2月13日 放課後3
「大会の結果を見れば雪村が一番いい結果なのかもしれないけど、女子のほうが人数少ないんだからトーナメントに参加するのもその分楽だよな」
「いや、あんたも内田も私に勝てないでしょ」
駿介の屁理屈のような反撃を瑞姫は一蹴した。瑞姫には勝てないと悟ったのか、駿介はこのやりとりを見守っていた弥生に矛先を向け、ずいずい迫っていく。
「笹山さん、どうしよう。雪村が非協力的なせいで、囲碁部がなくなっちゃうかもしんないよ。お願いだから、新入生への紹介をやってくれないかな」
「えっ、でも私は別に部活じゃなくなっても……みんなで仲良く遊べればいいし、それに大勢の前でしゃべるなんて恥ずかしいな。実力もある瑞姫ちゃんが紹介するのが一番だと思う」
「いやいや雪村なんてとんでもない。笹山さんだからこそ新入生も入れ食い状態で入部するはずなんだから。確かに恥ずかしいかもしれないけど、ここは部長でもある和樹の顔を立てて痛っ」
「いい加減にしなさい。笹山ちゃんおびえてるじゃないの。だいたい内田も、もっとしゃっきりなさい。彼氏でしょ。今井の一人や二人くらいぶっ飛ばしなさいよ」
瑞姫の最後の言葉に食ってかかる駿介を横目に、和樹は弥生へと視線をやる。弥生もちょうどこちらに目を向けていたらしく、お互い正面から顔を見ることになった。
瑞姫に言われた「彼氏」という言葉を強く意識し過ぎたせいか、顔が赤くなっていく感覚に和樹は襲われた。弥生が目をそらしたのに合わせて、和樹も視線をはずした。
さほど長くない時間の出来事だったが、瑞姫は駿介を軽くあしらい部室から追いやりながらも見ていたのだろう。「よっこらせ」とあからさまな言葉を吐きながら鞄を持ち上げた。
「あーあー、もうおふたりさんを見てらんない。悲しい独り身のあたしはどうすればいいの。まあ、さっさと家に帰ってテスト勉強でもしますか」
和樹はからかいを無視して駿介の後を追い部室を出ようとしたが、弥生は反応して瑞姫に声をかけていた。
「あっ! だったら今井くんと瑞姫ちゃんが付き合っちゃえばいいんじゃないですか? おふたりはお似合いだと思うんです」
「あたしがあいつと? 勘弁してよ」
部室の鍵を職員室へ返すと、和樹たちは校舎を後にした。和樹と駿介が並び、その後ろを弥生と瑞姫のペアが歩く。明かりは出てきたばかりの校舎から漏れるものだけで、夜の影が辺りを覆っていた。覚悟はしていたものの、その寒さに体が震えてしまった。和樹はついついぼやいてしまう。
「校舎の中に駅を作ってくれれば、こんな寒い思いをせずに電車に乗れるのに」
「わかるわかる。ぼくは自宅と学校がくっついてくれればいいのにと、このところ毎日思ってるよ。そうすれば遅刻することもなくなるのに」
「……それはどうなんだろう。いまでさえ十分家から近いだろ。俺が学校に通うのにかかる時間とは比べ物にならないし。たとえ駿介の希望がかなったところで、別の原因で遅刻するのが目に見えてるけどな」
和樹は寒さから目をそらすかのように益体のない話をする。この寒空に対抗するには、学生服の下にカッターシャツだけではとても足りない。セーターは必須だったし、ぶくぶくになって動きにくくなるので避けていたが、トレーナーでも着込んでおけばよかったと後悔していた。
「遅刻癖もそうだけど、明日はちゃんと英語の課題をやってこいよ。今度はもう見せてやらないからな」
「明日の英語はそこまで量が多くないから大丈夫だよ。それより明日は古文の現代語訳を見せて欲しい」
「……まったく。出された課題に対してそんなんだったら、テストの準備なんてしてないよな?」
和樹の投げやりな問いに、駿介は親指をぐっと立ててのキメ顔で答えた。テストの度に反省してると言いつつも、口だけでそれっきりになる駿介の変わらなさに、和樹は苦笑した。
「内田、明日は楽しみだね」
瑞姫がそう話しかけてきたのは、電車に乗り込んでからだった。和樹と瑞姫は自宅からの最寄り駅も二駅しか離れておらず、同じ電車に乗っていた。
「ん? なんで」
和樹は問いかけの意図に気づきながらも、若干気恥ずかしさが先にたってしまいとぼけてしまった。
しかし瑞姫がそれ以上言葉を重ねることはなく、黙っているばかりだ。少しの間、和樹は電車のガタゴトした揺れに身と頭を任せていたが、妙な沈黙に耐えれなくなった。楽しみだという気持ちをはっきりとは答えず言葉を濁した形だったが、結局は瑞姫の問いに答えた。
「楽しみというか、くれなかったら寂しいというか。さすがに準備してくれてるとは思うんだけど。なにせ明日はバレンタインだし」
「うだうだグダグダと軟弱な答えだね。二人とも誕生日はまだ先だし、イベントらしい記念日は明日が初めてじゃない。もっと熱くなりなさいよ。緊張で熱出しちゃうくらいしてもバチは当たらないから」
「はいはい、俺らのことはもうほっといて。明日は期待通りアツアツで過ごすからさ。それより、そっちは誰かにチョコ渡す予定あるのか?」
「どうだろうね。まあ、義理チョコとか友チョコを渡す趣味はないけど」
「俺も去年までは妹からの義理チョコをもらうばっかりだったけど、お返し考えるのが面倒だったから、もらえなくてちょうどよかったよ」
「へー、彼女ができたとたんに強気な発言だね」
車内のアナウンスが、瑞姫の降りる駅に近づいていることを告げた。電車は緩やかにスピードを落としていく。和樹は徐々にはっきりしてくる外の景色を見ていた。
「それにしても、内田にチョコをあげないなんていつ言った?」
電車が止まるとドアが開き、暖房で温められていたぬるい空間に冷たい外気が入り込んでくる。
瑞姫はさっと和樹の前を通ると電車を降りていく。
「なに固まってんの。あげるとも言ってないでしょ。常識的に考えて」
和樹はどう反応すればいいか一瞬考えてしまい、あいまいな笑みを浮かべて瑞姫を見送ることしかできなかった。
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