第71話 Slow Motion -Ben side-

20●●年12月22日。02時31分。


 ドラゴンフラッグとの交渉は順調に進んでいたかに見えた。


だが、不測の事態が生じたのだ。


バンッ!!


突然、轟く一発の銃声。


鋭い熱波が左頬を霞める。


「!!」


そして、「まさか!」と舌打ちしながら後ろを振り返ると・・・。


「Oh my God!」


アヤカが貧血を起こした少女のようにグラリと崩れ落ちた。


コンクリートの地面に広がる血溜まり。


時間にして、ほんの数秒。


一連の出来事はスローモーションだった。


素早く拳銃を拾い上げたナレースワンの二人が、発射地点に狙いを付けた。


ボウズ頭の男も驚きを露わに銃声の方向を睨みつけている。


「あのバカ!なんで撃ちやがった!周囲を警戒しろとだけ言ったはずだぞ!」


今まさに交渉は成立し身柄の引き渡しが始まろうとしていたのである。

この銃撃が彼らが意図するものではなかったことは明らかだ。


「ベン!銃創はどこだ!」


追撃の危険は無いと判断したナレースワンの二人が駆け寄ってきた。


「左大腿部に一発だ。頭部からの出血は銃撃によるものではなく転倒時に負った怪我だろう」


アヤカを遠巻きに囲んだドラゴンフラッグのメンバーが「必要なものはないか!」と声を上げた。


 騒然とする空気の中で応急処置が始まった。


「よしっ。ふとももの銃創はすぐに止血できるぞ。怖いのは脳へのダメージだ。キミ!聞こえるか?キミ!キミ!!」


「あ、熱いよ・・・」

その一言を最後にアヤカは意識を失った。


「クソッ!危険な状態だ・・・。なぜ防げなかった!これは私のミスだ。屋上に一名の少年が潜んでいることは知っていた。だが、断じて引き金を引ける目じゃなかったんだ。まさかアイツが・・・」


「ベン!お前のせいじゃない。大失態をやらかしたのは俺たちだ。ルーフ部分は丘上から死角になっている・・・」


館の前では男たちが敵も味方もなく動き回っている。


「アヤカーーーー!!」


頭上から叫ぶ人影は紛れもなくカズだ。


(すまない。私はアヤカを守れなかった・・・)


とにかく今は悔いている暇など無い。

一刻も早くこの子を設備の整った病院まで搬送するのが最優先だ。


 我々は建物内で集めた資材で急ごしらえのストレッチャーを組むと、生気が抜けた彼女の身体を横たえた。


『How beautiful・・・・』


不謹慎であるのは重々承知だ。

しかし、あえて言わずにはいられない。


「悲劇のクライマックスを迎えた舞台女優のようである・・・」と。

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