第75話 始まりの物語
時間は全てを解決する。
その解決が正しいかどうかは、しかし誰にも分からない。
◇
文明は、意志を持つ。
意識は脳の特定の部位に依存しない。無数の部位が共同して行う集団活動の結果である。ならば無数の個の集合体が共同して構築する文明が意識を生じない。などと、誰が言えよう?
金属生命体群を統括する巨大な知性も、そのような存在だった。
元来高温の惑星上に誕生した珪素系生命だった彼女らは、その進化の過程で極めて複雑な生態系を創り上げた。それは、惑星の全ての種が、たった一つの意志に統括された形を取る。星自体がひとつの知性体なのだ。
無数の生命体を単位とする、群知性の誕生である。
順調に進化を遂げていった彼女らは、拡散したいという本能。そして、その優れた知性の根源たる好奇心に押されるように、宇宙へと進出した。母星系の惑星。小惑星。衛星軌道上。様々な場所に
種族は、絶頂期にあった。
母星系の征服、という偉業を成し遂げた金属生命体群。彼女らの次なる目標は、外宇宙となった。外なる星系へと勢力圏を広げていくのだ。
とはいえ当時、まだ超光速航法は発明されていなかった。核動力ですら、光年単位の距離を渡るには力不足である。レーザー推進も、探査船程度ならいざ知らず、植民ともなれば困難だ。
ならばどうしたか。
微細な種が多数、外星系に向けて投射された。氷に閉じ込めた金属生命体の種子を、光速近くまで加速して
ほとんどの種は壊れたり、永遠に宇宙を漂流する事となった。もちろんそれも織り込み済みであるから問題はない。要はどれかが恒星間を渡り、どこかに根付けばいいのだから。
試みは成功し、事業開始後百年も経ってから、通信が届くようになった。移住に成功したのである。半光年。1光年。3光年先にすら、金属生命体は根付くことになったのだ。互いに情報は交換され、繁栄を謳歌するようになっていった。
陰りが見えたのは、その頃の事。
金属生命体群の勢力圏。その外縁部からの通信が、まず途絶えた。
最初は、何かの事故があったものだと思われた。種から自己増殖した金属生命体群の
不幸な事故は、しかし続いた。
何十年もかけて、2つ。3つと
金属生命体群は、恐怖していた。
されど、未知が払拭される時が来る。4つ目の
それは、控えめに言っても断末魔だった。
繁殖に適した地点を占位していた彼女ら。その領土が、不法に奪取されたのである。後から現れた者どもによって。
そう。
送られて来た情報から判明したそいつらは、金属生命体群にある意味で似ていたが、ある意味ではまったく似ていなかった。
それは、機械だった。金属生命体群が自らを品種改良して進歩してきたのとはまた違う。無から創造され、使役される。それは異種族のわざによって生み出された下僕どもだった。
金属生命体群は、この時初めて他者と遭遇したのだった。
不幸なことに、彼女らは今まで他者という概念を持っていなかった。漠然と、自分たち同様の存在が、進化の果てに他所でも生まれているかもしれない、とは予想していたが。だから、初めて遭遇した他者に対する認識は、そのままあらゆる他者への認識と同義となった。
そう。
他者とは敵である。という、金属生命体群の本能は、この時形成された。
―――それが、異種族の自己増殖型機械によって引き起こされた、言葉通りの不幸な事故に起因していたとしても関係ない。この機械どもを送り込んだ主人たちは、現地に既に住人がいる可能性を考慮していなかった。状況に対応すべきアルゴリズムを持たない下僕たちは、採掘作業の邪魔となる、金属生命体群を排除しあるいは研究材料としたのである。命令通り住環境を創り上げ、そして後からやってくる主人たちを迎え入れるために。
その動きを制御すべき主人たちが、十光年も彼方にいたことも事態の悪化に拍車をかけた。どちらかの種族がこの時点で超光速航法を生み出していれば、今後起きる巨大な悲劇は回避しえたかもしれなかったが。いや、そもそも金属生命体群と異種族との距離が、これほど近くなければ。
十光年の距離は、渡るには遠すぎる。そして、二つの異なる種族の距離としてはあまりに近すぎた。
恐怖に駆られた金属生命体群は、母星系を急速に武装化した。得られた他者の情報を解析し、迎え撃つべく徹底的な準備を行ったのである。
星系ひとつぶんの生産力で生み出された軍勢は、やがて到達した異種族の機械を容易に滅ぼした。どころか、捕らえた個体からそいつらの故郷の位置すらも見つけ出したのだ。
金属生命体群は、反撃を決意した。必要性は集中と選択を生み出して科学技術を急速に進歩させ、慣性系同調航法が発明される。星系丸ごとを観測網として異種族の住まう星系の重力情報が得られ、そして軍勢は光速を超えた。
起きたのは、一方的な虐殺。このような事態を予期していなかった異種族に、対処のできようはずもなかった。
この時ようやく、金属生命体群は安堵を覚えた。恐怖は消えた。元凶は滅ぼした。もうわたしたちを脅かすものなどなにもない。すべては元通りになったのだと。
違った。
彼女らは、受信したのである。新たなる異種族が発していた電波信号を。皮肉にも、慣性系同調航法のために徹底的に強化していた天体観測網が為し遂げた成果だった。
―――宇宙には。銀河中心領域は、他者が溢れている。怖い。私たちを滅ぼそうとするものたちが大勢いる!なんと恐ろしい。どうすればいい?
金属生命体群は、既に一度成功した方法を繰り返すこととした。
そう。他者の殲滅。銀河から、自分たち以外のあらゆる種族を根絶することを決定したのである。
そこからの彼女らの行動は、きわめて慎重かつ大胆だった。
銀河中心、超巨大ブラックホール周辺。強烈な放射線故に異種族が近づかぬそこに基盤を築き、勢力を蓄えていったのである。人知れず生み出されて行った軍勢は、歳月を経て途方もない大きさへと膨れ上がっていった。
やがて、十分に自らが巨大になったと確信した金属生命体群は、行動に出た。存在を補足していた恒星間種族のひとつ。すなわち、商業種族に対して戦端を開いたのである。
疑問を覚える者は出現しなかった。
1万2千年の闘争の果て。1人の金属生命体が異を唱えるまで。
戦いは、今も続いている。
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