第58話「文句はねーだろ?」-Naoki side-
翌年の4月から、俺は正式にバンコクコールセンター立ち上げのプロジェクトリーダーに就いた。
肩書はオフショアコールセンター事業部長兼、AJコミュニケーションズ・アソークセンター長である。入社時の取り決め通り年俸は一気に600万円まで跳ね上がり、もはや「200万を貯める」などというちっぽけな目標は過去の話になった。
リゾートバイト契約だったヨシキも晴れて正社員に登用され、残すは12月のバンコク行きを待つのみである。
俺は、日本でやれる仕事を片付けたタイミングで故郷の福岡まで足を運んだ。
※ ※
殺風景な福祉施設の個室に天井を見つめる母が横たわっている。
「これが天神ナンバーワンホステスの末路かよ・・・」
おふくろが俺を産んだのは40歳の時だ。
アルコール依存症の母に金を渡す男は、地元で幅を利かせる極道である。
ヤクザの汚いカネが無ければ、俺も児童養護施設に入れられていたはずだ。
「人はパンのみに生きるにあらず」
タワマンの上層階で一人むさぼるコンビニ弁当には電子レンジのフレーバーがこびりつき、孤独な少年の空腹を満たす以外に意味はない。
私生児の俺、前科者の俺、明日を見失った俺。
そんな男を救ってくれたのがカズさんだった。
「過去や未来なんてどうでもいい!今を生きろ!」と。
俺は枕元の花瓶に駅前の花屋で買った薔薇を挿した。
「ちょっと派手だったかな・・・」
アルコールでヤラれた脳はアルツハイマーを加速させ、おふくろはもう何年も前から息子の顔すら分かっていない。
聞くところによると、水商売上がりの女は認知症を患う確率が飛躍的に高いそうだ。
政府は医療大麻がアルツハイマー病の改善に役立つとする研究について、完全無視を決め込んでいる。
これは、患者の治療よりも医療業界の利権を優先するためだ。
ヤクザのカネ、振り込め詐欺で奪ったカネ、汗水たらして稼いだカネ・・・。
人の命より優先される「カネ」の正体とは、いったい何なのであろう?
「産んでくれてありがとな。俺はバンコクに旅立つよ。フアンの一生を丸ごと買い取ってやるんだ。愛する女の値段はたったの200万円だってさ。笑っちゃうよな。でもよ、幾らかマシな人生がプレゼントできればと思ってる。なぁ、それでいいよな?馬鹿な頭を捻って考えたんだ。文句はねーだろ?」
「・・・・・・」
「母さん・・」
「・・・」
「寂しかったよ・・・。じゃあな」
これが俺たち親子が交わす最後の会話になった。
※ ※
『THCはアルツハイマー病の治療薬』
マリファナ(大麻)に含まれるテトラヒドロカンナビノール(THC)と、その他の成分が、「アルツハイマー病の発症に関連する毒性たんぱく質(アミロイドβ)の除去を促す」との予備的証拠を、ソーク研究所(カリフォルニア州サンディエゴ郊外のラホヤに位置する非営利法人)が発見した。
この研究が、近い将来、新たな治療法を開発する手がかりを提供するかもしれない。
出典:http://iryotaima.net/wp/?page_id=4464
NPO法人「医療大麻を考える会」HPより引用(検索日:2017/4/19)
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