第六十一話 P市南部攻略作戦その6:鎌と剣

 アシュリーのジト目は見開いている。

 全身が凍りつくような感覚に襲われる。

 何しろ、幼少期に生き別れた姉が今目の前に、しかも敵として立ちはだかっているのだから。


 「ふふっ、顔も髪型も体格も変わったのに、分かるものなのね」


 一方のイザベルは、特に動じる様子もなく、片目だけをアシュリーに見せて微笑んでいる。

 

 「お姉ちゃん......エネミーに殺されたんじゃなかったの......?」

 「ええ、そうよ」


 幼少期、両親に見捨てられ、唯一、彼と親しく接してくれたのが、このイザベルだ。

 ある日、姉弟はエネミーに襲われ、イザベルはアシュリーを逃がすために自分の身を投げ出した。

 そしてアシュリーは、居合道の範士である男性に養子として迎えられた。


 「......う、嘘だよね? お姉ちゃんがこんな酷いこと、する訳ないよね?」

 「いいえ、したわ。たくさんね。東京銀行の時も、何人ものディフェンサーズの首を切り取ったわ」


 イザベルは悪びれる様子もなく言う。

 姉が堕ちた絶望感は味わったことのないものだった。

 自分を一番に思ってくれた姉が、まさかクローバーの幹部として、破壊活動を行っているなんて......。

 そんな現実を、アシュリーは受け入れたくなかった。


 「......あ、そうだ。お姉ちゃんは、クローバーに無理やり任務をやらされてるんだよね? 本当は、嫌なんだよね?」


 せめて、自分の意志でやっていないと言ってほしかったのだ。

 しかし、それは叶わなかった。


 「いや、私はクローバーに忠誠を誓っているわ。決して、奴隷のように働かされているとは思っていないわ」


 クローバーに確かな忠誠心を抱いていると言うイザベル。

 その言葉には、一つの躊躇いも無い。


 「......」

 「ごめんね。だけど......」


 イザベルがそう言うと、彼女は鎌をアシュリーに向かって振り回し始める。


 「――これ、任務なの」


 そして、彼女の鎌の刃先がアシュリーの腹部に刺さった。


 「ッ......!!」


 鈍痛が走る。

 幸い、アシュリーは剣で防いでいたため、傷はあさくて済んだ。

 

 「痛かった?痛かったでしょう?」


 彼女はすさまじいスピードで鎌を振る。

 アシュリーは痛みに耐えながら彼女の攻撃をかわす。

 

 (どうしたらお姉ちゃんを救えるんだ)


 アシュリーは剣を抜こうとせず、彼女を説得する方法を考える。

 しかし、そう考えているうちにも、彼の体には切り傷が増えていく。


 「ねえ、なんで戦わないの? 死んじゃうよ?」


 鎌を振るいながら言うイザベル。


 「だって、戦ったら、お姉ちゃんを――」

 「――敵を倒すことを躊躇っちゃ、ダメでしょ」


 イザベルの言葉に、アシュリーは固まる。


 「アシュリーは、何のためにディフェンサーズに入ったの? エネミーとか、私みたいな反逆者を倒すためでしょ?」


 そう、アシュリーの手を握ると、その手に剣の柄を握らせる。


 「そんな事、分かってるけど......」

 「ほら、戦わないと、殺しちゃうわよ。そして、外にいる人たちも殺して、もし、アシュリーが思いを抱いている人がディフェンサーズにいるなら、その人もいずれ殺しちゃうかもしれないわ......。もしアシュリがその人たちを守りたいんだったら、その剣を抜いて、私を殺して」


 その言葉のせいで、アシュリーの何かが吹っ切れた。

 そして、もう彼女を殺すことに、迷いは無くなった。


 「ね、ほら、その剣を――!」


 彼女が言い切ろうとした時、アシュリーの剣は彼女の顔をかすった。

 その頬の切り傷からは、血が少しずつ流れ出る。


 「......ふふっ」


 イザベルは微笑む。


 「そうよ、その調子よ!」


 まるで自分の弟が成長したことを愛でるような喜び方をする。

 そして絶え間なく斬撃を加えていくが、アシュリーは尽く受け流す。

 腹部の痛みは感じなかった。


 「あっ!!」


 アシュリーの居合切りはイザベルの鎌の柄を切り取った。

 刃は宙を周りながら浮いている。

 そして彼がイザベルを押し倒すと、直後に彼女の左腕に鈍い音が走った。


 「ああ......!!」


 鎌の刃が刺さっている。

 アシュリーはすぐさま彼女の上に立つ。

 そして刃先を彼女の前に突き付ける。


 「......アシュリー、こんなに強くなって。あの頃はか弱かったのにね......」


 イザベルは静かに言った。

 その言葉からは、少なからず生に対する執着心を感じる。


 「終わりだ......」


 アシュリーは柄を両手で握り、イザベルの体を突こうとする。

 しかし、両腕が言うことを聞かない。

 


 「う、動け、動け、動け!!」


 自身の腕に訴えるが、腕は小刻みに震えたままだ。

 徐々に呼吸も荒くなっていく。

 そして、彼の心のどこかで叫んでいるような気がした。


 『――姉を殺したくない』と。


 「......あ......」


 アシュリーは剣をイザベルのすぐ横に落とした。

 彼が自分の両手を見ると、未だにピクピクと震えている。

 そして、そこから水滴を垂らした。


 「やっぱ、殺せないよ......お姉ちゃんを......」


 

 イザベルはそんなアシュリーの濡れた頬を触る。

 そして、優しく微笑む。


 「......ほんと、勇気がないんだから」

 

 その後、要塞は陥落し、これによりクローバーの敗北は決定的となった。

 そして7日目、クローバーやその他エネミーの勢力は取り除かれ、P市南部は完全に奪還された。


 

 

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