第百二九話 時止めと陰陽師 その1

 昼下がり、邸の敷地内に入り、扉に向かって小走りする、黒髪の少女、メアリー。

 学校帰りなので、制服姿である。


 「ただいま!」


 エントランスに向かって元気よく挨拶をするメアリー。

 しかし、普通なら曉かミカが応えてくれるのだが、そこには誰もいないし、返事も聞こえない。

 少し待ってみるが、シャンデラスのみが光源の空間にはメアリーの声以外は何も響かない。


 「......あ、あれ?」


 予想と違っていて、肩透かしを食らったような気分だ。

 ミカはまだ任務中だというのなら分かるが、曉も返事がしない。

 少し不気味にも思えてきたが、とりあえず中に入ってみる。


 「おーい、曉ー」


 定期的に曉の声を呼びながら、クローゼット部屋にに向かう。

 しかし結局、その部屋にたどり着くまでに、誰も返事をしなかった。

 曉もどこかに出かけたのだろうか。

 だとしたら、扉を開けっ放しにはしないはず。

 ますます怖くなってきた。


 「なんなんだろう......」


 そういいながらも、制服から普段の白いドレスに着替え、今度は自分の部屋へ歩く。

 また曉を呼びながら進んでいくが、ただただ廊下にこだまするだけである。

 やはり、何も起こらずに自分の部屋の前まで来た。

 もしかしたら、ここに曉がいるかもしれない。

 


 「曉ー......?」


 小さくつぶやきながら、ドアをゆっくり開けてみると、目の前に人影が見えた。

 まさかと思い見てみると、本当に曉だった。


 「曉ぃ、何回も呼んだのになんで返事を......」


 そう問いかけようとしたところで、曉の険しい表情を見て口が塞がる。

 とてもこのような質問を投げかけられる雰囲気ではない。


 「え......曉?」

 「妹様......誠に申し上げにくい事実ではございますが......」

 「え......」


 突然重たい声で曉が言うと、懐から封筒を取り出し、さらにその中から折りたたまれた紙を出して見る。

 何が始まるのか全く分からず、ただ戸惑う。


 「......ミカ嬢様は、『アービター』と名乗る組織によって捕縛されました」


 その言葉を聞いたとき、能力を使ってないのにもかかわらず、自分の周辺が凍りついたかのような感覚に陥った。

 

 「ほ......ほばく......?」


 メアリーは、その言葉の意味が分からないかのように返す。

 当然、その意味は分かっていた。

 だが、にわかには信じられないのだ。


 「この送られてきた手紙にには、そう記されています......」

 「お姉様が捕まるわけないわ!!」

 「しかし、作戦終了後もお嬢様はここには戻ってきて居られません」

 「きっと何かの手違いよ! 何でお姉様が!!」


 メアリーは憤怒して曉に迫り、ひたすらに問い詰める。

 その時の曉の顔は、暗く、悲しむ顔をしていた。


 「現在、ミカお嬢様とは連絡が取れず、安否も不明の状態です」

 「死んだっていうの!?」

 「そんなことは、ないはずですが......しかし、これは事実として受け止めざるを得ません......」

 「......」


 メアリーは目に涙を浮かばせながら、その場に崩れこむ。

 彼女にとって義理とはいえ姉のミカがいないのはこの上なく耐え難いことであった。

 この現実を受け止めるのも、かなり辛いことであった。


 「なんで......なんで......」

 「......では、失礼いたします」


 曉は彼女の気持ちを察するかのように小さく言うと、その場から退出しようとする。

 その時、嘆いていたメアリーは、あることに気づく。

 自分が問い詰めたとき、曉はなぜか手紙を後ろに回し、見せてはくれなかった。

 何かあると思ったメアリーは、涙を拭って、曉を引き留める。


 「......曉、そこには何が書いてあったの?」

 「......さっき申した通りです」

 「見せてみなさいよ」

 「......お断りさせていただきます」


 やはり何かある。

 曉は隠す事が下手だ。


 「見せなさい」


 メアリーはそういいながら、自らの能力を発動させる。

 『世界凍結ワールド・フローズン』......メアリー以外のあらゆる時間を止めてしまう。

 まるで、自分以外のものが凍りついたかのように。

 曉の元へ行くと、しまいかけてある封筒をスッと手に取り、彼から離れながらその紙を見る。


 『ミカ・レヴェリッジは、アービターが捕らえた』


 確かに、こう書かれていた。

 落胆して、顔を俯かせると、その下にも何か文章がかいてあるのが見えた。


 『解放には一つ条件がある。ナンバーズ一人を先頭不能、もしくは殺害しろ。ただし手負いのものは駄目だ。その暁には、ミカ・レヴェリッジを放してやろう』


 その文章を見た瞬間、反射的に笑いがこぼれた。


 「ハ......アハハハハハ!」

 「......あ、妹様!?」


 時止めを解いたので、盗られた事に気づいた曉が後ろで動揺しているのが声で分かる。

 そんなことは気にせず、その文字を凝視しながら歓喜する。


 「ナンバーズで下位は......安倍泰昌! N市の神社だから、そう遠くは無いわ!」


 そうと決まれば、早速自分の棚を開ける。

 そこには投げナイフがいくつも装着されたベルトがあり、それを四肢に装着する。


 「妹様、本当にやるのですか?」

 「もちろんよ」

 「罠の可能性もありますが......」

 「やらなかったらお姉様は絶対に帰ってこないわ!」

 「しかし妹様......」

 「曉はお姉様を助けたくないの!? なんでよ!!」


 メアリーは感情的になり、咎めている曉を睨む。

 曉のそれに驚く顔を見て、開きっぱなしの扉へ歩く。

 これも全てミカのためだ、何をしよう経って構わない。


 「......ならば、構いません......」


 曉は一転してメアリーの行動を許した。

 意外だったので思わず足を止める。


 「......しかし、それで本当に、ミカお嬢様は喜ばれるのでしょうか......?」

 「......」


 その言葉が心に刺さった。

 彼の言葉に、一瞬ではあったが、そうかもしれないと思った。

 しかし、直後にそれを自己否定し、全力でドアを閉めた。


 ※ ※ ※


 「......」


 曉は立ち尽くしていた。

 あそこまで強気な姿勢を見せたのは、今回が初めてかもしれない。

 それだけミカに対する執着心が強いということなのだろうか。


 「メアリーお嬢様、あなたの気持ちは理解できます......」

 

 だが、メアリーが出ていく時の背中を見て、決してそれだけではないと感じた。

 そして、彼女自身も薄々分かっているのかもしれないと。

 だが......もしこれをメアリーに言っても、恐らく聞き入れてはくれないだろう。


 「しかしそれは......ミカお嬢様を助けたいという情ではなく、もはや貴方自身の『エゴ』を満たすためなのでは無いでしょうか......」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る