決戦の日 その2
そろそろ日が沈む・・・結局、黒金のやつ僕の部屋に帰ってこなかったな。
「ここで待っていても仕方ないか。」
風呂に入った後で、ふわふわの髪の毛をドライヤーで乾かし、机の上で横になっているパクを頭に乗せる。
運動着は持っていないため、学校で使用するジャージを身に着ける。運動場の倉庫から拝借した野球バットを片手に寮をでる。
「これから戦いに行くというのに風呂に入るとは暢気な奴じゃな。」
「僕なりの戦いの準備だよ。風呂に入ると気が引きしまるんだ。それに、ちゃんと風呂に入った方が、パクも気持ちいいだろ?」
「ふむ。そんなものかの。まあ、儂としては快適じゃし、ありがたいことじゃ。」
歩きながら頭の中で攻撃のシュミレーションをする。あの豹の大きさ、大型トラック程ありそうだったな。正面からの攻撃はほとんど不可能だろう。僕があの化け物を倒せるとすれば、不意打ちで思いっきり後頭部に再起不能になるほどの一撃を叩き込むのみだ。
次第に鼓動がはやくなり、身体が熱くなるのを感じる。
「おーい、張間くーん!」白矢山の麓に差し掛かると、そこには蝶野さんの姿があった。ややぴっちりとしたスポーツウェアを着こなしており、腰にボクシンググローブを下げている。
「蝶野さん、素手で戦うんですか?」
「素手じゃないよ。ジャジャーン!自前のボクシンググローブ!これなら思いっきりパンチしても手を怪我しなくて済むでしょ?」
あれ?蝶野さんって天然だったっけ?苦慮豹について結構調べたんだよな、この人。殴って倒せると思ったのかな?まあ、最初っから女の子に戦ってもらおうなんて思っていなかったから、これで蝶野さんを控え要因にする口実ができたわけで好都合っちゃ好都合だったのかもな。
「黒金君は、もう登っちゃったのかな?とりあえず、二人だけで登ってみる?ちゃんと葬り崖で集合するって約束したんだし、彼なら後からでも登って来れるでしょ。」
蝶野さんに促され、葬り崖への山道を進む。
崖へ近づいたとき急にパクが口を開いた。
「気を付けるのじゃ、苦慮豹の気配がするわい。・・・ふむ、これは厄介なことになったのぉ。敵は1匹ではなさそうじゃ。」
「え?それってどういう事だよ?」
「黒金君が、昼間妹さんのことでショックを受けたんじゃないかな?それでストレスが増大して、苦慮豹が数匹増えたってことなんじゃない?」
状況に驚いているのは僕だけで、二人はこうなることも、一応は想定していたような口ぶりである。
「そんなの相手に勝てるのか?」
「難しいかもしれんのぉ。でも迷っている暇はないようじゃぞ。ストレスの化身は自分の生みの親を殺しに来る。つまり、奴らがいるという事は、すでに黒金も葬り崖にいるという事じゃ。身体能力アップ型の言霊使いといえども、複数の苦慮豹相手には勝てんじゃろう。」
「そんな、あいつ、一人で向かっていたのか。助けに行かないと。」
もう崖はすぐそこだ。慌てて走り出した僕の身体は、茂みから飛び出した何者かに突き飛ばされた。
暗くてもよく見える光る青い目。鋭く尖った爪と牙。体長2メートルほどの黒豹である。
昨日見た苦慮豹よりは小さいものの、初めて感じる殺気に足がすくむ。
「不幸中の幸いかの。バカでかいのは昨日見た一体だけのようじゃな。これくらいならお主でもなんとかなるかもしれん。」
ここで足止めをくらってなんかいられない。黒金が殺されてしまう前に合流しなければ。
意を決して目の前の豹にバッドで殴り掛かる。
バキッ
かなりの感触だ。でも相手を吹き飛ばすほどの威力はない。倒れた豹に追い打ちをかけようと振りかぶる。すると背中に激痛が走った。振り返ると同じくらいの大きさの豹が7~8体程おり、そのうちの一体が僕にとびかかり引っ搔いたようだった。
瞬時に囲まれてしまい、身動きが取れなくなる。
結構深く肉をえぐられたような気がする。痛すぎて少し視界がぼやけてきたような・・・。
痛みをこらえて立っているのが必死だった。こっちが威嚇をやめて膝をつけば、一気に殺られてしまうだろう。
どうしようもなく情けなくて涙が出てくる。ごめん、黒金。俺、もうダメみたいだ。
立ちきれなくなり膝をつく。案の定その瞬間に3体の豹が一気に飛びかかってくる。
死を覚悟したその時、「せーのっ!」という掛け声とともに、蝶野さんが僕の前に立ちはだかった。
「蝶野さん、危なっ!」僕が蝶野さんに手を伸ばそうとすると、ぼやけた視界の中で蝶野さんは豹の顎に見事なアッパーを決めていた。僕がバッドで思いっきり殴っても数十センチメートルほどしか動かなかった豹が、はるか上空へと打ちあがる。続いてとびかかってくる2体の豹もワンツーパンチで左右に吹き飛ばされ、木に激しくぶつかった身体はそのままぐったりとして動かなくなった。
「張間君、大丈夫?」
「かなり痛いけど、大丈夫です。それより、蝶野さんって、何者・・・ですか?」
「ほっほっほ。ふわふわ小僧は見た目よりもタフじゃ。これくらいでは死なんよ。しかし、さすがバタ子じゃ。儂が見込んだだけのことはあるのぉ。」
そういうとパクはぐったりした豹を鼻で吸い上げて飲み込んでしまった。
「無力化した奴はこんな具合に儂が喰ってやるから残りもよろしくの。」
「まかせて!」と、蝶野さんはボクシンググローブの紐を噛んできつく締め、豹の群れへ向かっていった。
ストレートパンチ、回し蹴り、かかと落とし、裏拳、次々と技が決まり、残りの豹もあっけなく蝶野さんに吹き飛ばされてしまった。
「どこでこんな技覚えたんだよ。超記憶って、こんなに強い力なのか。」
「前に言ったじゃろう。バタ子は超記憶だけでなくほかの能力も秘めておると。軽やかな身のこなし自体は超記憶のなせる業じゃが、本来はは戦闘向きの能力ではないからの。」
「ほかの能力?」
「それはいずれ明らかになるじゃろう。ほれ、こうしているうちにボスがやってきたようじゃぞ。」
そういうとパクは茂みを鼻で指した。
地面が揺れるようなうめき声、間違いない、あいつだ。昨日とはまるで表情が違う。明らかに敵意をむき出しにしている。茂みから出てきたその体は昨日よりもまた一回り大きくなっているようだった。剝き出しになった牙と爪、強い殺意を感じる。背中には大きな羽が生えており、バサッと動くたびに突風で木の葉が舞い上がる。
「これはちょっと、厳しいかも、ねっ!」と言いながら、蝶野さんは高くジャンプすると空中で数回回転しながら苦慮豹の脳天にかかと落としをした。その衝撃波が数メートル離れた僕のところまで伝わってくる。しかし、これまでの豹とは違い、倒れる気配はない。
蝶野さんは地面に着地すると、そのまましゃがみこんで、再び勢いよくジャンプをするとともにアッパーを繰り出した。これまたクリーンヒットしたように見えたが、苦慮豹が倒れることはなかった。
苦慮豹は空中にいる蝶野さんめがけて羽を羽ばたかせる。突風でいとも簡単に蝶野さんの身体は吹き飛ばされてしまった。
「蝶野さん、大丈夫ですか?」
背中の痛みをこらえ、蝶野さんのところへ駆け寄る。
「ごめんね・・・あまり役に立てなくて。フルパワーで何回も攻撃しちゃったから、体への負担も大きくって、私・・・しばらく動けそうに・・・ないや。」そう言い残すと蝶野さんは気を失ってしまった。
あの蝶野さんのパワーでも倒せなかったんだ。僕一人で倒せるわけない。だからって、ここでうずくまっていたら二人とも死んでしまう。苦慮豹を引き付けて、何とか遠くまで離れるんだ。
意を決した僕は野球バッドを苦慮豹へ投げつけ、注意を僕の方へ向けるよう仕向けた。作戦は成功。苦慮豹は僕めがけて突進してきた。両腕で防御したつもりだったが、それは何の意味もなさなかった。全身がむち打ちになったように痛い。右腕は思うように動かす事さえできない。折れちゃったかな。
あとは葬り崖から飛び降りてしまえば、苦慮豹を蝶野さんから引き離すことができるだろう。もう走ることもできない。一歩ずつ、崖の方へ向かう。
もう少し、もう少しだ。
苦慮豹はまだこないだろうか。振り返ってみる。
すると、はるか上空から勢いよく僕の方へ急降下してくるのが見えた。
間に合わない・・・か。
崖にたどり着けずに、僕は座り込んでしまった。「蝶野さんっ!!起きてくれ!!頼むから起きて、逃げてくれっ!!」
食べられる寸前だったように思う。苦慮豹の背中に刀のようなものが突き刺さり、そのまま地面へ落下した。
「お前が大きい声を出してくれてよかった。ここに来る途中、豹に襲われて、眼鏡が割れちまってさ。ぼんやりとした夜景を目印に、ここで待ってたんだ。」
苦慮豹の上には木刀を持った道着姿の黒金が立っていた。校舎の屋上で僕を助けた時と同じ青くて優しい目。
「なんだよ。来てたんなら教えろよ。」安心感からか、自然と涙がこぼれ出る。
「お疲れ様!とりあえず、生きているみたいで何よりだ。大丈夫、俺なら木刀でもこいつを切れる。あとは俺に任せてくれ。」そういうと黒金は苦慮豹の背中で木刀を二度振り下ろした。
ドサッドサッと、苦慮豹の両翼が地面に落ちる。
「ほっほっほっ、真打登場じゃな。」パクは倒れている苦慮豹の近くまで行き、切り落とされた羽を喰らった。
「なあ、パク、張間は平気そうか?」
「ふむ、お主は、他人をコントロールする言霊が苦手のようじゃが、ふわふわ頭のこの程度の傷なら治せるじゃろうな。なあに、死にはせんよ。」
「よかった。」黒金が瀕死の僕の方へ近づいてくる。「張間、お前は俺の友達だ。こんなところで死ぬ奴じゃない。これ位の傷、お前ならすぐに治せるはずだ。」
黒金が僕にそう声をかけると不思議と身体の痛みが引いていくように感じた。右手も動く。
「凄いよ黒金、お前の力、ほんと凄いよ。」
「・・・張間、本当に俺の友達になってくれてありがとうな。」少し悲しげな眼をした黒金は苦慮豹の目の前まで歩いて行った。
「猫、戻ってこい。俺、お前に心を救われたんだ。そんな奴にとどめさせるわけないだろ。だからさ、もどってこ――」
優しく話しかける黒金に無情にも苦慮豹は嚙みついた。
周囲に血が飛び散る。
「う、うああああああ!!」黒金が死んでしまう、咄嗟に近くにあった石を投げつける。位置は苦慮豹の目に当たり、苦慮豹は少し怯んで噛んだ黒金を解放した。
黒金の身体に無数の穴が開いている。
「いやだ!!いやだいやだいやだいやだ!!!!黒金、お前は僕の唯一の友達なんだよ!絶対に死ぬなんて許さないからな。こんな傷、お前なら治せるんだろ?な?黒金!お前がこんなことで死ぬわけないだろう!返事くらいしろよ!!」
「・・・せない。許せない・ざ・す。」
怯んだ苦慮豹は、いつの間にか起き上がっていた蝶野さんの協力な一撃でその場に倒れ込んだ。蝶野さんも力尽きたようにその場に倒れ込む。
僕は黒金を抱えたまま、ひたすら泣くことしかできなかった。
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