第29話 Dragon Flag -Ayaka side-

 ホーチミンへ戻るワゴン車の中でカズさんが沈黙を破った。


「500ドルは無駄金じゃなかったですよ。アウトローが管理する村で出自不明の子供たちが軟禁状態であることが確認できました」


「さっきは激昂して悪かったよ。いやーお恥ずかしい。思わぬピンチを招くところだった・・・」


「いえいえ。こちらこそ高橋さんに柔軟な対応をしていただき助かりました。ところで、例の刺青には何か特別な意味でもあるんですか?」


「あのマークは裏社会で名を馳せる龍旗会(通称:ドラゴンフラッグ)のシンボルだなんだ。ヤツらはインドシナ半島を股にかける国際的な犯罪組織で、元締めはチャイニーズマフィアだと言われているね。自分たちの勢力を誇示するため、構成員や商品、つまり麻薬、拳銃、売買目的の子供たちに刻印が入れられるそうだ」


「なるほど・・・」


「ここからは仮説だけどね。おそらく人身売買が目的でメコンデルタに集められた子供たちは、あの村からに移送されるんじゃないかなぁ。一か所で犯罪を完結させないのは用心深いマフィアが使う常套手段だよ」  

             

「正直、驚きの連続で頭がパンパンです。それはそうと・・・。高橋さんは裏社会の事情をよくご存知で?」


「ん、うーん、まぁ・・・。うちの社長は顔が広いからね・・・」


言葉に詰まる高橋さんを見て私は確信したのだ。


うっちーさんは別の顔を持っている・・・。


ふと、そんな憶測が脳裏をかすめたが、社長が「信頼できるボス」という事実に変わりはない。


「アヤカちゃんはどう思う?」


憂鬱な気分で外を眺める私に高橋さんが意見を求めてきた。


「少なくとも、現時点で警察や人権団体に通報するのは止めたほうがよさそうです。船頭や高橋さんを危険にさらしてしまうから・・・。それに、メコンデルタの拠点だけ押さえたところで全体像が分からなければ問題の根本解決には至りません」


「ふむ・・・。ご心配ありがとう。アヤカちゃんの意見はもっともなんだ。案内してくれた船頭は二度と連絡をよこすなって怒ってたよ。これ以上うるさく詮索する日本人に手を貸せば、ただじゃすまないと脅されたそうだ」


「いやー。ヘビーっすね~。それに疑いだしたらキリないですが船頭もグルだって可能性も・・・。はなから筋書き通りってオチだったら笑っちゃいますよ。あの爺さんもなかなかの演技派だなぁ。あっははははは」


「カズさん!!ふざけないで!何か重要な情報を掴んだんでしょ!もったいぶらないで話して!」


「見るべきものは見た」という彼の一言が引っかかっていた私は語気を強めた。


「はっははは。やっぱりアヤカの目はごまかせないか・・・。実は下痢腹かかえてトイレに駆け込んだ時にを見ちゃったんだよね」


「・・・・・・」


「裏庭に掘られたゴミ穴に、大量のが捨てられているのをさ・・・」

※ディスポ鍼=東洋医学で用いる使い捨て鍼。


「なんでカズさんが、そんなに専門的な知識を持ってるのよ?」


「あれ?言ってなかったっけ?3つ下の弟が鍼灸師だって。あいつが学生の頃は嫌ってほど練習台にさせられたからね・・・。ひと目見ただけですぐに分かったよ」


「そっか・・・。これでベンさんの情報の確証が得られたわけね」


「たまにはも役立つもんだな。ココナッツジュースひと口で即ピーピー。アッハハハハ。まぁ、鍼については弟に相談してみるよ。あ、それと・・・」


「・・・・・」


「俺は以前、あの刺青をどっかで見た気がするんだよなぁ・・・」


 まぶたに焼き付いた黒い龍がどこまでも追いかけてくる。


私たちは、遂にロリータメーカーの前線基地へと足を踏み入れてしまったのだ。


しかし、これは長い長い物語の序章に過ぎなかった。

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