第14話 トマサ・ソッピース暗殺計画

 14.トマサ・ソッピース暗殺計画



 フランクフルト陥落の報がもたらされてから四日、クリンバッハ城にいる兵器開発チームの面々はみな忙しく動き回っていた。ドラゴンの調整が完了したため、次はそれをエース部隊の人数分揃えるための量産作業に入ったのだ。


「これであとは飛行ユニットを組み立てるだけですわね」


「ええ、三日もあれば必要な数が揃うでしょう」


 ジョルジーヌとシャルロットが作業の進み具合を見ながら満足そうな笑みを浮かべる。

 この新型機は装甲を削って軽量化したトライプに飛行ユニットを後付けする構造のため、本体さえ先に用意しておけば後はユニットだけを量産すればいい。この生産性の高さもドラゴンの優れた部分の一つであった。


「ところで……ブラウン少尉とビショップ中尉の胸ではこれを使えませんわよね。十一機揃えても、二機余るのでは?」


 シャルロットが素朴な疑問を口にする。

 彼女の言うとおり、ドラゴンはあくまでキャメルを扱うことのできるパイロットを想定して造られたものだ。かつてゲルマニア軍のローラがそうだったように、アーサリンたちのように胸の小さなパイロットでは飛行性能を十分に発揮できないだろう。


「ですから、もしゲルマニア軍との戦いでドラゴンが必要になったときには、お二人の代わりに私たちが乗りますのよ。我々WEUエースの実力……久々にゲルマニアの連中に思い知らせてあげましょう」


「なるほど! また大尉とご一緒に戦えるのですね。嬉しいですわ!」

 

 シャルロットが恋する乙女のように胸の前で両手を合わせる。ジョルジーヌのことを姉のように慕っている彼女は、再び二人で戦場に立てる日を心待ちにしていたのだ。


「そういえば、トマサさんはどうされましたの?」


「開発室のソファで眠ってしまわれたので、風邪をお召しにならないように毛布をかけておいてあげましたわ」


「そうですか。あの子、最近はこんを詰めっぱなしのようでしたからね……」


「もう夜も遅いですから、大尉も先にお休みください。見回りは私がやっておきますので」


「ありがとう中尉。それではお言葉に甘えさせてもらいますわ」


 ジョルジーヌが振り返り、縦ロールの金髪をなびかせながらその場を去っていく。シャルロットもその後姿を見送ると、城内を見回るために整備ドックを後にした。




 その日の深夜、シャルロットは眠ることなくずっと城内をうろついていた。またジョルジーヌとともに戦える日を想像して興奮していたのもあるが、先日フランクフルト陥落の報を聞いたときから妙な胸騒ぎがしていたのだ。

 また立て続けに不吉な報がもたらされるかもしれない――そう考えると、ここ数日はベッドに入ってもなかなか眠ることができなかった。


「……あら?」


 シャルロットが兵士の宿舎になっている棟を歩いていると、向かいの廊下を横切る人影が見えた。人影が歩いてきたほうにあるのは地下への階段――すなわち兵器開発室である。

 新型AMの設計図や資料など機密書類も多く保管されている開発室には、緊急の伝令以外で許可なく立ち入ることは許されていない。部屋の主であるトマサが眠っているはずの今、そこから出てくる者がいるのは明らかに不自然だ。


「お待ちなさい」


 シャルロットが人影を追い、後ろから呼び止める。


「はい、なんでありましょうか?」


 声をかけられた者は特に驚くでもなく、ごく自然に振り返った。持っていたランタンをかざしてよく見ると、ちゃんとRUKの軍服に身を包んだ兵士である。


「あなた今、地下のほうから出てきましたわね。こんな時間に、開発室でなにをしていましたの?」


「中尉と同じく、夜の見回りをしておりました。それに、開発室の中までは入っておりません。不審な者がいないか、階段を下りて廊下の奥まで確認してきただけであります」


「そうですか……」


 目の前にいる女性の振る舞いには特におかしいところはない。シャルロットが気にしすぎかと思っていると、見回りをしていたという女性は世間話でもするかのように口を開いた。


「もうすぐ夜明けが近いですね。中尉は今日、当直任務ではなかったと記憶しておりましたが……まだお休みになられないのでありますか?」


 これもまた不審なところは一切ないように思える、当たり障りのない台詞せりふだ。だがシャルロットは言葉そのものではなく、その発音が気になった。


「あなた……お故郷くにはどちらですの?」


「見ての通りRUKでありますが……それがなにか?」


「それにしてはずいぶんとお堅い発音の英語ですのね。まるでゲルマニアなまりですわ」


 そう言われた女性の動きが、一瞬だけぴたりと止まる。


「そういえば、ソッピース主任は開発室におられないようでしたが……お部屋のほうで休んでおられるのでしょうか?」


 女性が話を逸らすかのようにトマサの行方をたずねた。だがトマサなら開発室のソファで眠っているはずだ。それがいないとはどういうことなのだろう。いや、そもそも彼女は開発室の中までは見ていないのではなかったのか。


「あなた……所属と階級を述べていただけるかしら」


 シャルロットが持っていたランタンを床に置き、かけていた眼鏡を胸ポケットにしまいながら訊ねる。どう見ても臨戦態勢、女性のことを疑っているのは明らかだ。


「…………」


「もう一度聞きましてよ。所属と階級を述べなさい」


「ふふ……いい勘をしているな。さすがはWEUのエースというべきか。ちょっとした発音の違いで気付かれるとは思わなかったぞ」


「……!」


「シッ!」


 ―― ドガッ! ――


「ぐぅっ!?」


 女性がいきなり前蹴りを放ち、シャルロットの体を後ろに吹っ飛ばす。素早く反応したおかげで肘でガードすることはできたが、相手との間合いが少し開いてしまった。自分が武器を抜くための余裕は持ちつつ、先に相手が武器を抜こうとすれば逃げることもできる微妙な距離だ。


「こちらももう一度聞いてやろうか。トマサ・ソッピースはどこだ。日中ずっと姿を見ないからてっきり地下にいるものと思っていたが、さっき開発室に忍び込んでみても見つけられなかった。一体やつはどこに行った?」


「トマサさんになんのご用ですの!?」


「知れたことだ……やつの存在は我がゲルマニア帝国にとって最大の脅威となる。ゆえにここで死んでもらうのよ」


 やはりシャルロットが怪しいと思ったとおり、目の前の女性はゲルマニアのスパイだった。それどころか、トマサを暗殺するために送り込まれた刺客だったのだ。

 

「見破られたからには仕方がない。お前もここで死んでもらおうかシャルロット・ナンジェッセ!」


 刺客は腰の後ろに手を回すと、ベルトからナイフを抜いて斬りかかってきた。銃を使わないのは眠っている兵士たちを起こして騒ぎを大きくしないためもあるだろうが、間合いを詰めることでこちらにも銃を抜かせないのが狙いだろう。


「しぃっ!」


 刺客がシャルロットの喉元に向けて鋭い突きを放ってくる。頚動脈けいどうみゃくを狙うのではなく、喉に穴を開けて叫び声を上げられないようにするための突き方なのがいかにも暗殺者らしい。


「ふっ!」


 シャルロットは左に体をかわしつつ、突きをくり出してきた刺客の右腕を右手で払いのける。そしてそのまま手首を掴んで自分の後方へと引っ張り込み、相手の肘に自分の左前腕を叩きつけた。


 ―― みきっ ――


「ぐぁっ!?」


 肘が伸びきったところを叩かれ、関節に激痛が走った刺客がナイフを床に落とす。

 腕の当たったポイントがわずかにズレたおかげで骨折は免れたようだが、靭帯じんたいが切れたのは確実だろう。刺客は肘を押さえながら飛び退き、少し大きめに間合いをとった。


「ボール中尉ほどではありませんが、私も格闘戦には少々自信がありますのよ。WEUの前身であるフランスに伝わる格闘技……サバットをご存知ないかしら?」


 サバットとは本来蹴りを主体とした格闘技であるが、それゆえに手技をさばく技術に優れている。上級者になるほど体捌きだけで敵の攻撃を空振りに終わらせるが、パンチやキックを手で払うのは基本的な技術なのだ。

 そして、そういった受け技が発達したのにはもう一つ理由がある。それは――


「はぁっ!」


 シャルロットが右足を大きく踏み込み、左のミドルキックをくり出す。痛めている相手の肘を狙うえげつない戦法だが、暗殺者相手に遠慮する兵士などいない。

 刺客は痛めた肘を左手でかばったまま腰を落とし、二の腕でシャルロットの蹴りを受けようとした。だが――


 ―― ドムッ! ――


「んぐぅっ!」


 刺客の顔が苦痛に歪む。

 シャルロットの蹴りは鍛えられた二の腕で防がれ、一見するとダメージを与えていないようにも見える。だが彼女の足首は曲がったまま腕に巻きつくようにヒットし、軍靴のつま先が敵の肝臓レバーえぐっていた。

 これこそがサバットの持つ最大の特徴である。軍隊で規律違反を犯した兵士の尻を蹴飛ばしたのが起源とされるこの格闘技は、すねまであるブーツを履いた状態、すなわち足首が曲がったままの蹴りを前提としている。それゆえキックボクシングのように腕を体にくっ付けて受けようとすると、この刺客のようにつま先を蹴り込まれてしまうのだ。

 逆にサバットではその蹴りを受けるため、手を使ってなるべく体から離れた場所で止める防御法が確立されたというわけである。シャルロットがAMパイロットとしても接近戦の達人として知られるようになったのは、この受け技を極めていることによるものだった。


「く……くそっ……」


 刺客がよろめきながらじりじりと後退する。だがナイフをさばかれたときの攻防で二人の位置は入れ替わり、背後は行き止まりになっている。ここは一階なので窓があれば破って逃げることもできたのだが、これでは逃亡することも不可能だ。


「もう諦めて投降なさい。格闘戦ではあなたに勝ち目はありませんし、その腕ではもはや銃もまともに使えないでしょう。これ以上続けても痛い目を見るだけでしてよ」


「ふざけるな……貴様ら劣等国の捕虜になるぐらいなら、自ら死を選ぶのがゲルマニア軍人だ」


「舌でも噛もうとおっしゃるの? 別に止めはしませんが、できれば床が血で汚れないようにしていただきたいですわね」


「ふふ……そうさせてもらうさ。トマサ・ソッピースの暗殺には失敗したが、もう一つの任務はすでに果たした」


「もう一つの任務ですって?」


「お前たちはもうすぐ天のいかずちに打たれ、地獄の業火に焼かれるだろう。一足先に行って待っているぞ!」


 そう言うや否や、刺客の女性はなにかをごくりと飲み込んだ。


「ゲルマニア帝国…………ばん……ざ……」


 刺客がうずくまるように倒れ、目を見開いたまま動かなくなる。おそらくこういうときのために、口の中に毒の入ったカプセルかなにかを仕込んでおいたのだろう。


「…………そうだ、トマサさんは?」


 シャルロットは動かなくなった死体をしばらく見つめていたが、トマサのことを思い出してはっとした。開発室にいなかったというなら、一体どこに行ってしまったというのだろうか? 彼女は慌てて振り向くと、トマサの自室がある兵士の宿舎棟へと戻っていった。


 ―― ドンドンドン! ――


「トマサさん! トマサさん!」


「はぁい……誰ですかぁ……?」


 部屋のドアを激しくノックすると、中から眠そうなトマサの声が聞こえた。やはり彼女は一度起きた後、自室に戻って眠っていたらしい。


「あれ、シャルロットさん。こんな時間にどうしたんですか?」


 ドアを開けてトマサが顔を見せた途端、シャルロットは思わずひざまずいて彼女を抱きしめた。それと同時に緊張の糸が切れ、長く深いため息が漏れる。


「あぁ……ご無事で本当に良かった……」


「え? えぇっ?」


 シャルロットは連合軍の至宝ともいうべきトマサを守れたことに安堵あんどし、今にも泣き出しそうな顔をしている。だが狙われていた当の本人はなにがあったのかまるで分からず、ただ困惑して頭の上に『?』マークを浮かべていた。

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