第31話 強襲、虎部隊
31.強襲、虎部隊
パイロットの
「せぇっ!」
シャルロットの右のパンチに合わせ、アーサリンはがむしゃらに突っ込んで外側へ回り込もうとする。
「甘いですわ!」
―― ドボォ! ――
「かっ……は…………!」
シャルロットは外側に回り込まれと感じた瞬間、右のパンチを出した勢いのまま反時計回りに回転し、アーサリンの脇腹に左のバックスピンエルボーを叩き込んだ。
「げほっ……! ごほっ……!」
「横に回り込んだだけで油断してはいけません。パンチを払いのけた手でちゃんと相手の動きを封じないからそうなるのです。勇気を持って踏み込むのと、破れかぶれの無謀な突っ込みをするのは違いますわよ」
「は、はいっ……」
「生身の人間ですらこれだけの
「あ、ありがとうござい……ました……」
アーサリンが格納庫の床に膝をつき、腹部を押さえてどさりとうずくまる。
「うわぁ……アーティってば、今日もしごかれてるなぁ……」
二人のそばを通りかかったクリスティーナが、自分じゃなくて良かったとでも言いたげな顔で身震いする。
「人の心配してる場合じゃねーぞ。これからお前も初任務だろ」
「あ、ボール中尉」
整備用ハンガーにかけられたキャメルから、アルバータがウインチワイヤーに掴まって下りてきた。
「アルバータでいいよ。ほら、さっさとパイロットスーツに着替えて行くぞ。今日は俺とお前が
ジャクリーンとクリスティーナ、そしてシェリルの三人は、今日の昼から
それでも単独での任務ではなく、それぞれ三方面をパトロールするエースたちに随行させることで少しずつ実戦に慣らしていこうというのは、隊員たちに対して少々過保護気味なルネによる配慮である。
「まあ、ここんところゲルマニアの連中はなぜか大人しいからな。それほど危険な任務にはならねーと思うけど。もしも敵が出撃してきたら、俺が敵を抑えてる間にお前は逃げて援軍呼んでくれりゃいいよ」
「は、はいっ。よろしくお願いします。じゃあねアーティ。私、これから初任務だから」
「あ……クリスちゃん……が、頑張ってねぇ……」
まだうずくまったままのアーサリンが顔を上げ、クリスティーナに向かって手を振る。
「うん、アーティもね。帰ってきたら、また特訓に付き合ってあげるから」
クリスティーナも気の毒そうな表情を浮かべながらアーサリンに手を振り、アルバータとともにパイロットスーツのあるロッカールームへと向かった。
アルバータとクリスティーナが向かったのは、元々両軍の主戦場となっていた北のシュタインゼルツ平原を越え、さらに少し北東に進んだヴァイセンブルクだ。そこから西のクリンバッハ城へと山道が続き、さらにすぐ東には国境を挟んだ最前線の塹壕がある。敵がここを通って塹壕の歩兵部隊を強襲しないかどうかを見張ることは、インゴルスハイム基地のAM部隊にとって最も重要な任務の一つだった。
クリンバッハ城に続く山の麓に二機のキャメルが立ち、敵部隊が出撃してこないかどうかを見張っていた。もしも敵の動きを察知したなら、すぐに発煙筒で他方面に向かったチームに異変を知らせる手はずだ。
「ここ、かなり
クリスティーナがぼそりと
「前線に一番近いところだからな。砲弾の音はしゃあねえよ。ま、さすがにここまで弾は飛んでこないから安心しろ」
そう言われても、先ほどからクリスティーナはどうにも落ち着かない。基地の近くでも風に乗って砲弾の音が聞こえてくることはたまにあるが、さすがに下腹に響くほどの振動まで伝わってはこないのだ。
「うう……クルプルかケッフェナッハのほうがよかったなあ……」
一緒に基地を出たジャクリーンはロベルタとともにクルプル方面へ、シェリルはジョルジアナとともにケッフェナッハ方面へと向かったはずである。
「そっちはそっちで大変だぞ。敵は空を飛べるようになったんだから、もし道のないクルプルから攻めてくるなら確実に新型の飛行部隊だ。逆に敵がわざわざ山道沿いにこっちを回ってくるなら、いつもどおり空を飛ばずにやってくる地上部隊の可能性が高い」
「そうですね……私はまだ新型のカメラにも慣れてないし、空飛ぶ敵が攻めてきても戦力になれないでしょうから、これでよかったのかも」
「それに関しては俺らも似たようなもんだけどな。そっぴーの作ってる新型銃ってのは完成までまだ少しかかるみたいだし、今の機銃で空の敵が撃てりゃぁなあ……」
そう言いつつ、アルバータが目いっぱいキャメルの腕を上げて機銃を構える。
厳密には、今の機銃でも空飛ぶ敵を撃てないことはない。肘を突っ張らず、半分ぐらい腕を曲げた状態で角度をつければ、ほぼ真上にも銃を向けられるのだ。だがそれでは銃の先端に取り付けられた照星がモニターの画面に入らず、敵に照準をつけることができない。
肘を張った今の状態でも、キャメルの腕そのものは水平から四十五度ぐらいまで上がってはいる。しかし操縦環とレバーの可動域の関係上、中で操縦している人間の手首は鶴の首のように曲がってしまっていて、これまた狙いを定めるどころではない。もちろん狙いをつけずに弾をばら
つまるところ、連合軍は空飛ぶ敵に対して未だ有効な攻撃手段を持てずにいるのだ。もしもフライヤーユニットを装備したAMが攻めてきたなら、敵が地上に下りてくるまで時間を稼ぐことだけが今できる唯一の対策だった。
「……ん?」
アルバータが機銃の照星をクリンバッハ城のほうへと向けようとすると、森の木々の上で
「敵だ! 地上部隊が出てきやがったぞ!」
「ええっ!?」
「慌てんな! まずは発煙筒で敵の出撃を仲間に知らせるんだ!」
「は、はいっ!」
クリスティーナがAMの腰に装備していた二つの発煙筒のうち、赤い煙が出るほうに点火する。敵が攻めてきたとき、フライヤーユニットによる空からの攻撃であれば青い
たちまち発煙筒からもうもうと煙が立ち、青い空へと吸い込まれていく。その
「ふん、敵も我々の出撃に気付いたようだな」
赤い
「山上から見えた敵は二機のみですから、おそらく
部下の一人であるゲルトルートが指示を仰ぐ。彼女はマクシーネが手塩にかけて鍛え上げた部隊、通称『トルッペン・ダス・ティーガーズ』(虎部隊)のリーダーであり、今回マクシーネに随行してきた三人のまとめ役でもあった。
「我々のやることはなにも変わらんさ。今回の目的は
言い終わるや否や、マクシーネはアクセルペダルを踏み込んでAMを猛加速させた。三人の部下とローラのAMもそれに続く。
マクシーネの言うとおり、軽量・高機動をコンセプトに設計されたアルバトロスD.IIの平均時速は連合軍のキャメルに比べて三十キロ近く速い。五機のAMはあっという間にアルバータたちの待ち構える山の麓まで迫ってきた。
「……あ、あの機体色は……!!!」
猛然と坂を下ってきたAMの姿が倍率を上げたアイカメラのモニターに映ったとき、アルバータは思わず息を呑んだ。通り名そのままに、オレンジカラーをベースに黒のストライプを入れたアルバトロスD.II――あれは紛れもなく『リールの虎』ことマクシーネ・インメルマンのAMだ。
「い、インメルマンだとぉ!?」
「え、ええっ!? インメルマンって、あのマクシーネ・インメルマンですか?」
クリスティーナが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
マクシーネの編み出したインメルマン・ターンを身につけることがエースになる必須条件とも言われる昨今、彼女の名を知らぬAMパイロットなどいない。実戦経験のほとんどない彼女にとって、その名は恐怖の対象以外の何者でもなかった。
「そ、そんな……どうしてそんな大物がここに……ど、どうしましょうアルバータ中尉!」
「ば、バカ! ビビるんじゃねえ! いくら大物っつっても、もう
「む、無茶ですよぉ! 相手はインメルマンで、しかも五対二じゃ勝てるわけありませんって!」
「さすがに全機倒そうなんて考えてねえよ。出撃前にも言ったように、俺がインメルマンだけでも抑えるから、お前は他の四機にやられないようとにかく逃げろ。クルプルのほうにいるロベルタたちのチームと合流するんだ。そのうち基地からの援軍も来てくれる」
「で、でも……」
「早く行けっ!」
「……っっ! ごめんなさい中尉……死なないでください!」
機銃を構えるアルバータのキャメルに背を向け、クリスティーナが南西の方角へ向かおうとする。だがそのとき、すでにマクシーネたちの部隊は二人の目の前まで迫っていた。
「私が前にいるやつを狩る! お前たちは後ろのやつを逃がすな!」
「はいっ!」
「「「了解!」」」
ローラとゲルトルートたちのアルバトロスが逃げようとしているクリスティーナのキャメルへと迫る。
「させるかよぉっ!」
―― ズガガガガガガガガガ! ――
アルバータが機銃を掃射し、クリスティーナと敵の四機を分断しようとする。だが、その横腹に強い衝撃が加わった。マクシーネが体当たりを食らわせてきたのだ。
「お前の相手は私がしてやる!」
「くっ!」
――そして、虎の狩りが始まった。
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