第三十話 クローバー

 「ただいま」


 サナがドアを開けて入ってくる。

 傷ひとつついていない体で。


 「お、おう......」


 アマツはまだ少し動揺しながら返事をする。

 

 「へへ、強かったなぁ、あのエネミー」


 サナはニコッとしながら言う。


 アマツは彼女は嘘をついていることがすぐにわかった。

 とてもあのエネミーを強いと思っている様には見えなかった。

 それどころか、そのエネミーを軽蔑するような発言もしていた。


 彼がもうひとつ驚いたのは、彼女の態度の変化である。

 彼がさっきまで見ていたサナ(もといフリッズ)は、笑顔が似合い、澄んだ目をした明るい女性。

 しかし、エネミーが現れた途端、彼女の目は冷酷な眼差しを見せ、顔から笑顔が消える。

 そして倒し終えると、明るいサナに......。


 その豹変ぶりは、二重人格でもあるのかと言うくらいだ。


 「それで、さっきの話はまだしてなかったよね?」

 「あ、ああ、そうだな」


 彼はサナに恐怖心を抱きながら言う。


 「何そんなに怯えてるの? 大丈夫だって! そんなに怖がらなくても」


 サナは彼の恐怖心を解こうとする。


 (いや、あんなの見て怖がらないやつなんているのかよ!?)


 アマツは心の中で彼女を突っ込んだ。

 だが、考えてみれば、彼女がああいう状態になるのは、エネミーと対峙したときのみだ。

 アマツ等のエネミー以外に対しては温厚だ。

 

 「えー、では、改めて話をしよっか」


 サナは正座で、アマツは胡座あぐらをかいて床に座る。


 「アマツは、『クローバー』っていう組織は知っているかな?」


 彼女は飲みかけのビールを再び飲み始めた。


 「え、最近テロ行為を働いているやつらのこと?」


 クローバーとは、最近、銀行や東京の重要な施設などの破壊行為を行っているテロ組織だ。

 その組織の構成員のほとんどは、人間である。


 「うん」

 「で、そいつらがどうしたんだ?」


 アマツは肘を机につける。


 「......その組織を、倒すのに協力してほしいんだけど」


 アマツは一瞬討伐の依頼かと思った。

 が、それは只の討伐では無いことが分かった。


 「......えっと、たしかその組織って、メンバーほとんどが人間なんだっけ?」

 「そうよ」

 「もしかして、人間も殺せってことなのか?」

 「まあ、そうね。エネミーもいるけどね」


 サナは残りのビールを飲み干した。


 「プハァ~」


 サナは大きく息を吐いた。


 「え、ちょっとそれは......」

 「なんで?」

 「人を殺すのは抵抗が......」


 アマツは、エネミーを倒すのにはもう抵抗はないし、エネミーの肉もよく見てきた。

 だが、人間を倒したことはない。

 

 「役員はなんて言ってるのか?」

 「役員は、クローバー討伐を賛成か反対かで今揉めているわ。こんなの待っていられないから、私とかが呼びかけてるの。

 「だけど、やっぱり人殺しはしたくない。大体、そんなの警察に任せれば......」

 「警察なんてあてにならないわ。テロリスト一人一人とても強いし。それに......」


 彼女は少し間を置くと、彼女はアマツを睨み付けた。


 「彼らはもはや人間じゃない......エネミーよ......」


 エネミーと対峙したときと同じような、冷酷な目つきをする。


 「う......」


 アマツは思わず固まってしまった。


 「......ってね!」


 と、すぐにその冷たい目は暖かくなった。

 サナは冗談で睨み付けたようだ。

 

 「......はぁ」


 と、彼はふにゃっと脱力した。


 「そ、そんな怖かった?」

 「はい、怖かったです」

 「はぁ、エネミーと戦っている時の私もこうなのかぁ......」


 と、溜息をつく。

 どうやら自覚はしているようだ。


 「まあそれより、クローバー討伐、協力してくれるよね? ね?」


 サナがアマツに詰め寄ってきた。

 なんて強引なんだ。


 「......」


 アマツは沈黙する。

 本当は嫌だ。

 人を殺すのは嫌だ。

 ......だが、こんな人の依頼、断ることができない。


 「......わ、わかりました」

 「そうでなくっちゃね!」


 と、アマツの肩をポンと叩く。


 「クローバーに拠点はない。恐らく場所を特定させないためね。だから、クローバーのメンバーはばらばらで生活しているわ」

 「じゃあ、どうすれば?」

 「そりゃあもちろん、構成員の居場所を特定して、倒すしかないわね。」


 と、彼女は玄関に向かう。


 「居場所の連絡は私とかナンバーズがしてくれるはずだわ。頑張ってね!」


 彼女はそういうと、ドアを開けて出て行った。


 「......ああ、俺は人を殺さないといけないのか......」


 アマツは体が重く感じた。

 まさか、エネミーを倒す組織が、人を殺すことになるとは......。


 「これから、人の中身を見なきゃいけないのか......」


 清々しい快晴の天気に反して、アマツの心は曇っていた。



 

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