第百四一話 念力老人 対 狂科学者 その4

 ゼフは、自分の名前を叫ぶなり、スリニアがやられたあの尻尾の刃が浩に急速に這い寄ってくる。

 浩はそれを最小限の念力で受け流そうと試みると、あっさりと逸れて向こうの壁に突き刺さった。


 (よし、確かに速いが重くは無い!)


 まずは一つ、ゼフの攻略方法を解いたと思えば、今度は瞬く間に、エドナを喰った怪物が目前にまで迫っていた。

 声も出ないくらいの迫力ではあったが、とっさに重い体を投げ出す。

 地面を擦りながらも、あの噛み付きを避ける。


 「回避で精一杯のようだな」

 「お主......それがお主の能力か......」

 「能力ではないな。『飼っている』のだ」

 「まさか......」

 「そう、私は生物改造の天才だぞ? 自分の体に私に従順な生き物を埋め込むことぐらい容易いことだ」


 ゼフは牙を剥き出しにしながら語る中で、浩は彼に狂気を感じる。

 自分自身を施すのは、狂科学者を極めたといってもいい。


 「来るってるのぉ......」

 「ありがとう」


 ゼフはそう言い捨てると、またしても黒いのが目を赤く光らせながら浩に襲い掛かる。

 これを念力を使いながらうまく避けるので今は精一杯であった。


 (奴を、あの二匹の化け物を仕留めれば......!)


 浩が狙うのはゼフの背中にいるその化け物。

 どちらも首だけでゼフとつながっているが、あれを切り離しさえすれば何とかなると見た。

 浩は仕込み杖の剣を抜くと、ゼフに対して接近戦を挑む。


 「接近戦と来たか......」


 ゼフは冷静に尻尾を現して、浩の刀と交える。

 迫ろうとするが、それに阻まれてしまうので、まずはそれを断ち切ろうと考える。

 浩は尻尾の動きを見切ると、尻尾の刃がある部分を全て切り落とした。


 「ん!?」


 ゼフが若干顔をしかめてるところを、好機と見た浩は一気に距離を詰める。

 しかしそう簡単にはいかない。

 刀で斬りつけようとすると、スゥっと遠ざかっていく。


 「く、それも身体改造か......!」

 「その通り! 虫型の足を付け足してやった」


 薄く汚れた白衣では見えないが、その中の脚すらも改造されているという。

 その後、幾度も幾度も接近するも、そのたびにすぐに距離を取られてしまう。

 しかもさっき切ったはずの尻尾も復活し、逃げる際に浩を襲う。

 僅かな体力も削られて、まともな攻撃ができなくなった念力は、もはや少しも出せるような状態ですらなくなった。


 「ぜぇ......ぜぇ......」


 胸が苦しい。

 めまいがする。

 浩はとうとう悲鳴を上げて、膝を地に着ける。


 「フッフッフ、もう息切れか? ナンバーズ4人がかりでもってしても私には敵うことはなかったか......なあ、ナンバーズが聞いてあきれると思わないか? お前以外の3人は1分どころか20秒と持たずに撃沈されてしまったのだぞ?」


  顔を俯けさせていると、上からカサカサと音がする。

 その次には影が、ゼフの影が忍び寄ってくる。


 「......が、お前はどうやら違ったようだな。他の雑魚どもとは明らかに一線を画していた。お前が卵の全滅に全力を注いでなかったら私は確実に負けていた。だから私は敬意を表したいと思う」


 この状況、はたから見ればもう勝敗は決したようなものである。

 だが、浩は決して敗北を確信したわけではなかった。

 あと少し、あと少し近づけば......。


 「お前を実験台に使ったり等はしない。なるべく痛くないように、楽に殺してやる......」


 ゼフはそう言って、恐らく黒い怪物だろうか、呻り声をあげてさせながらまたこちらに近づいてきてくれた。

 完璧だ。

 これこそ浩にとって絶好のチャンスだった。


 「さようなら、No.2――!!」

 「今じゃっ!!」


 浩はとっさに油断したゼフの懐に入り込むと、そこを通って一気に背中まで周りこんむ。

 そしてすかさず、刀で怪物とゼフでつながっている根元を断ち切った。


 「な......!?」


 ゼフが感嘆の声を上げたころには、生命源を失った首が地面に転がっていった。

 この流れのまま、今度は背中を斬りつけて致命傷を負わせようとするが、その右手が痛みを伴って何かに掴まれた。

 見ると、肩から出てきた、牙のある小さな口にそれを止められていて、浩はそれに引っ張られて遠くに飛ばされていく

 壁に思いっきり激突すると、浩は大きな衝撃を感じながら地面に倒れ込む。


 「が......!?」


 口から血を吐いている浩は失望する。

 これが最後の賭けであったが、失敗してしまっては、もう本当に勝ち筋がなくなってしまった。

 そんな中、ゼフは顔を険しくさせながら急接近する。


 「おのれ、図ったというのか! おかげで折角改造した私の犬|・がやられてしまったではないか! だがお前も油断したな。私にはもう新しい武器が無いと思ってたのか!」


 するとゼフの腹に異変が起き始めた。

 衣が破け始めると、そこからは長い牙が見え始めた。

 やがてそれは、大きな口であることが判明した。


 「さあ、これで本当に終わりだ。お前はこの私に喰われるのだ!」


 ゼフは声を荒げながら、腹の口を大きく開ける。

 浩は自らの死を悟った。

 自らのせいで、3人もの仲間を失うことになってしまう。

 生涯の最期がこんなにも惨めな結果になるというのは、想像もついてなかった。


 (これが......これがわしの運命というのか......!)


 心のそこで悔しさを募らせつつ、目を瞑った。

 恐らく痛い、だがすぐにそうではなくなるだろうと、浩は考えていた。

 ......だが、その痛みというのは、いつまでたっても来ることはなかった。


 「......なん、じゃ......?」


 そろそろ不審に思った浩は、目を小さく開けてゼフを見ると、目を見開いた。

 ゼフの胸部からは、青白く光るものが飛び出していた。

 その上部、その光が斬ったのであろう跡は、脳天から続いていた。


 「......ああ、油断していたのは、私のほう......だったようだ......な......」


 光がゼフの体から引き抜かれると、彼はそのまま力なく倒れて行った。

 倒れたゼフの背後には、その剣を装着しているベンガルが立っていた。

 申し訳なさそうな表情をしていた。


 「足羽さん......僕の力不足でこんなことに......」

 「マ、マクレン......」


 予想外の展開で未だにあっけにとられている浩を、ベンガルは浩の肩を持って上がる。

 浩はベンガルの手を借りながら、ひとまずは瓦礫のない場所へ移動する。


 「後で救護隊を呼びます、もう少しの辛抱です。僕の近くで倒れていたエドナさんはまだ息をしています、大丈夫です。スリニアさんはまだ再構築に時間がかかっています。はい、ここで休んでてください」


 ベンガルはゆっくりと浩を下す。

 彼のことを、もはやただのお荷物に過ぎないと考えていた。

 なのに、止めの言ってはその『お荷物』によって下された......何とも皮肉であった。


 「ベ、ベンガル......」


 浩は向こうへ行こうとするベンガルを一回引き留める。


 「はい?」

 「す、すまんな......」

 「いえいえ、それは僕が言うセリフですよ。すみません」


 ベンガルは微笑んで返事を返すと、そのままエドナの方へと行った。

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