第30話 牙を剥く虎
30.牙を剥く虎
連合軍とゲルマニア軍が最後に戦ってから十九日目の夜――マルグリットをはじめとする五名がベルリンへと帰還した後、隊長代理を務めることになったマクシーネは、作戦会議室となっている広間で副隊長のエルネスティーネから敵AM部隊の陣容について説明を受けていた。
「……なるほど、大体分かった。それで、前回やつらをフライヤーユニットで叩いてから、どれぐらいの日数が経ったんだ?」
「明日で二十日になります」
「その間、攻撃パトロールは何度行なった?」
「いえ、フライヤーユニットの改修作業もありましたし、試作型での飛行訓練に注力しておりましたので、敵軍とはそれ以降戦火を交えておりません」
「なんだと……それは少しまずいな」
「なにか不都合でも?」
「敵はフライヤーユニットの威力を身をもって知ったことで、今は我が軍のほうが戦力的に上だと考えているはずだ。それなのに、その我らが二十日近くも沈黙を守っていればさすがに不審に思うだろう」
「たしかに……」
「フライヤーユニットがまだ完全ではないことや、こちらの戦力が減っていることを敵に知られたくないのは分かる。だがあまりにも長く動かないままでいれば、逆にそれを教えているようなものだ」
「それでは、明日にでも攻撃パトロールを行いますか?」
「うむ、
さすがにマクシーネは東部戦線で新ロシア帝国を抑えてきた猛将である。『リールの虎』は、ただ留守居をするだけの
「とはいえ、貴官らのAMはまだ改修中で使えまい。明日は私と直属の部下三人で出撃するとしよう」
「隊長代理が自ら?」
「ふふ、歳を取ったからといって甘く見てくれるなよ。昔ほどの出力を引き出せなくなったとはいえ、操縦の技量においてはまだまだ敵のひよっ子どもに後れを取る私ではない」
「はっ、それについては心配しておりませんが……」
―― コンコン ――
そのとき、会議室のドアをノックする音が聞こえた。
「誰か!」
エルネスティーネが振り返り、ノックの主を
「ローラ・フォン・リヒトホーフェンです」
「おお、マルグリットの妹か。入れ」
「失礼します」
マクシーネの許可とともにドアが開き、ローラが会議室に入ってきた。
「ほう、貴官がマルグリットの……姉に似てなかなか腕が立ちそうだな。それにいい眼をしている。優秀な狩人の眼だ」
「こ、光栄であります」
「それでどうした、なんの用だ?」
「今、部屋の外を歩いていたらお二人の会話が聞こえました。明日、攻撃パトロールに出られるとか……」
「そうだ」
「よろしければ、私を一緒に連れて行っていただけないでしょうか。姉が戻るまで、少佐の技を間近に見て学びたいのです」
「ふむ、それは構わんが……貴官のAMは改修中ではないのか?」
「そ、それは……実は私は、フライヤーユニットの飛行可能時間が他のパイロットの三分の二ほどしかなく……」
ローラが唇を噛み締めながら悔しそうに
約二週間前――組み立てが遅れていた三機の試作機がようやく完成し、マルグリットの腹心であるヴェロニカとクリームヒルト、そしてローラの三人で初の飛行訓練を行うことになった。だがヴィルヘルミナの指導で訓練を始めてからしばらく経つと、なぜかローラの機体だけが急速に高度を落としていった。飛行のための風を噴射するタービンの出力が、どうしても必要規定値まで上がらなかったのだ。
理由はもちろん、彼女の胸が他のパイロットたちに比べて小さかったからである。小さいとはいっても平均サイズなのだが、フライヤーユニットはマルグリットのような巨乳のエースたちを想定して開発されていたため、何度繰り返しても飛行時間が三十分を超えることはなかった。
そのことでローラはフライヤーユニットを使った作戦行動に不適格と判断され、やがて来るであろう連合軍との決戦時にも、敵を城に近づけないための地上部隊として山の麓を守る役目に回されることがすでに決定していた。
「ふむ……」
マクシーネの視線がローラの胸あたりまで下がる。
「よかろう。私の部下とともに随行することを許可する」
「あ、ありがとうございます!」
「本来AMは地上を駆ける兵器だ。たとえ空を飛べなくても、地上戦を極めれば姉を超える英雄にだってなれるさ」
「は、はいっ……!」
マクシーネはローラの胸を見ただけで全てを悟ったらしい。
かつてマルグリットも同じような言葉をかけてくれたはずなのだが、ローラの心に生まれたのは姉への反発だけだ。それに対し、
「よし、出撃は明日の正午とする。まずはやつらの
「「はっ!」」
顎を上げ、にやりと笑ったマクシーネの歯が窓から差し込む月明かりに照らされ、まるで猛獣の牙のごとくぎらりと光る。その表情は先ほどローラに見せた優しげな笑顔とはまるで違うものだ。彼女は堅物の多いゲルマニア軍人には珍しい
「くふっ、くふふふふふふっ……!」
マクシーネは明日の狩りに思いを馳せ、ぞくりと身を震わせた。
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