第56話「この詐欺師め!」-Naoki side-

 自然豊かで娯楽の少ない小豆島の生活は金を貯めるには絶好の環境だった。

「元振り込め詐欺師」にとって"ホテル予約受付センター"などという業務は全く苦にならない。俺は、チンケなクレームでヘコむ同僚たちを尻目に、休日出勤や残業をガンガンと買って出た。


(このぶんなら、思いのほか早く資金繰りができそうだ・・・)


 そんな明るい希望を胸に半年ほどが過ぎた頃。

視察に訪れたクライアント企業の幹部連中がビッグチャンスを運んできた。


「ちょっとキミ。事務所に来てくれるかい?」


俺は、最近増え始めたタイからの予約電話を捌き終わったタイミングで肩を叩かれた。

そして「前科でもバレたか?」と冷や汗をかく俺に、男たちは願ってもない吉報を告げたのである。


「●●さんはタイ語が堪能なんですね。本社でも評判ですよ。そこで相談なんですが・・・。もしよろしければ、うちの会社の正社員になりませんか?もちろん派遣会社様も了承済みです」


その後、俺は海外戦略事業部長なる男から「近い将来バンコクでオフショアコールセンターを立ち上げる計画があるため、是非とも力になって欲しい」とのオファーをうけた。


(こんな所でタイ語が役立つとは・・・)


ならば二つ返事でOKする場面であろう。

まさに「濡れ手で粟」のミラクルだ。


だが、百戦錬磨のナオキ様はそんなに甘くない。


(どうせなら己の価値を釣り上げるだけ釣り上げて、最高値で買ってもらおうじゃねーか!)


 野心に火がついた俺はポーカーフェイスで駆け引きに出た。


「大変ありがたいお話ですが・・・。実は先日、某大手企業から御社と全く同じ趣旨でヘッドハンティングを受けまして。ご存知の通りタイで日系コールセンターを立ち上げるにはBOIの取得が必須です。現地には会社設立をサポートするコンサルト企業が腐るほどありますが、残念ながら信頼に値する会社は少ないのが現状です。彼等に任せきりではにされてしまうでしょう。日本人が日本人を狙った詐欺事件(日日詐欺)も後を絶ちません。向こうで事業を起こすには現地語能力が高いスタッフの雇用は不可欠だと考えられます」


 BOIとは「Board of Investment」の略で、日本語では「タイ国投資委員会」と訳される。つまり「タイの産業発展に投資してくれた企業には様々な恩恵を与えますよ」というだ。

コールセンター業界がBOIを取得する最大のメリットは、就労ビザの発給に便宜を図ってもえる点である。これが、「どこの馬の骨とも分からぬ日本人」に、あっさりと就労許可が下りるカラクリだ。


「いやー、お見それ致しました。●●さんは、タイの法律にも明るいんですねぇ。うちとしては、是非ともあなたをチームの一員に迎えたい」


我ながら、よくもまあここまでをかませたものだ。俺は、口角が上がりそうになる自分を抑えるのに必死だった。


「この詐欺師め!」と眉をひそめた方もいるだろう。


ところがどっこい「勝たなきゃ誰かの養分・・・」


成果主義の海外で勝負するからには、ここまでやって当たり前なのである。


 AJコミニュケーションズの幹部御一行は「可能な限りの条件を提示します」と好感触を残して帰っていった。


フェリー乗り場まで見送った俺が、腹の中でほくそ笑んでいたのは言うまでもない。

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