第九十五話 その後
「あーあ、疲れた......」
アマツは何かが重くのし掛かっているような肩をダルそうに揉む。
ディフェンサーズの本部の内部はいかにも頑丈そうな金属類、もしくはコンクリートでできており、装飾などの無駄があまりない、よく言えばシンプル、悪く言えば味気ない構造となっている。
アマツとアリアスの二人はその廊下を歩いている。
「結局もらったのが感謝状だけか......ナンバーズ昇進はさすがにないかぁ」
「高望みね。サラさんのリフレクトとの戦い、恐らくタイムリミットさえなければ塵にして殺してたわ。2人掛かりでも倒せないんじゃそりゃ無理だわ」
アリアスはその感謝状の紙を筒状に丸める。
確かにそうである。
あの時、サラはリフレクトを徐々にではあったが追い詰めていっていた。
彼女が戦っていたのはリフレクトではなく、時間といっても良いぐらいだ。
「ああ、そうか......でもさっきの式は本当に詰まらなかったな、前みたいに食べ物も無かったし、ただこの紙を貰うだけだったし......」
アマツがその紙をヒラヒラと煽っていると、「ぼーん」という幼女声と共にアリアスが前に体を反らす。
「んっ!?」
唐突だった、アマツは一瞬心臓が浮いたような心地がした。
「アリアスー!」
アリアスの後ろに乗っかっているのは、純粋な黒い瞳をもった少女である。
「あ、なんだ」
アリアスはその後ろ顔を見た瞬間、緊張を解いたような笑顔を見せる。
アマツもこの顔には覚えがあり、その人の名前を必死に思い出す。
「えっと......柊琳だったっけ?」
「お見事!」
琳は満面の笑みを浮かべる。
アマツからは何かの安心感が浮かんでくる。
「......で、なんでいるの?」
「ここ、私のお家です」
「は?」
アマツは一瞬琳の言うことが理解できなかったが、それは彼が忘れていただけのことであった。
「上級以上の戦士にはこの施設への居住権が与えられているんだけど......今まで知らなかったの?」
背中に琳を引っ付かせた状態でアリアスに呆れの言葉を突き付けられる。
彼は恥ずかしさからか、冷や汗をかいた。
「ああ、まあ......」
「でも、つまらないですよ? 内装があまりにもひどいです。まるで格子の無い拘置所に入れられているような......」
「なんだそりゃ、よっぽどデザインのセンスがない奴に設計させたのか」
「耐久性重視らしいですけど......」
琳はアリアスの首に手を回していた状態からくるっと回るって離れる。
アリアスは首を引っ張られ、「うわっ」と声を漏らす。
「肝心の戦士は十数人程度しか来ていません。ナンバーズに至ってはゼロ」
「造った意味あまり無いじゃねえか! まあそんな殺風景ならな......」
アマツが拍子抜けしたのと同時に、背中に厚みのあるクッションがアマツの肩に当たる。
クッションが押す力は強く、また不意だったため、彼はそれに負けて前に倒れかける。
「うわっと!?」
彼は足で何とか堪える。
後ろを振り向くと、小太りしているスーツ姿の男性が、右手を前に出して謝罪を示している。
「おお、すまんすまん」
男はそう言うと、小走りで直ぐに去っていった。
「......あれって、会長の......」
「
「ご名答!」
アリアスがうろ覚えで言ったところを、琳は盛大に誉める。
「あー、見たことあるわ。」
アマツはあの男の事は、直接あってはいないが、入隊後に貰ったパンフレットに、その男の写真が載ってあった。
堅い性格をしている兄の寿之と違い、親しみやすい温和な性格で知られており、その肥えた見た目に反して頭も切れており、兄に代わって大規模作戦の指揮も経験している。
「でも、その兄とは仲は良くないらしいけどね......孝二さんが会長でも良かったかなぁ、寿之さんはなんか堅苦しいし」
アリアスは孝二が去っていった方向を見る。
アマツも彼女の意見にはどちらかと言えば賛成であった。
「俺もあの人でも良かったかもとは思っている。あったのは今が初めてだけど」
「私は寿之様ですねー、温和な人って優柔不断なイメージです」
琳は両手を後ろに回す。
それも割と真面目に答える。
「琳はそうか......あ、そうだ、これを見てくれよ」
アマツはあることを見せるのを思い出すと、ポケットからカッターナイフを取り出した。
「え、ちょ、何を......」
アリアスと琳はいきなりの彼の行動に動揺し始める。
特に琳はいきなりの行動に手回しをほどき、きょどるような言葉から焦り具合がうかがえる。
アマツは少し怖かったが、覚悟を決めてカチカチと小気味の良い音をだしながらカッターの刃を出すと、自分の左掌にカッターを振り下ろした。
「っ......!」
掌はパックリと切れ、血が滲み出てくる。
最初こそ痛みはあまり感じなかったが、血が出てくるのと同じくらいから徐々に痛みは増していく。
知ってはいたが、結構痛い。
「いててて......」
「そりゃそうだ」
案の定、二人に冷たい目線で見られる。
「あ、ほら見てくれよ」
アマツは切り傷のついた手を二人に出す。
白い目で見ていた二人は一転、好奇を示すような目付きになる。
「え......」
その傷からは、小さく炎が灯されている。
それもアマツが意識的に出しているものではない。
「アリアス、前に傷が治っていたって言ってただろ」
「え、ええ......」
「これだよ、絶対」
アマツは自信を持って言う。
炎は端から少しずつ消えていくと、その後には、傷は残っていない。
「おー」
それを興味津々で見つめる琳。
少しして、その火が完全に消えきったとき、傷は跡を残さず消え去っていた。
それを見届けたアマツは手をギュッと握る。
「......でも、それって前まで無かったよね?」
「ああ、多分能力を使っている内にこんな手に入ったかと」
「へー、そんな事もあるんですねー。じゃあ私はこれで!」
「おう!」
琳はそう言うと、二人に手を振りさっさと去っていった。
「さあ、私達も帰りましょう。もちろん、ここじゃなくてね」
「そうだな、もう疲れた」
そうして二人もそれぞれの帰路を辿っていった。
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