第14話 回想5



 いつも先に来て待っていてくれる彼女が、珍しくいつもの場所に居なかった。

 私が早く着いたわけじゃないから、彼女が待ち合わせの時間に遅れているということになる。不思議に思いつつも彼女より先にこの場所にくることが出来たのでちょっぴり嬉しい。いつも来るのが遅いと怒られているので、今日は彼女がどんな反応をするのか楽しみだった。


「おっと」


 人の気配を感じたので草むらに身を隠しながら周囲をうかがうと、屋敷の使用人たちが慌しそうに走り回っていた。いつもだったらこの辺りに私と彼女以外の人が来ることはないんだけど……。様子がおかしいので、余計な詮索をしないで大人しく隠れておこう。きっとこの騒ぎで彼女もこの場所に来ることが難しかったのだと思った。


「でも、何があったんだろう?」


 気になるけれど、動いてこの屋敷の人に見つかると彼女に迷惑がかかるし、自分も怒られる。人がいなくなるまで私はしばらく動かずに息を潜めていた。

 それから1時間後ぐらい経ったころ、ようやく誰もいなくなったので辺りが静かになった。辺りを見渡して彼女の姿を探すと、ゆっくりとこちらへ歩いてきている人影を見つけた。念のため身を隠したままで彼女かどうかを確認する。顔を伏せていてわかりにくかったが、彼女だ。


「遅かったね。何かあったの? 屋敷の人たちがうろうろしてたけど」

「……………………別に」


 いつもと変わらない無表情な顔だったけど、何故か元気がないように思えた。彼女に何かよくないことでもあったのかもしれない。何があったのか本当のことを知りたいけれど、自分のことをあまり語りたがらない彼女は絶対に答えてくれないだろう。彼女に嫌われたくないので、しつこく聞くのも躊躇われた。

 でも、やはり彼女の雰囲気がいつもと違っている気がして、心配だった。


「………大丈夫?」

「何が」

「なんとなく」

「変なこと言うのね……」


 力なく微笑んで、彼女は細めた目で私を見つめる。

 何故か彼女の目に囚われたような感覚に陥って、身体が強張った。

 彼女は突然、私の腕を抱きしめるように掴む。


「え?」

「……………………」

「な、に?」

「貴女は、貴女でいてくれれば、それでいいの」

「どういう……」


彼女の言いたいことがよく解らなくて、首を傾げた。


「それだけでいい」


「う、うん?」


 とりあえず頷くと、彼女は腕を抱きしめる力を少しだけ強めた。

 私は何も出来ずただその場に立っていることしか出来ない。

 小さな身体を抱きしめる事も、優しい言葉をかけることも出来ず。


「身体……温かいわね」


彼女の悩みや、苦しみや、悲しみを……理解してあげることが、私にはできなかった。



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