第46話 Old story -Ayaka side-

 娘の慣れたオールさばきで水上集落の影はすぐに離れた。

木の葉のようなボートだけが漆黒の水面に漂っている。


नमोऽमिताभाय(ナモ・アミターバーヤ)

नमोऽमिताभाय(ナモ・アミターバーヤ)


全ては仏のはからいのままに・・・。


どんなに叫んでも私の声は届かないはずだ。


生死の境は紙一重のバランスで保たれている。


胸の内にあるのは恐怖よりも潔い諦め。


長い沈黙を挟んだ後で彼女は口を開いた。



     ※     ※


 むかし・・・、あるところに、湖上で暮らす民の村がありました。


網を下ろせば沢山の魚。

葦の浮島には万能のハーブ。


大地が無くとも不自由はありません。


こんな幸せはないでしょう。


ただ一つだけの「触れてはならない秘密」を除けば・・・。


近付いてはいけない。

見てはいけない。

語ってはいけない。


そう。それは夜の闇に浮かぶ「龍の棲家」。


屋敷には、人さらいを生業とする龍の一族が住んでいました。


彼等は、満月の夜を選んで不思議なを行います。


少女たちの身体の決められた3ヶ所に細い細い「龍の髭」を刺すのです。


一年と三ヶ月の後。

刻印を施された子どもたちには3つの未来が待っています。


「未来」と呼ぶには、あまりにも酷い仕打ち。


一人目の少女はクルンテープの路上で生涯を終えました。


二人目の少女はトンレサップの男たちに身を捧げました。


最後に残った誰よりも小さな子は選ばれし者。


少女と龍の一族を乗せた船は遥か北方へと旅立ちます。


行き着いた先には「絶望だけ」が待っていると伝えられています・・・。


     ※     ※


「商品価値の高い子供たちは中国に連れて行かれるの。大きく育ってしまった不良品はお払い箱よ。その多くがバンコクのストリートで客を取らされ、終いには物乞まで堕ちていく。運良くトンレサップに残れたとしても、明るい未来なんて待ってやしないけど・・・」


分厚い雲を抜けた月がボートを照らし始めた。


「私の彼はドラゴンフラッグの下っ端メンバーよ。半年後には、お腹にいる赤ちゃんの父親になるの・・・」


「・・・・・・」


「ここまで喋っちゃったんだから、アヤカには全てを知ってもらいたい・・・」


そう言って、娘は悲しげに笑いながらワンピースの裾をたくし上げた。


「えっ?!!」


露わになった右の太腿には、あの忌まわしい龍の旗がひらめいていた。

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