第二罪
No.3 サイコパスには厳重なご注意を?
サイコパス。それは平気で嘘をつき罪悪感と良心が欠如している。が、表面上はとても魅力的な反社会的人格の持ち主を言う。今回はそんな一人のサイコパスと出会った俺たち犯罪者の物語である。
「げぇー。超絶寒いじゃん」
「当たり前でしょ。今一月よ」
サヤ姉が大の大人が日付もわかんないのかと呆れるように言った。
すいません、日付なんて丸一年は気にしてませんでした。
しかし今は一月だったか。気づかぬうちに正月が終わっていたとは。
「やっぱり神哉くん仕事しすぎなんだよー。少しはお休みしたらどうです?」
「気遣いありがとよ。だが詐欺師に休みはない。ターゲットを探しておかなきゃならないからな」
そう言って俺を心配してくれた彼杵のほうをちらっと見てみる。
自分の髪の色と合わせたのか今日は桃色のコートドレスに黒いレディースのブーツというちょっと大人っぽい?服装だ。
モデルさんみたいだなーとか思っていると、
「彼杵ちゃんモデルみたいだね。泥棒から転職したら?」
珍しく酔っ払っていないしらふのカズが言った。
うん、俺もそう思うよ。同意見。
「駄目ですよー。そんなきっちりちゃんとした仕事したら、好きなときに愛しの神哉くんの家行けなくなっちゃいますもん」
「......」
どうしてそういうことサラッと言えるんだ。普通に照れるからそういうこと言うのは控えてほしい。少し赤くなってしまったであろう自分の顔をマフラーにうずめた。
その時、カズが指差して言う。
「あ、ほら。見えてきたぞ」
カズが指した先には某有名家具メーカー、ニ○リの文字があった。
「ホントですね。なんだか新品の家具の匂いがしてきました」
「嘘つけ。お前の鼻は犬か」
人間の一億倍かよ。
今日俺たちはご覧のとおり、いや見てのとおり? お読みのとおりだな。
とにかく俺の部屋がめちゃめちゃ殺風景だということで家具を買いに来ている。
言い出したのは彼杵なのに買う家具は全て俺の自腹になっている。俺、全然家具ほしいとか言ってないのに。
そんなこと思っているうちに店の前まで来ていた。ここまで来るとさすがに彼杵の言う新品の家具の匂いがする。
最初乗り気じゃなかった自分が嘘のようにウキウキしてるな。たくさんあるこの商品の中から自分のものになるものがあると考えると気分が上がる。
「神哉くん! まずはソファーから見ましょう!」
「よし、彼杵。お前のインテリアセンス全開で選べ! 高くても質のいいやつ買うぞ!」
「やぁーん。新婚夫婦みたいで良いしちゅえーしょんですね」
俺に腕を絡めてソファーコーナーへと引っ張っていく。意外と力強えな、こいつ。
「俺らのこと完全に忘れてんなー。あの二人」
「いいじゃない、若い二人にはついていけないから。年上は年上同士で見て回りましょう」
「俺もまだ若い方だと思うんだけどなー」
二十四歳男性は首をかしげながらアラサー女性に付いて行った。
二つのチームに分かれてそれぞれ家具を見て回ること二時間。時刻は十二時半過ぎ。携帯で連絡を取り合い、俺たちは合流した。
「いやー、いいもんいっぱいあったな」
「そーですねー。ひとつに絞るのが大変でしたよ」
「買う前にどこかでお昼食べましょうよ。あたし疲れたわ」
「俺も賛成~。腹減った」
カズとサヤ姉が手を腹に当てているのを見て、自分もおなかが空いていることに気づいた。
買い物を楽しみすぎて空腹感を忘れてしまったようだ。
「おし、そんじゃぁどっかファミレス行くか」
俺がそう声をかけた瞬間だった。
パァァン!!!
店の入り口で聞こえたその甲高い音。
ドラマや映画でしか聞いたことのないその音は。
「じゅ、銃声?」
彼杵が耳をふさぎながらおっかなびっくり音の方向を向く。
そこには銃を天井に向けて立っている男が一人。
「そうみたいね」
「こりゃマジでヤバそーだな」
周りの客もざわざわしている。
「全員手を頭の上に上げろ!!」
ドスのきいた低い声が店内に響く。
客たちは状況が飲み込めていないのかざわつき、その場に固まってしまっている。
静かにしろって。あいつらの言うとおりしないとめんどくせぇって。
あ、ほら。どんどん手縛られていってんじゃん。
「うっしゃぁぁ! この店の制御システムハッキング成功!」
強盗の一人がノートパソコンをブンブン振り回してはしゃいだ。
「よぉし、よくやった。監視カメラの映像を見せろ」
強盗グループのリーダーらしき男が、ヒゲをいじりながら男に命令する。
「監視カメラっすね。りょーかい」
パソコンを担当している男は、カタカタとキーボードを叩いた。
そのパソコンの画面を後ろから覗いてきた男が、
「ボス、サツが駐車場にぞろぞろ集まってますよ」
「よし、店内のスピーカーをつなげ。サツに交渉の時間だ」
リーダー男がニンマリと嫌な笑いを浮かべた。そしてパソコンに繋げたマイクに向かって話し始める。
「あーあー。聞こえているかー警察諸君。俺は強盗グループの一人だ。さっそくだが俺たちの要求を言う。一つ目、五億円。現金で用意しろ。二つ目、屋上にヘリを一台持って来い。以上だ。時間制限は設けない。俺たちはいつまででも立て篭もってやる。食料はまったくないが代わりにこの人質の生肉を食って生きてやるよ」
ぽいっとマイクを投げ捨て放送を切った。
うっわぁ……。マジで犯人の要求ってこんな感じなんだ。
犯人たちを見てみるとリーダーの男とパソコン男と銃を持った男が三人、店の中央のソファーコーナーにあるソファーに腰掛けている。そしてもう一人銃を持った男が店内を歩き回り見回りをしている。犯人は全員で四人のようだが、なぜ四億じゃないんだろう。
「五億かぁー。そんだけあったら一生働かなくていいな」
カズがのんきな口調でそう呟くと、
「それよりもあいつら今人質の生肉食って生きてやるって言ってましたよ。マジで頭イってるでしょ!」
取り乱すように彼杵が小声で叫ぶ。
「いわゆるサイコパスってやつね」
「確実に狂ってんな」
俺たち四人は今、店の端の方、ベットコーナー側に縛られて座っている。銃声が鳴ったときにいた場所に人質は座らされているのだ。
俺たち人質の監視も一人だから仲間内で小声でなら話すことができる。そのせいもあって言うほど怖くわない。
いや、そーでもないみたいだ。彼杵は結構ガチでビビッてるみたい。小刻みに震えている。小動物みたいでカーワイーイ。
そんな人質とは思えないほどのんきなことを考えていると、それ以上に能天気な声がした。
それも後ろのデカいダブルベットから……。
「ふぁぁぁぁぁあ。超寝た」
俺たち四人はいっせいに後ろを振り返った。
ダブルベットからのそのそ出てきたのは一人の男。
見た目からは年齢の予測ができない。童顔をしているが雰囲気は成人。身長も平均的? いや、いくつか分からんから平均も分からないか。髪型は普通。好印象も悪印象も与えない黒髪。マジで普通。
顔立ちも一般的。整っているわけでもなくブサイクというわけでもない。
「あれ? 何これ。どーゆー状況?」
「あんたこそ何してんだ。まさかベットで寝てたのか?」
俺が代表して訊いた。
すると、
「うん、寝てたよ。昨日の夜から。僕ホームレスでね~。閉店ぎりぎりに店に入り込んでベットで寝ることがよくあんのよー」
嘘だろ……。普通に不法侵入じゃん。
「しかし、見たところこれは強盗が入ったのかな?」
「あぁ、理解が早くて助かるよ」
「とりあえず、縄ほどいてください!」
彼杵が自分の手を差し出した。
が、しかし。
「えーヤダよー。人助けなんて僕、柄じゃないし。それに縄ほどいてるの見つかったら僕絶対殺されるでしょ。例え縄ほどいてるのバレなくてもこんなに大人数で逃げたらみつかるじゃん」
よくこんな状況でペラペラ喋れるなー。馬鹿なのかそれともこういう状況に慣れているのか。
うーん、分からない。
こいつ表情が一切変わらないんだよ。怖いぐらいニコニコしてる。
「はぁぁ!? 縄ほどいてくれるくらいいいじゃないですか。後は私たち勝手にするんで! あなたには、良心ってものは無いんですか?」
「泥棒がそれ言うのね」
サヤ姉が呆れたように笑う。
しかし彼杵の言い方は、確かに人間ならば少しは心揺れる言葉だ。
良心は無いのかと言われれば考えも変わるんじゃないかな。
と思っていたのだが、
「良心? いやいや、僕そんなに君たちに想い入れがあるわけじゃないし当然じゃない? さっきも言ったように君らの縄ほどいて君たちが逃げる。それが見つかったら君たちだって殺されるよ? これは僕なりの良心なんだけど」
あーこりゃ駄目だ。これ以上は何言っても通用しねぇわ。
「それじゃ! 僕は逃げるから。バイバイ!!」
悪気が一切ない笑顔でホームレス男は敬礼すると、勢い良くベットから降りようとした。
が、思いのほかフカフカすぎたのかそのまま派手にすっころんだ。 当たり前だが見回りの男に見つかってしまう。
「おいてめぇ! 何してんだこら!!」
「今日の僕、運勢凶みたい......」
「おら! こっち来い」
ズルズルと引っ張られていくホームレス男。まさかとは思うが殺されたりはしないだろうか。
「ボス! こいつが逃げようとしてました」
「ほぉぉ。ただ殺すのも面白くないからなぁ。おいお前ら、殺さないようにいたぶってやれ」
ニヒルな笑みでリーダー男が命令を下す。
「うっしゃぁ。ちょうどパソコン作業に疲れてたとこだよ~。いい気晴らしになるぜー」
パソコン男がこぶしをブンブン振り回しながら言うと、ホームレス男の腹を思いっきり殴る。
「ぐっは......」
当然だが殴られてえずくホームレス男。強盗たちは休む暇なく腹、顔とすみずみまで殴る。
ホームレス男は抵抗できるはずもなく、ひたすら殴る蹴るの暴行を受け続けるしか無いかった。
だが俺が何かをしてあげられる訳でもない。
俺たちはそれをただただ呆然と眺めるしかできなかった。
「おい。そこまでにしとけ。そろそろそいつ死ぬぞ」
軽く百発以上はボコられたくらいだろうか。ぐったりとして口と鼻から血が垂れている。
「ふぅぅ。いい気晴らしになったぜ。ありがとよ!」
パソコン男が言いながら殴る。そして銃を持った見回りをしていなかった男が俺たちの方へ、ホームレス男を蹴りながら転がしてきた。
「もう逃げ出そうとか考えるんじゃないぞー。次はマジで殺すからな」
吐き捨てるように言うと、また元の場所に戻っていった。
「おい。大丈夫か? 生きてるよな?」
カズが顔を覗き込んで心配する。
「うーん。痛いぃ。痛いぃ。痛いぃ」
顔はあざだらけで、血は止まることなく流れ続けている。
マジで痛そう。
「いらいらするなぁ。むかつくなぁ。いらいらするなぁ」
男はゆっくりと起き上がった。そして髪を掻き毟り始めた。
「いらいらするなぁ。むかつくなぁ。殺してぇよぉ」
「おい、落ち着けって」
あきらかにおかしい。とち狂ったかのようにこの文を繰り返している。目の焦点があっていない。怖い。
「おい。お前なにやってんだ! 静かにしろ!!」
見回りの男が銃を向けながら近づいてくる。そのときだった。
「殺す」
さっきまでのおちゃらけた声とはうってかわって、低い声でボソッとホームレス男は呟いた。
そして目にも止まらぬ速さで銃を奪い取る。あまりの速さに取られた男もポカンと口を開けて驚き、立ち尽くしていた。
パン、パン!!!
ホームレス男は二発銃を放つ。撃たれた男はその場にぶっ倒れた。
死んだのか?
しかし、こいつ銃の使い方に手馴れているな。ナニモンだよ、マジで。
「てめぇ、何しやがる!!」
当然ながらパソコン男と銃持ち男が走ってやってくるが、
パン、パン!!!
今度は一発ずつ二人に当てた。そして走ってきた二人は無残にも倒れた。
「ホントに殺した?」
彼杵がビクビクしながら聞いてくる。
あ、そーだよ。つい普通に見てたけどこのホームレス男、人殺してたよ!?
「アハっ。僕は悪くないよ。僕をボコボコにしてきたこいつらが悪いんだよ」
これまで、というか会って一時間も経ってないが、見たこと無いぐらいのとてつもないニコニコ笑顔で言った。正直怖い。
「あんた、ナニモンなんだ?」
カズが引き気味に聞いた。
「僕は
平戸凶壱......。なんか聞いたことあるな。思い出せないけど。
「そして! 僕の気に食わない奴らは全員、人生で今日を一番最悪の日にしてやる」
そう言ってニッコリ笑うと、ダッシュで逃げようとしていたリーダー男に一発、銃を撃った。
「ぐあっっ」
男は倒れ、平戸凶壱が歩いて男に近づく。
その時に調理器具コーナーからフライパンを持っていっていた。
「さっき、僕を殴れって命令したの君だよね? 実はあれ、僕結構頭にきてさぁ」
言った途端にフライパンで男の顔面を叩く。
「気が済むまで叩かしてもらうけど、僕悪くないよね? だって君も僕をボコボコにさせるように命令したんだもんね?」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
平戸凶壱は何度も男の顔面だけを叩き続けていた。
そのときの表情は人に暴力をふるっているような顔でなく、買ってきた新しいゲームを遊ぶ子供の無邪気な笑顔のようだった。
「ふぅ~。結構汗かいちゃったな。僕そんなに叩いてたかな?」
平戸は俺たちの縄をほどきながら聞いてきた。
いやいや、そんなにとか言うレベルじゃない。千発ぐらいは叩いてんじゃないか?
途中、どっちが犯人って思っちゃったもん。他の客たちも平戸に目を合わせちゃいけないと言わんばかりにそっぽ向いている。
「すごいわね。一人で強盗団四人を倒しちゃうなんて」
「いやー、カワイイ女性にそう言われるとすっごく嬉しいなぁ」
「ちょっとちょっと。あたし聞き間違いじゃないわよね。あたしのことカワイイ女性って言ったわよ。まだあたしをカワイイと思ってくれるなんて。魅力的だわ......」
サヤ姉がうっとりした顔で平戸を見つめている。
確かに魅力的な言葉だが、魅力的過ぎる。 どうにも表面上だけっぽく感じるが、顔は嘘をついているようには見えない。
そんなこと思いながら平戸を見ているときだった。
「ふっふっふっ」
フライパンでボコボコの男が笑った。
「おっやぁ? 叩かれすぎて頭おかしくなっちゃったのかな」
「ふふっ。いつ俺たちが全員合わせて四人だと言った?」
まさかとは思っていたがどうやら思っていた通りのようだ。
どこかにもう一人仲間がいるってことだな。だから四億じゃなくて五億だったんだ。どこだ、どこにいる。キョロキョロ周りを見回して探してみるが見つからない。
「やれっ。撃てっ!!」
リーダー男が叫んだ。その瞬間、
パアン!!!
非常口から男が出てきて平戸に向かって銃を撃った。
「危ない!!!!!」
俺が銃声の聞こえた瞬間に叫んだ。
カァン! パァン!!
「ぐはぁっ」
何が起きたのか理解できなかった。撃ってきたはずの男がその場に倒れた。
平戸は余裕の表情で立っている。
「何? 何をしたんだ? 何が起きた?」
カズが頭を抱えて驚いている。
「フライパンで弾をはじいたんですよ。その後に、早撃ちであいつを撃ったんです」
「え、何。彼杵見えたの」
さすが泥棒。目は良いようだ。それにこの中じゃ一番若いしな。
いや、それよりもフライパンで銃をはじくとか平戸もめっちゃ反射神経いいし洞察力やべぇな。
「まだ、懲りてないみたいだなぁ。今度こそ殺してやろうか」
「おい待て! これ以上人殺しはすんな!」
俺が男のほうに近づいていく平戸の肩をにぎって止めた。
すると、何言ってんだみたいな顔して、
「僕人殺しなんてしたことないよ?」
「は? いやいやだってそこに倒れてるじゃん」
「よく見なよ。動いてる動いてる」
え?あ、ホントだ。少し動いてる。ってことは誰も殺してない?
一番最初に見回りしていた男がむくりと起き上がって言った。
「なんだ? 腕が動かない。何でだよ!? 腕の感覚がねぇ!」
続いてパソコン男ともう一人の男が、
「駄目だ。俺は足の感覚がない。動かせねぇよ!」
「俺もだ! 腰から下が動かない」
なんだ?
こいつら感覚が無くなっている? 何が起こってんだ?
「殺さない。けれど死んだほうがマシだったと一生思わせたくてねwww」
おいおい。ってことは感覚がなくなるようにちょうど弾を撃ったってことか!?
ピンポイントに後遺症が残るように狙って!?
ありえねぇだろそんなの!
「強盗に入ったことを一生後悔するだろうね。アハハッ。愉快痛快。フフフフ。僕の気に食わない奴らは全員精神的に殺してやるんだよ。そこから自殺でもなんでもすればいいさ! アーハッハッハッハ。イヒヒヒヒヒヒヒ」
こいつはやばい。マジで頭イってるわ。そんなこと人間の考えることじゃねぇよ。なおも笑い続ける平戸になんと声をかければよいのか分からず俺たちはただ立ち尽くしていた。
これが俺たちと史上最悪にして最凶に頭おかしいホームレスのサイコパス、平戸凶壱との出会いだった。謎多きこの男は俺たちにこれから降り掛かるいくつもの災難にいつでも関連してくる
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