第百三六話 白い天井

 「んん......」


 サナに抱かれて気絶して、どのくらい経ったか。

 目覚めて少しずつ目を開けてみると、白い空間が視界一面に入り込んできた。

 死んあの世に逝ってしまったのかとも一瞬思ったが、何か掘られたような模様が多数見え、何かの建物の天井と分かる。


 (ここは......病院かな?)


 要はたった今起き始めた脳で察する。

 あそこから、病院に運ばれたのだろう。

 段々と視界がはっきりしてきたころ、「あら、起きた」と右の方で声がしたので、ゆっくりと首を振ってみると、二人いた。

 一人は狐耳の着物の服の女性が座り、もう一人は病衣を着て病院で買ったとみられるおにぎりをかじっている白髪の女が立っている。


 「おはよう要」


 サナはにっこりとやわらかい笑顔を要に向ける。


 「サナ姉と......サラ?」

 「おっす」


 サラは手を小さく上げて応える。

 なぜこんなところにいるのかは分からなかったが、患者の服をきているから恐らく彼女も負傷者なのであろう。


 「サナ姉、何日寝てたの......?」

 「4,5日ぐらい」

 「そう......痛っ!!」


 ちょっと体を移動させようとしただけなのに、それだけで胸の下あたりに鈍い痛みが広がっていった。

 やはりこの前の戦いでダメージを受けすぎたか。


 「あらら、ダメよじっとしてないと」

 「ど、どこ怪我してるの......?」

 「えっと、肋骨骨折、左腕骨折、脳震盪のうしんとう、打撲複数個所......」


 その数の多さにゾッとする。

 何故今自分が生きているのかが分からないくらいの重傷だ。


 「うひゃあ恐ろしい。私だってお腹を横にパックリされたっていうのに......」


 サラの傷も大概なのだが、それが霞んでしまうように感じる。


 「闘ってるときはそんな痛くなかったのに......なんでだろ」

 「そんなもんよ、集中してたら」

 「サナ姉はそんな経験あるの?」

 「え? うーん......」


 サナは首を捻らせながら考えていたが、結局答えは「ないかも」であった。

 大体予想通りであった。

 傷を負ってもゾンビの如くすぐ治っちゃうし、そもそもちっとやそっとの攻撃じゃダメージすら受けないのだから。


 「......じゃ、無事目を覚ましたことだし、私はこれで失礼するよ」


 と、サラはおにぎりの最後の一口を頬張ると、クルっと体を回して病室を出る。

 その出口から姿を消した時に、「お、起きてたのか」と驚く声を出したのが聞こえたと思ったら、サラと入れ替わる形で、麗美が、やはり病衣姿で入ってきた。


 「要......!」


 麗美は一瞬はっとした顔をしたあと、喜びながら要の方に急ぎ足で歩き、要を布団越しに抱きついた。

 布団がクッションにはなっているものの、締め付けが強くて痛い。


 「ごめん、私のせいで本当にごめん......」

 「レミ姉、痛い」

 「ごめん......」


 素直に離した姉の目からは涙が浮かんでいるのが分かった。

 よほど要のことが心配だったのだろう。


 「レミ姉はどうなの」

 「私はちょっとお腹の中が傷ついただけよ」

 「なら、よかった......」


 要はそれを聞いてほっとする。

 フェンディに薙ぎ払われたときはどうなるかと思っていたが、致命傷にはならなくてなによりだった。


 「要、ありがとう。私を助けてくれて......」

 「へへ、レミ姉もありがとう」

 「え?」

 「あの時さ、レミ姉が弾を撃ってくれなかったら多分負けてたかもしれなかった。ありがとう」

 「......うん」


 そういった麗美は頷きながらニッコリと笑った。


 「そういえば要ね、私が止めようとして抱いたら、『お母さん』って言ってたわね」


 サナが笑いながら話題を持ち出してきて、ふとあの場面が脳裏に浮かびあがってくる。

 満身創痍であったのもあってか、休息の地にたどり着いたような感覚だった。


 「......うん、まあ、なんというか、お母さんの温かさに似ていたんだ。その頃の記憶はほとんど忘れてちゃったけど、それだけは覚えているというか......」


 感覚的にだが、残っている。

 髪は長かったが、4年と少ししか一緒にいなかったので、顔は良く覚えていない。

 けど、母親に抱かれたときや、一緒に寝ているときは、この上ないほどの安心感に包まれた。

 サナのはそれに近かった。


 「でも、いなくなった。レミ姉が言うには、お父さんが事故で亡くなって、それでお母さんが面倒を見きれなくなって......でも、レミ姉やサナ姉もいるし、私は今のでもいいかな」


 と、要は微笑む。

 母が懐かしいからって、別に昔に戻りたいなんてことは考えていない。

 今のままでも十分満足なのだというのが要である。


 「お母さんが好きだったのね......はぁ、にしてもあさっては作戦実行ね」

 「何それ?」

 「今度ね、アービターっていうエネミーの組織を倒しに行くんだよね。疲れる」


 サナはだるそうに大きくため息を吐く。

 それと何故か、麗美が少し険しい表情になった。


 「また遅刻するんでしょサナ姉」

 「いやいや、しないしない」


 サナが笑顔で手を振って否定すると、椅子から立った。

 どうせまた遅刻するのだろうと思いながら。「じゃあね」と一言サナに発する。


 「うん、安静にしてるんだよ」


 と言いながらサナは出て行った、そしてその時に異変に気付いた。

 出入り口を出て右に向いたときのサナの表情が、一瞬鋭かったように感じた。

 まるで、今その場でエネミーと対峙した時のようであった。


 「え......サナ姉、なんか怖かった」

 「うん、そうね」


 麗美は彼女に相槌を打ったのだが、それはまるでサナの表情の理由を知っているようだった。

 真剣な顔が、それをさらに明らかにさせている。

 だから麗美に聞いてみた。


 「え、レミ姉、なんか知ってるの?」

 「さっきお姉ちゃん、『アービター』って言ったわよね」

 「うん、組織の名前だけど、それがどうしたの?」

 「要は、知らなかったっけ?」


 彼女は知らなかった。

 アービターと、サナとの関係を。


 「『アービター』――それはお姉ちゃんが最も憎んでいる組織」

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