ドメスティック×インモラル

 あいつらさえいなければ、どんなにいいだろうかと考えることがある。

 ベッドの中で蹲って、スマホをひっくり返したままにして、俺は息を潜めて考える。妄想。妄りな想い。妄りってなんだっけ。自分勝手に都合がいい、そんな感じだっけ。


 自分の世界はそりゃ心地よいもので、いつまでだって閉じこもっていたい。

 でも、それは許されない。スマホのバイブレーションは未だに止まないから、その振動によって世界がとぎれとぎれになってしまう。気が散る。


 電源を落とそうと画面を見てみると、LINEの通知が酷いことになっていた。

 心無い罵詈雑言の嵐。幼稚な言葉のつくりはとんでもない殺傷能力を持っている。人を貶めて精神に異常をもたらせ正常を奪い取る。人としてのモラルを徹底的に潰して殺す。


 「キモ男、死ね」「既読無視すんな」「ハゲ」「馬鹿」「殺すぞ」……


 うるせぇよ。

 大体、「殺す」ってなんだ。お前、人殺しなんて出来るのかよ。やってみろよ。つーか、誰か殺してから言え。見掛け倒しにも程がある。


 俺は電源を切ると、布団を頭からかぶった。スマホは暇つぶしに最適なアイテムだが、今はただの精神攻撃マシーンと化している。

 画面を叩き割り、奇声を上げて暴れたいところだけど、そんなことをしたら家族にあれこれと俺の狂気的な一面がバレてしまう。別に失望させたって構わないが、根掘り葉掘り聞かれるのはとてつもなく面倒だし御免だ。


 いじめられている息子を母は大袈裟に嘆いて悲しむだろう。そして、感情の起伏が激しく、また大層お優しいものだから「俺のため」と言って、いじめたやつら全員を探り出すか学校に怒鳴り込みにいくか、そんなことをするだろう。

 それとも、逆に「あなたがそんな風だからいじめられるのよ」とか理不尽な言葉を吐くだろう。

 キャパを超えたら誰かれ構わず攻撃するような人。それが俺の母親。


 それじゃあ父親は?

 あぁ、あいつはダメだ。ろくに話したこともないからなんて言うかは分からないけど、どうせ母親に便乗するだろう。自分の意思はないのか。母に着せてもらって、飯を食わせてもらって、何か無くせば探し方も分からず母を頼る。

 自分じゃ何も出来ないし思えない、自我が皆無な人。それが俺の父親。


 姉……二つ上の姉は天才的に優等生だったけど、周囲からちやほやされていい気になっていただけだ。二十年はそんなだったから、就職活動も楽勝だと豪語していた。甘いんだよ、現実見ろ。

 失敗し続けて体を壊して、最近は俺と同じく部屋から出てこないらしい。たまに物音がするから死んではないだろう。何回か死にかけたらしいけど。

 世界を甘く見たせいで絶賛絶望中の病み人間。それが俺の姉。


 妹もいる。あいつはそれなりに楽しいらしい。馬鹿で何も考えて無くて能天気で、いつもヘラヘラ笑っている。成績はまぁ普通。努力でカバー出来るくらい。友達も多いし、やることはやるし、母に父に姉に俺に好かれようと一生懸命に「妹」という損な役割を楽しもうとしている。多分、あいつが一番、成功していると思う。何を考えていなくてもあいつはあらゆる「幸運」を身にまとっている。

 憎たらしいほどに、清潔な人。それが俺の妹。


 こいつらを、たまに全員殺したくなる時がある。

 いや、そりゃ学校の連中もぶっ殺したいけど、あいつらはなんか勝手に死んでくれればいいや、とかそれくらい軽い気持ちの殺意はある。

 でも、家族は別。切っても切れない強い繋がりのせいで、特別な感情を抱いてしまう。

 あいつらと同じ血が流れていることすら嫌悪する。血管を流れるそれを全部引き抜いてしまいたい衝動に駆られる。血だけじゃない。繊維の隅々、DNAまで全部全部入れ替えてしまいたい。

 俺が死ねばいい話だろうが、生憎、死への恐怖はあるので……そうだな、まだ死にたくない。

 だったら殺せばいい。俺以外を殺してしまえ。邪魔なやつらは排除する。

 汚れに敏感、臭いものにはフタをする常考な国なんだし。潔癖症なんだから、それくらいしてもいいじゃないか。

 ……あぁ、これも汚れというやつなのかな。俺も排除されてしまう。


 この歪みをどう正常に戻すか、ということも考えたりする。でも、結局は家族皆殺し案やら嫌いな連中の社会的抹殺の妄想をする始末だ。


 嫌いな奴らはネットで個人情報をばらまく。俺への誹謗中傷を全国に知らしめる。別に、生命の活動を止めなくてもいいから、いやむしろ生き地獄でいてほしいから、とりあえず社会的に死ねばいい。


 母には絶望を与えよう。可愛い、良い子の息子が実は猟奇的な一面を持っていて酷い言葉を吐きまくっている、そんな現場を見せつけよう。

 泣いて喚いて理不尽な言葉――姉を病みに陥れた罵声をぶつけてやったらどうなるか。精神が崩壊した後に、焼いてしまおう。


 父に関してはお互いに無関心だからな。まぁ、母を庇いながら一緒に仲良く焼かれてしまえ。黒焦げになればいい。


 姉はいっそ自殺してくれないかな。放っておけばそのうち勝手に死にそうだし……いや、やっぱ殺そう。

 俺と妹の成績を馬鹿にして笑ったり、母の愛情が全部俺に注がれていく様が気に食わず、嫉妬に狂って泣きわめいて俺の頭をぶん殴ってきたことがある。

 首をへし折るか、手足をもぐか、あぁ、その前に辱めてやろうか。俺にしたように。

 野蛮な人間の群れに放り込んで、身ぐるみ剥がして、無様に犯されていく様を見た後、頭を踏みつけて殺してやろう。


 妹は……姉ほどの恨みはないけど、ただムカつくから、家族の崩壊を見せつけて壊れてもらおう。その後ろから首を絞めてあげよう。

 家族の崩壊を見ながら死に絶えるんだ。


 あぁ、まったく。こんなことを考えてしまう俺もどうしようもなくクズだ。でも、それでいいじゃないか。

 絶対に、現実ではしないんだから。

 妄想の中でくらい、俺の好きにさせてくれたっていいはずだ。妄想の中でくらい、俺は救われてもいいはずだ。



 あぁ、そろそろ日常に戻らなくてはいけない。

 ぶっ壊してやりたいほどに嫌いな家族の中へ、この狂気と殺意を忍ばせて俺は自室を出た。

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