第22話 天才の指導は分かりにくい――ウィルマ・ビショップの場合
22.天才の指導は分かりにくい――ウィルマ・ビショップの場合
次の日の早朝、元々は学校のグラウンドだったインゴルスハイム基地の訓練場に、六機のAMが並んでいた。そのうち二機は訓練用のパップを戦闘用に改修したソッピース・トライプハウンド(猟犬)で、あとの四機がキャメルだ。
トライプに乗っているのはようやく首のコルセットが取れたアーサリンと、ウィルマ・ビショップ――ルネが今回の特訓の指導員として選んだパイロットだった。
ちなみにキャメルに乗っているのは、先日配属されてきた三人の新人パイロットたちとその指導を任されたラモーナである。三人の新人もこのまま敵の精鋭部隊と戦うのは危険と判断されたため、ルネが訓練を命じたのだ。
「よし、お前たちは向こうで私と模擬戦だ。ついてこい」
「「「はいっ!」」」
ラモーナの乗るキャメルが新人たちを引き連れ、グラウンドの中央へと走っていく。
「ビショップ中尉、今日からよろしくお願いします!」
アーサリンは無線を通してウィルマに挨拶したが、返事はない。それどころか、ウィルマの乗るトライプ自体が微動だにしない。
「あの……ビショップ中尉?」
さらに話しかけるが返事はない。AMに動力が供給されていることを示すアイカメラの光は点灯しているのだが、まるでパイロットが乗っていないかのようだ。
「すぅ…………すぅ…………」
耳を澄ますと、無線から安らかな寝息が聞こえてきた。ウィルマは操縦ユニットに突っ伏したまま眠っていたのだ。
「こらウィルマ! 寝るんじゃない! 起きろ!」
「んぁ……?」
無線からラモーナの大きな声が聞こえ、ようやくウィルマは目を覚ました。
「ああ、ごめん……GETSって暖かいからつい……んにゃ…………」
「言ってるそばからまた寝るなぁ!」
「そんなに怒鳴らなくても分かってるよぉ……特訓でしょ?」
「分かってるならちゃんと目を覚ませ。すまんなブラウン准尉、ウィルマのやつはやたらと朝に弱いんだ」
「い、いえ」
「ウィルマ、ちゃんと准尉を鍛えてやれ。この特訓の成否は彼女が一人前のパイロットになれるかどうかだけでなく、戦場に出れば命にも関わるんだぞ」
「だから分かってるってばぁ。アーサリンちゃん……アーティちゃんでいい? とりあえず撃ってきていいよぉ」
「う、撃っていいんですか?」
アーサリンは思わず
「んー……」
「えっと……じゃ、じゃあ……」
アーサリンはウィルマのトライプに機銃を向け、おそるおそる
―― タタタタタタン! ――
軽快な発砲音が響く。それと同時にウィルマのトライプは右足を引きながら、百八十度時計回りに旋回した。
―― ギュギュギュギュギュ! ――
アーサリンが撃った弾丸は一発も当たることなく、全てがトライプのいなくなった空間を素通りして地面に穴を穿つ。
「ええっ!?」
アーサリンがその反応速度に驚いている間に、ウィルマはさらにそのまま百八十度旋回する。そしてコンパスで円を描くように元の位置に戻ったときには、彼女はすでにアーサリンのトライプに銃口を向けていた。
―― どぱん! ――
「きゃあっ!?」
ウィルマの撃った弾丸がアーサリンのトライプに直撃した。
今機銃に
「はい、おしまい」
ウィルマはそう
「おぉぃ! ちゃんと教えてやれと言っているだろう!」
再び無線からラモーナの怒鳴り声が聞こえた。
「んーもぉ、うるさいなあ。ラモーナはそっちの訓練に集中しなよ」
「隊長からはお前の監督も仰せつかっている。私がいる限りサボれると思うなよ」
ラモーナは涼しい顔でウィルマと話しながら、三機のキャメルを同時に相手取っていた。常に三機を視界に収めて死角を作らないポジションをとりつつ、攻撃をかわした瞬間に踏み込んで相手の死角に入るという神業のような操縦だ。背後からパイルバンカーの先でコツンと突かれたキャメルが、もう一機を巻き込みながらガシャンと音を立てて転んだ。
「すごい……」
アーサリンはラモーナのキャメルが見せる一流ダンサーのような動きにすっかり魅了されていた。この動きと比べたら、自分が操るAMの動きなどまるで油の切れたブリキ人形だ。
「アーティちゃんもあんなふうになりたい?」
ウィルマがラモーナのキャメルを見ながら訊ねる。
「は、はい!」
「うー……そうなると必死で特訓しなきゃだね(めんどくさいなあ……)。じゃあ、とりあえず一発でいいから私に当ててみて」
そう言って、ウィルマはアーサリンから二十メートルほどの距離をとった。
「はいっ!」
アーサリンは機銃を向け、ウィルマのトライプに向けて発砲した。
―― スタタタタタタタタ! タタタタタタタタン! ――
アーサリンが右に撃てば左に、左に撃てば右に、ウィルマのトライプはまるでアーサリンが引鉄を引き、離すタイミングが分かっているかのように射撃の合間を縫って弾丸をかわす。
「ど、どうして当たらないの?」
ウィルマはさも容易いことのようにやっているが、これはそれほど簡単ではない。こちらにしっかりと狙いをつけてから撃ってくるのか、それとも一発でも当たればいいと適当に弾をばら
「ほらほら追ってきてー」
ウィルマのトライプが背を向けて逃げていく。アーサリンはそれを追い、その背に向けて機銃を撃とうとした。
―― ぎゅいん! ――
左右両足の履帯をそれぞれ逆に動かすことで機体が瞬時に反転し、ウィルマのトライプがそのままバック走に移行する。慣性がかかっているので移行のタイミングを誤れば後ろにひっくり返ってしまうところだが、その動きには流れるように
―― ズガガガガガガガガガガガガガガガ! ――
「きゃあぁぁっ!?」
コックピット内にけたたましい金属音が鳴り響く。アーサリンが引鉄を引くより先に、ウィルマが機銃を撃ってきたのだ。
「くっ!」
―― スタタタタタタタッ! ――
アーサリンが苦し紛れに撃ち返すが、そこにはすでにウィルマの機影はない。
相手を見失ったアーサリンが慌ててアイカメラを左右に動かしていると、次の瞬間機体が仰向けにひっくり返った。
―― ガシャァン! ――
「わぁっ!?」
一瞬の隙をついてカメラの可動域外に回り込んだウィルマに、機体の背中を掴まれて引き倒されたらしい。
アーサリンは倒れたときの衝撃で操縦環(AMの腕や指を動かすためのリング型コントローラー)を離してしまい、GETSから体が離れたことで電力の供給が止まる。
「
石の塊であるGETSやコントロールパネルになっている前面はともかく、操縦ユニットの背面には家屋の壁に埋め込まれる断熱材のような柔らかい素材が使われている。ヘルメットも被っていたおかげで怪我はしていないが、電力がカットされたせいで前面モニターが映らなくなっていた。
アーサリンは慌てて操縦環を掴み、動力ユニットであるGETSに体をくっ付ける。
―― ブゥゥゥ…………ン ――
電力が供給され、再びモニターが点灯する。そこに映っていたのは、上下逆さまになったウィルマの機体だった。倒れたアーサリンのトライプを覗き込むような体勢で左腕を後ろに引き、今まさにパイルバンカーを打ち下ろそうと構えている。
「えい」
―― ゴンッ! ――
ウィルマの掛け声とともに、パイルバンカーがトライプの胸に打ち込まれた。といっても、先端が装甲の表面を叩いただけだ。
「これで今日、アーティちゃんが死んだのは三回目だよ。まだ続ける?」
「ま、まだです! もっと続けてください!」
「えー……私はさっさと終わらせてもう一度寝たいんだけど……」
「お願いします!」
「はぁ……あとちょっとだけね」
「はいっ!」
そして昼前まで特訓は続いたが、アーサリンは結局一度もウィルマに攻撃を当てることはできなかった。ウィルマのトライプは履帯の周囲を除いて綺麗なままだが、アーサリンのトライプは何度も転ばされたせいで泥まみれのうえ、肩や腕の装甲版があちこち擦り傷だらけになってしまっている。
「これで九十二回目……いい加減もう帰っていいかな?」
「はあ…………はぁ…………は、はい……ありがとうござい……ました……」
「じゃあまた明日ねー。ふわぁ……お昼食べたらもっかい寝よ……」
ウィルマが格納庫へとトライプを走らせていく。さすがに十分と感じたのか、今度はラモーナからも文句が出ることはなかった。
「はぁっ…………はぁ…………ビショップ中尉もすごい……出せるスピードは私と同じぐらいのはずなのに、どうしてあんな動きができるの?」
「もちろん経験による慣れもあるが、あいつの場合はほとんどが天性の勘というやつだな」
無線からラモーナの声が聞こえる。グラウンドの中央に目をやると、三機のキャメルが今の自分と同じように大の字で転がっていた。向こうも特訓を終えたようだ。
「あいつはノースアメリカ北部でも特に気候の厳しいアラスカ育ちでな。猟師の父親に育てられたせいか、普段は寝ぼけているくせに異常なほど勘がいいんだ」
「か、勘であんな動きができるものなんですか?」
「戦う者には重要な資質だ。特にここで生き延びるためにはな」
ウィルマは装甲の薄いトライプで今まで撃破されることもなく、しかも連合軍でルネに次ぐスコアを上げるほどの活躍を見せている。被弾率からいえばインゴルスハイム基地の誰よりも低いといっていいほどだ。それを可能にしているのが、敵の殺気を読んで攻撃を回避するズバ抜けた勘の良さだった。
巨乳揃いのエースたちの間にあってウィルマの胸はいたって普通のサイズだが、逆にそれが彼女の操縦技術の高さを
「ウィルマは特に殺気に対しては野性の獣なみの反応をするからな。あいつがなかなか起きないときは、目覚ましなど鳴らすよりナイフでも投げつけてやったほうがいい。一発で飛び起きるぞ? はっはっはっは」
ラモーナがさらりと恐ろしいことを言う。
「まあ勘だけで動いているからこそ、逆にそれを他人に上手く伝えるのは下手なんだがな。あいつは本来指導役になど向いていないんだ」
「はあ……」
「やっては見せるが、それがどういう意味を持つのかは教えられんタイプだ。あいつの指導を受けるなら、まずは動きをよく見ることだな。そしてその意味や効果を理解したうえで、あいつの動きを真似られるように練習するんだ」
RUK軍のダブルエースとして付き合いの長いラモーナは、この基地にいる誰よりもウィルマのことをよく理解している。さっきの冗談とも思えない台詞にせよ、二人の間には余人に分からない距離感があるのかもしれない。
「どうだ、まだ動けるか? よければ午後からは私が指導してやるぞ」
「は、はい! お願いします!」
「よし、いい返事だ。だが、とりあえずは昼食を済ませてからだな。ほら、お前たちもさっさと立て!」
ラモーナは倒れている三人を
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