〜」

「目的地は五十九階なんだよな」

「えぇ。最上階で窓を開けて入ったら絶対見つかりますから」


 そういう理由で最上階の六十階ではなく五十九階を目指している。程なくして五十九階にまで辿り着いた。


「なぁ、ところでさ。ここまで来たはいいものの、どうやって窓開けるんだ?」

「あっ、考えてなかったです〜」

「......」


 いや、全然笑えないんだけど。外から窓開けるためのスパイグッズとかねぇのかよ!


「仕方ない......」

「何か思いついたんですか〜?」

「あぁ、少し危険だがその危険なところはガブに任せるぞ」

「え、あっ、ハイ分かりました」


 そして作戦をガブに耳打ちして実行に移る。

 まずは窓をコンコンとドアのノックのように叩く。これであえて人を呼ぶ。

 すると考え通り誰かが窓に向かって歩いてくる音がする。おそらく見張りの人間だろう。

 よし、作戦通りだ。見張りの人間は不思議そうな顔で窓に手をかけ、開けた。その瞬間を狙って、ガブが見張りにスタンガンを突きつける。


「グハッ!」


 倒れて痙攣する見張り。可哀想だがこれも情報を奪うためだ。

 これで俺たちは開いた窓からビルへと侵入することができた。


「作戦通り、うまくいきましたね〜。さすがスゴ腕スパイです〜」


 ガブが目をキラキラ輝かせて俺に尊敬の眼差しを向ける。いや、スパイじゃないんだけどね。


「まあな。で、こっからどうする?」

「あっ、はいこれ。変装セット一式です~」


 あ、結局変装するんだ。なら最初から変装して入ればよくね?

 そう思いつつビルを登る前に着替えたぴちぴちの黒いレオタードみたいな服の上から変装セットを身に着ける。

 俺は真っ白のタキシード姿になり、ガブは真っ赤なドレス姿になる。


「あと、カードが必要になるのでこれ、持っててください」


 ガブが黄金に輝く一枚のカードを渡してきた。どこでこんなもん用意したんだよ。スパイって怖い。


「じゃあいきましょ~」


 エレベーターに乗り込み六十のボタンを押す。たった一階上がっただけだがエレベーター特有の止まったときの気持ち悪さはなかなか慣れない。

 そして俺たちはついにカジノがある最上階へと足を踏み入れた。


「おお、すげぇな」


 俺は自分の目を疑ってしまった。ここは本当に日本なのかと思ってしまうほど照明はギラギラ光っていろんな賭け事のテーブルがある。

 ポーカーにスロットやルーレット。見た感じブラックジャックをしてる人たちが多いように感じる。

 初めての光景にワクワクしつつも横目でガブを見てみた。

 するとさすがは本物のスパイと言ったところだろうか。しっかりとこの場の雰囲気に合った『顔』を作り上げていた。金持ちのすました『顔』がうまいぐあいに再現されている。

 なんだかんだ言ってこいつもスパイなんだなぁと実感する。ここは俺も便乗して金持ち感を出しておこう。


「作戦を確認しましょうかゴットさん」


 休憩用らしきソファーに腰掛けるとガブが耳打ちしてきた。


「ああ、頼む」

「分かりました。まず大前提としてデータはこの施設の奥にある金庫に保管されています。そこに入ることができるのは超ビップな人のみです」

「そこでこの偽カードの出番って訳だな」


 胸ポケットからさっきもらったカードを取り出す。


「ハイ、そうです。今回の作戦は金庫に入るまでにバレてしまったら即アウトです。逆に金庫に入りさえすればこっちのもんです」

「よし了解した。気を引き締めていこう」


 そして俺たちはソファーから立ち上がり、奥の金庫を目指す。

 その時だった。人だかりができているテーブルが一つだけあった。

 チラリと覗くと、なんと驚きそこにいたのは、


「平戸さんとイクミ?」


 思わず二度見してしまった。だってあの人はホームレスのはずだ。

 なんでこんな豪華な場所にいるんだ? 二人ともタキシードとドレスを着て、可笑しいほどに場の空気になじんでいる。


「あの~お知り合いですか~?」

「あ、いや、なんでもない。作戦に集中しよう」


 見なかったことにしよう。謎多き平戸さんにはあまり関わりすぎると危険だ。


「見てくださいあそこ。ビップ専用って書かれているあの通路を進んだ先です」


 ガブが指をさすほうには確かにビップ専用の文字があった。

 しかしそこを通るには通路入り口にいる二人の見張りにカードを見せなくてはならない。

 ガブが言うにはここで怪しまれたらこのミッションは失敗したようなものだそうだ。

 まずはここを乗り越えなくてはならない。あれこれ考えているうちに見張りの前まで来ていた。


「カードの提示をお願いします」


 右側に立つ男が俺とガブに頭を下げる。

 俺は言葉は発さずにカードを男に向ける。ガブも同じようにする。


「ありがとうございます。どうぞお入りください」

「右の通路を進むとホテルとなっております。ごゆっくりどうぞ」


 黙っていた左側に立つ男が通路を手で示した。俺たちは無言のままツンとした表情で入っていく。見張りが見えなくなったところで一度足を止め、打ち合わせに入る。


「巧くいきましたね。ここまで来れば後はデータを奪うのみです」

「ああ、そうだな。金庫はこの先にあるんだよな」

「ハイ、早速いきましょ......」


パンパアン!!!

 ガブがそこまで言いかけたところで後ろから銃声が聞こえた。幸い俺もガブも当たらなかった。

 一体誰だ? もうちょっとでつらいスパイ生活が終わるというのに!

 後ろを振り返ろうとしたら、


「動くな!」


 あっれ~? この声聞き覚えがあるぞ。

 確実にイクミだ。


「何をしているんデスカ? ここはビップ専用デスヨ?」

「分かっていますよ。ワタクシたちはビップです」


 ガブが銃を撃たれたというのに冷静に受け答えをする。コツコツとイクミのヒールの音がこっちに近づいてくる。

 まだイクミは俺だとは気づいていないようだ。しかし俺たちのことなんでビップじゃないと分かったんだ?

 殺し屋の勘というやつだろうか。


「嘘はやめてくだサイ。あなたたち何者デス?」


 イクミが俺たちの真後ろまで来たとき、ガブが平戸さん並みの速さで振り返り、回し蹴りで銃を叩き落とした。


「なにをスル! このっ!」

「ゴットさん! ここはワタクシに任せてください~」

「お、おう! りょーかいした!」


 俺はイクミに俺だとバレないよう、振り向かずにダッシュで金庫へと向かった。



 入り組んだ通路を右に左に進むこと五分ほど。

 ようやく行き止まりにたどり着いた。そこにはとてつもない大きさの鉄の扉がある。

 横にカードをスキャンする機械があり、そこに俺はガブからもらったカードを差し込む。

 すると、ガコンと大きな音がして鉄の扉はゆっくり開いた。

 その中には、


「すッげぇ。真っ金金だ」


 金庫にはたくさんの金の延べ棒が綺麗に積まれていた。ざっと数えただけでも千本は楽に越える。一本ぐらい持って帰っちゃダメかな?

 欲が出てきたがすぐに考えを改め、目的のデータを探す。

 データなんてUSBにでもなんにでも入ってるもんだから探しようがないんじゃないかと思ったが、その考えははずれた。

 驚くことに分かりやすく小さなガラスの箱にUSBカードが入っていた。


「わっかりやす~」


 箱を開けてUSBを取り出した。何か罠があるんじゃないかと思ったがそんなことはないらしく、俺はすぐに金庫を後にした。



 ガブを探して俺は入り組んだ通路を歩き回る。だがいっこうに見つかる気配がしない。

 そんな時、一つの部屋から声が微かに聞こえてきた。


「あっ、んんっ、ちょっとぉぉお」

「綺麗なお肌してますね~? いつまでも舐めてられますよ~。ペロペロ」

「んっやぁぁ、かっ、快楽にはっ、屈しませんんん♡」

「うふふ~。我慢できますかね~? それっ!」

「にゃぁぁぁ! そこはっ、反則っうう、らめぇらめデスョぉ」


 イクミとガブの声だ!

 俺は勢いよく声のする部屋を開いた。


「おーい。データ手に入れたぞー」

「あ、」

「え?」


 が、入った途端硬直してしまった。

 俺の目に映ったのは、全裸のイクミとガブ。双方とも頬を紅潮させ、真っ白な肌がよく目立つ。イクミの上にガブが跨り、ガブがイクミの体を愛おしそうに舐めていた。イクミの体は汗とガブの唾液でヌルヌルとテカっていてめっちゃエロい。


「いや~お恥ずかしいところを見られてしまいましたね~」


 ガブはベットから降りてドレスを着だした。イクミのほうはビクビク痙攣し、ぐったりしている。


「あ、あの~、これは一体どういう?」


 なんとなく状況を整理してみたが意味が分からない。


「えへへ~。実はワタクシ、バイセクシャルなんですよ~」

「ば、バイセクシャル......」


 確か同姓も異性もイける人だったか。


「こう見えてワタクシ、結構性欲が強くて~、露出の高い服着てるキレイな女の子を見ると我慢できないんですよ~」

「ほ、ほお~、それであいつを襲ったと?」

「ハイ~。スッゴイ可愛かったんで!」


 人は見かけによらない。

 このことわざのいい例を見てしまった。まさかあのほんわかおっとりのガブがバイセクシャルの強姦魔だとは......。

 スパイってホント怖い。


 まさに『ミッション・淫・ポッシブル』。



 最初に言った通り入ったあとは出るのは簡単だった。エレベーターで一階まで一瞬で到着。


「じゃあUSBを見せてください。確認します」

「ほらよ」


 ポケットから出してガブに渡す。

 よく分からない小型のディスプレイの付いた変な機械にUSBを差し込んで中身を確認する。


「確かにアメ○カ政府がヨーロッパのカジノを裏で操っているという決定的な証拠です。ホントありがとうございました!」

「ああ、これからうちの機関とそっちの機関で仲良くしていこう」

「ハイ!」


 ま、俺はもうお前と会うことはないがな。

 しかし、最初はどうなるかと思ったがスパイやってみたら意外になんとかやれたな。

 ちょっと楽しかったぜ。休日は削られたけど......。


「それじゃ、またいつか会おうな」

「ハイ、さよならです~」


 そうして俺の長かったスパイ生活は終わった。たった二日間だけだったが、

超絶疲れた。




「はあ!? じゃあ平戸さんは俺がカジノに入りこんでるの気づいてたんすか?」

「うん、気づいてたよ。だからこそイクミを向かわせたんだから」


 現在、我が家に戻っていつものように平戸さんに飯を用意し朝飯を食っている。


「なんでイクミを向かわせたんすか? 気づいたならほっといてくれたらよかったのに」

「だってめっちゃカワイイ女の子と一緒にいたからさぁww」

「そんな理由で!?」


 相変わらず動機が狂ってる人だ。


「御主人様! 私その女のテクニックに感動をしマシタ! いつか御主人様を同じように御奉仕させていただきマス!」

「うん、期待してるよ~www」


 この二人の主従関係もいまだ健在である。


「おい神哉~、携帯鳴っておるぞ」

「あ、すんません」


 師匠がパジャマ姿で眠そうに目をこすりながら俺のスマホをもって来てくれた。

誰だろう? 見たところ知らない番号だが......。


『おはようございます~ゴットさん。MI6新人エージェント、ガブリエル・ライリーです。先日のミッションは本当にありがとうございました。この度ワタクシ、ガブはMI6初の日本支部に所属となりました。今後とも手助けしていただきたいと考えております。よろしくおねがいします』

「......」


 嘘だろおい......。

 面倒ごとがまた一つ増えてしまった。こんなことなら最初に会ったときにすぐ人違いだと言っていれば良かった。俺の休日はまたスパイに奪われてしまうのかぁぁ......。


『なお、この通話は五秒後に消滅する』


 その言葉があったのちに通話履歴からさっきの番号が消えていた。

 ......スパイなんて大嫌いだ!


 俺が憂鬱すぎて倒れそうになっている時だった。


「大変です! 大変です!」


 彼杵がリビングに飛び込んできた。


「どうした彼杵。顔色が悪いぞ」

「それが......、ナルシーが捕まったんです!」

「はぁ!?」


 カズが捕まった? ありえねぇ。アレでも一応ベテラン犯罪者だぞ。

 まさか、そんな訳......。


「もしかしたら裁判になるかもです!」


 次は犯罪者たちが違法弁護士と手を組むようです。

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