第53話 再びの地 -Kazu side-
ヘルメットに救命胴衣という大袈裟な装備を纏わされた俺たちは、窮屈なボートでメコン川を下った。ルアンパバーンからの船旅は優雅にビアラオを傾けるつもりでいたのだが、その当ては見事に外れてしまったのだ。
猛烈な勢いで疾駆するボート上では、酒を飲むどころか会話すらままならない。二年前の、総計16時間に及ぶ退屈な移動に懲りていた俺たちが、今回はスピードボートを選んだ結果が裏目にでたのである。
「これじゃ、スローボートの方がよっぽどマシっすね~!」
「まったく、程々ってもんが分かってないよなぁ」
※ ※
文句を垂れる二人を乗せたボートは3時間ほどでパクベンに到着した。船着場から伸びるメインストリートに、記憶のままの安宿街が顔をのぞかせている。
「いやー感無量っす。何の因果か、またここに舞い戻って来たんすねえ」
脱いだパーカーを肩にかけた相棒は、ピクニックに訪れた子供のように嬉しそうだ。
「ここからは打ち合わせ通りに行動ね。パクベンに連泊する物好きはそうそう居ないから。怪しまれたら蝶の写真を撮りに来たって答えといて」
「イエッサー!なるべく自然体を装います。でも・・。1つだけいいっすか?」
「・・・・」
「どうみてもガラの悪そうな俺が蝶の撮影って・・・。まぁ隊長の指示には従いますけど。アッハハハハ」
※ ※
ラオスで活躍する昆虫採集のプロフェッショナルに若原弘之氏という人物がいる。
現地で「蝶人」とあだ名される彼は、かつて標本業者から注文を受けた珍しい昆虫を日本に送って生計を立てていたそうだ。
ところが、「自分は蝶を獲りたいだけなのに・・・。お金の損得ではなく好きなものだけを追いかけたい」と、いつしか高値が付く蝶ばかりを捕まえる日々に疑問を抱くようになったという。
そんな中、20数年前にたどり着いたのが、「ただ夢中で蝶を追いかけた少年時代」を思い起こさせてくれるラオスだった。
この逸話が「蝶の撮影隊」なる突飛な設定を考えついた元ネタである。
※ ※
今日から滞在するメコンリバーサイドロッジは、その名の通り川沿いに面するバンガロータイプの宿である。
小洒落た部屋のバルコニーからパクベンの船着場がくっきりと見渡せるため、張り込みには持ってこいの立地条件だ。
さっそく俺は、うっちーさんから借りた望遠レンズをカメラに取り付けると、ファインダーを覗き込んだ。
「おぉ~スゲー!このバズーカ砲の倍率ハンパねーぞ。白人のプリケツがどアップだよ」
「マジっすか!カズさんばっかりズルいっすよ。俺にも見せてくださいよぉ~」
これだけの性能があれば決定的瞬間をカメラに収められそうだ。
「ナオキ、改めて約束しよう。あくまでも作戦の第一目的は証拠の撮影だからね!」
「了解っす!」
こうして、機材のセッティングを終えた俺たちは、今晩より7日間をリミットにパクベン港の監視を行う予定である。
だが、まずはその前に・・・。
「酒場探訪っすね!」
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