第30話 老虎VS若獅子

 30.老虎VS若獅子



「ブルーメ中尉! フロンメルツ少尉!」


「そ、そんな……」


 ヴィルヘルミナが墜ちていく二機のアルバトロスD.IVを呆然と見送る。


「あの二人がやられるなんて……どうして……?」


 いくらポリーヌ直属の親衛隊とはいえ、空中戦においては飛行型AMに乗ってまだ一時間も経たない素人同然の集団である。しかもヴァルトラウトたちはハンドマシンガンよりも強力なスパイラル・クレイモアを装備していたのだから、旧式のアルバトロスD.IIIなど敵ではなかったはずだ。それなのに、なぜ二人は撃墜されたのか。


「ふふふふふ…………」


「――!」


「そ、その声は……!」


 ローラたちが目にしたのは、飛び交う三機のアルバトロスD.IIIだった。七機のうち四機はヴァルトラウトたちに撃墜されたようだが、残った三機は無傷のまま悠々と空を舞っている。そして無線から聞こえてきた声の主は――


「まんまと陽動に引っかかってくれたようだね」


「ヒンデンブルグ……じゃあ、さっき私が撃墜したのは……」


「そう、逃げたのは親衛隊の一人さ。こんなこともあろうかと、私の影武者を演じてもらった。おかげで厄介な武器を持つ二人を先に始末することができたよ。さすがはティーガーズというべきか、墜とすのにこちらも四機を犠牲にしたがね」


「……あ、あんたって人は!」


「ふむ……君たちはどうも軍人としては優しすぎるようだ。美しい絆も結構だが、それも“勝つ”という一点に向けられなければ結局は犠牲者を増やすだけだよ。君たちが連合軍に勝てなかった原因は、そのあたりの甘さにあるのかもしれないな」


 背後に連合軍、さらに上からはヒンデンブルグ号が落ちてくるという状況でありながら、ポリーヌはまるで他人事のようにローラたちの性格を分析している。この豪胆さと冷徹さこそが彼女をゲルマニア軍総司令官にまでのし上がらせた最大の武器なのだが、ここまでいくとまるで人間味というものが感じられない。


「許さない……あなたは絶対に私たちが倒すっ!」


 仲間を討たれたローラが激昂げっこうして襲い掛かる。残った三機のうちどれにポリーヌが乗っているのかは分からないが、とにかく全て墜とせば同じことだ。


「食らいなさい!」


 ローラが一番近くいた敵機にハンドマシンガンで銃撃を浴びせる。すると別の一機が横から割り込んで盾となり、身をていしてその機体をかばった。


「今の機体……司令官をかばったの? じゃあ、あれがヒンデンブルグね!」


 ヴィルヘルミナは先にローラが狙った機体を追い、その後ろに素早く回り込んでニーミサイルを発射した。


 ―― ドゴォオォォォォォン! ――


「やったわ!」


「――ラインハルト大尉、危ない!」


「えっ?」


 一機のアルバトロスD.IIIを撃墜したヴィルヘルミナの背後に、いつの間にか別の一機が回り込んでいた。その機体は高速で突っ込んでくると、ヴィルヘルミナの機体を踏みつけるように飛び蹴りを食らわせた。


 ―― グワッシャァン! ――


「きゃぁっ!?」


 ヴィルヘルミナの機体がバランスを崩して落下しかけるが、すぐに体勢を立て直して敵機に向き直る。


「ほう、さすがはフォッカー博士の最高傑作……いや、君の操縦技術かな? 弾を節約しようと思ったのだが、やはり手を抜いて倒せる相手ではないか」 


「くっ……また身代わり?」


「弾の節約……そうか! ラインハルト大尉、ヒンデンブルグの狙いは私たちにニーミサイルを無駄撃ちさせることよ。他の機体はそのためのおとり!」


「気付いたかねリヒトホーフェン大尉。だがもう遅い、もはや残っているのは君の右膝に残っている一発だけだろう」


 ポリーヌが勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 先ほどヴァルトラウトとヘルマが撃墜されたのも、親衛隊をただの駒として使い捨てるという、この卑劣極まりない戦法によるものだった。二人はそれぞれ二機の敵に抱きつかれて動きを封じられ、そこを敵機ごと蜂の巣にされたのである。

 これは性能で劣る旧型の機体で最新鋭機を倒すための作戦だった。アルバトロスD.IIIとD.IVの最大の違いは再上昇が可能かどうかという点だが、上からヒンデンブルグ号が落ちてくる今の状況では、むしろ下降しながら戦わなければいけないので意味はない。あとはD.IVの最大火力であるニーミサイルを封じさえすれば、飛行速度以外にほとんど差はなくなるのだ。


「一発残っていれば十分よ。今の動きでどちらが本物かは分かった……もう外しはしないわ!」


「もう遅いと言ったろう。捨て駒の一機はともかく、ゲーリング中尉たちもいるこの状況で君たちに勝ち目があると思うのかね?」


 後方からはヘルミーネとブリュンヒルデも戻ってきて、ローラたちは四機に取り囲まれる形になっている。最後に残った親衛隊とポリーヌ自身の実力が大したことはないとしても、戦力の差は明らかだ。


「あなた一人を墜とすだけならっ!」


「だから甘いというのだよ」


 ―― ドギャァン! ――


「うぁっ!?」


 ポリーヌを狙って一点突破を図ろうとしたローラだったが、先ほどのヴィルヘルミナと同じように強烈な飛び蹴りを食らって危うく一回転しそうになった。意外にもポリーヌは正面から彼女を迎え撃ち、カウンターを合わせてきたのだ。


「私がただ部下を捨て駒にするだけの卑劣な司令官だと思ったかね? かつてオルトルート・ベルケとともにAMで戦場を駆け回り、君たちティーガーズの師ともいえるマクシーネ・インメルマンに戦闘技術を叩き込んだのは誰だと思っている」


「ま、まさか……」


「そう、私だよ。すでにGETSが反応するギリギリの年齢になってしまったが、操縦の腕前においては君たちのような小娘にまだまだおくれは取らんさ」


 絶望的な事実を突きつけられ、ローラとヴィルヘルミナは愕然がくぜんとした。もしもポリーヌの言ったことが本当なら、自分たちはこのままなにもできずに撃墜される恐れすらある。




 ゲルマニア軍の同士討ちを眺めながら、アーサリンは状況を理解しようと必死に頭を廻らせていた。

 青と白の機体色から察するに、襲われている二機はおそらくヴィルヘルミナとローラ・フォン・リヒトホーフェンだ。アーサリンとしてはすぐにでもヴィルヘルミナを助けに割って入りたいところだが、なぜ二人が襲われているのかを理解したうえでなければ、そちらに加勢する理由をルネに説明できない。


「(私たちと戦っていたミーナちゃんたちが襲われているということは、後から出てきたほうが裏切り者? でも、それならゲーリングがそっちに加担してる理由が分からない……)」


 正式なパイロットになってまだ半年余りのアーサリンでも、ローラ・フォン・リヒトホーフェンやヘルミーネ・ゲーリングがどういう人間かは聞き及んでいる。片やマルグリット・フォン・リヒトホーフェンの妹で、姉にも劣らぬ誇りと気高さをそなえたローラ。片や“毒薔薇”と仇名あだなされるほど狡猾で残忍な性格だが、出世欲は人一倍強いヘルミーネ。性格は真逆にせよ、いずれもゲルマニア帝国を裏切るような理由があるとは思えない。


「(…………そうだ!)」


 逆にどういう理由があればいずれかが裏切り者になり得るのか、それを考えたとき、アーサリンの脳裏にある考えが思い浮かんだ。


「少佐、敵が争っている理由ですけど……」


「アーティちゃん、なぁに?」


「後から出てきたあの旧型の機体、もしかすると乗っているのは敵の司令官……もしくはそれに準ずる人物なんじゃないでしょうか」


「……どうしてそう思うの?」


「同士討ちをしているということは、どちらかが軍を裏切るようなことをしたということです。今の状況を見る限りでは、どちらが叛逆者なのかは分かりませんが……でもゲーリングの性格から考えて、絶対に損をするほうにはつかないと思うんです」


「つまり官軍にせよ裏切り者にせよ、ゲーリングにそれなりのメリットを提示できる人間ということね」


「はい。だけど直前までこちらと戦っていた以上、青いのと白いのが反乱分子というのは考えにくいです。なら軍の有力者がクーデターでも起こそうとしたか、もしくはそれに近いことが明るみに出て、あの二人を口封じのために始末しようとしているんじゃないかと思うんですが……」


「なるほど、それなら一応の辻褄つじつまは合いますわね」


「仮に襲われているほうが裏切り者ならば、それを司令部に報告するだけで国内に彼女たちの居場所はなくなるはず。なのに我々という敵がいるにもかかわらず、撤退よりもあの二機への攻撃を優先しているあたり……ブラウン少尉の予想はあながち間違っていないのかもしれません」


 ジョルジーヌや副隊長のラモーナもアーサリンの考えを支持してくれた。アーサリンにとってはヴィルヘルミナを助けたいがあまり適当にでっち上げた予想にすぎないのだが、逆にそれがズバリ当たっていたことが妙な説得力を生んだのだ。


「ゲルマニア軍の司令官ポリーヌ・フォン・ヒンデンブルグが飛行船に乗り込んで指揮を執っていて、墜落の危険を感じて脱出してきた……それだけでもあり得ない話じゃないわね」


「それでは、撃ちますか?」


「もしもあれが司令官なら、倒せば敵軍に壊滅的な打撃を与えられるわ。敵の数も減ってきたし、今ならリスクもそれほどない……行きましょう!」


「「「了解!」」」


「みんな気をつけてね。私たちはあくまで敵の司令官と思われる機体を撃墜するのが目的であって、襲われている二機の味方をするわけじゃない。そっちの動きにも注意して、もしもこちらに攻撃を仕掛けてきたなら遠慮なく反撃するのよ」


「「「はいっ!」」」


 ルネはそう釘を刺したが、これでヴィルヘルミナを援護する大義名分は得られた。アーサリンは機銃を構えると、翼の両端にあるプロペラを前に向けて全速力で飛び出した。

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